2024年12月1日日曜日

11月のアクセス統計

暖かい日が続いた後、急激に寒くなったからか、秋をあまり感じることなく12月、師走を迎えてしまいました。
さすがに投稿する機会は減りましたが、まだ少しだけ通信の投稿をしていためアクセス統計も継続しております。
退職後、通信が不連続投稿となってから、ようやくアクセス状況は平均的には安定してきたように思います。

11月の総アクセス数は
  2,865 (PV/月) ( 95.5 PV/日 )
となり、だいたい3,000程度でここ数か月推移しています。おそらく、これぐらいがこの通信への潜在的なアクセスレベルなのでしょう。
これまでで6,361エントリーを投稿しています。これだけあると誰かが検索すると何かがヒットするようになるのでしょう。1日100件ぐらいのペースで日々どなたが通信を閲覧されているようです。

11月によく読まれたのは・・・。といっても11月は通常投稿は2件だけです。ひとつは卒業生有志による興津会2024、もうひとつは大学院OBとの飲み会。興津会2024の方はかなりアクセスされています。ガリラボのLINEグループで紹介したからでしょう。
この2件以外は卒業生や見知らぬ方がたまたま閲覧されているのだと思います。よく目につくのはエスノメソドロジーに関する違背実験のエントリーや私が自分のメモとして書き留めていたマニュアル類です。これらは多くの人に継続して読まれているみたいです。

ところで、ガリラボ通信の投稿は激減しましたが、私自身は自分の日ごろの経験を
に定期的に投稿しています。生存の証を残しているようなものです。私の生存確認はこのブログをチェックすることで可能です。^^;

2024年11月22日金曜日

院OB(M06)黒田(M08)佐藤と博多駅界隈で。

一月ほど前、福岡の大学で教員をしている院OB(M06)黒田から「先生、後期も福岡での講義はありますか」といった問い合わせがあり、「そうだ」と返信すると、ならば博多で飲み会をしましょうとの提案。即座にOK。
同じく福岡の別大学で教員をしている院OB(M08)佐藤も交え、博多駅付近で会うことになりました。
それが昨夜のこと。
講義を終えて地下鉄で博多駅に到着し、新幹線改札の待ち合わせ場所で5分程度待っていると、気持ちが良いほどに待ち合わせ時間ぴったりに2人がやってきました。
黒田が予約してくれていたお店はそこから徒歩5分ぐらいのようです。オンタイムの行動で気分をよくしつつ、居酒屋「じぶんどき博多筑紫口点」へと3人で向かいました。

佐藤とは6月にも飲みました(ガリラボ通信2024/6/12)が、黒田とも一緒に会うのは、5月に水前寺で退官記念祝賀会(ガリラボ通信2024/5/12)を催してもらって以来でした。

この2人は勤務は別々の大学ですが、それぞれの研究室の学生の卒論発表会を合同でやっていたりして、ガリラボでの紐帯が活用されていて私とは嬉しい限りです。

2時間ほど世間話など交えながら、2人の仕事ぶりを聞いておりました。
それぞれに大学教員としてしっかり仕事しており(だから、こうした飲み会も行えるのでしょう)、2人の話を聞きながら、こういう形で活躍している2人材の成長に教員として幾分かでもかかわれたことを嬉しく思いました。

2時間ちょうどでお開き。
私はそのまま新幹線で熊本へと帰宅の途につきました。この2人がその後どうしたのかは不明。翌日も仕事のはずなのできっとそのまま帰宅したのだろうと思いますが。

久しぶりの2人との再会は非常に気分を良くさせてもらいました。だいたい、黒田がチョイスしたお店が非常に良かった。値段はいたって普通ですが、個室で静かで料理もよく、さらに店員さんがみなさん訓練されている方ばかりでした。それもあって非常に気分よく飲めたように思います。
場を設定してくれた黒田には感謝してます。この通信を読んでくれていると思うので、この場でお礼の気持ちを伝えておきたいと思います。どうもありがとう。
 

2024年11月11日月曜日

卒業生有志による興津会2024

今日は11月11日です。ポッキーの日というのは知っていましたが、それ以外にも
  世界平和記念日、ポッキー&プリッツの日、おさかなのソーセージの日、
  棒ラーメンの日、うまい棒の日、スティックパンの日、きりたんぽの日、
  ゴボチの日、ロールちゃんの日、下駄の日、・・・・
と色々な記念日になっているようです。11月11日は、1年で最も記念日の多い日みたいですね。

それはさておき、先日(11月9日)、卒業生有志による津曲ゼミ同窓会「興津会2024」を開催しました。

昨年が「最後だよ・・・」というつもりでしたが、一部の反乱分子たち(笑)が継続を主張し、そのメンバーが実現させたものです。
私が退職して初めての会となります。ガリラボがあればそこで打ち合わせもできたのでしょうが、そうした場が消滅したので、すべてオンラインでやりとり。イベントなどの計画は無理なので、今までのようなイベントは計画せず、参加者のトークのみの2時間というのが計画となったようです。

幹事は(12)丸野。18時、丸野による乾杯で会はスタートしました。

(注)以下、記載している名前(苗字)についてです。結婚して苗字が変わっている卒業生もいますが、私が呼び慣れた方の苗字で以下記載しています。

集まったメンバーの代はバラバラ。この3人は大御所の部類に入る(03)宮川、菅原、そして(07)森。森はこの日だけのための沖縄からかけつけてきました(翌日には沖縄に戻るとのことでした)。

次に座っていたのは(07)森の横に(12)梅田、その前に(08)松永。
そして、私の横には(12)丸野、(09)村中、そして(08)松永がおります。

会の後半では女子会が始まっておりました。(08)大塚、(09)谷、(10)石原・辛島・吉村の5人。

結婚の報告やら異動の報告やら、近況を聞きながらのあっという間の2時間でした。
年齢バラバラなのに、こんなにも盛り上がるんだと思いました。
興津会というとこれまで大規模で、個々の卒業生と話をすることはあまりありませんでしたが、今回は通常のゼミのコンパみたいで濃い時間を過ごせたように思います。

お店の外(新市街アーケード)で、(10)辛島による一本締めでお開きとなりました。


その後、このまま解散はもったいないと思ったようで2次会へ。
ただし、大御所組とそれ以外の組に別れての2次会でした。
私は大御所2名とサクラマチのスタバへ。ここでまた1時間ほど色々な話をしておりました。

それ以外の組はまた飲んでいたようです。場所はどこなんでしょう?
この反乱分子たち、この場で「また来年もやるぞ!」という話が出たようで、色々なアイデアを飲みながら話したようです。

どうなることやらです。笑


2024年11月1日金曜日

10月のアクセス統計

10月のアクセス統計です。10月は9月の統計情報のエントリーのみでしたが、一定のアクセスはありました。
しばらく異常なアクセスが続いていましたが、先月からやっと安定しました。10月の総アクセス数は以下の内容でした。
 2,943 (PV/月) ( 94.9 PV/日 )
だいたい3,000PV/月程度のアクセスがホワイトノイズ的にこの後も続くのかもしれません。

新しいエントリーはほぼないので、過去の6,000エントリーのどれから検索で誰かがたまたま見つけて読まれている状態かと思います。たまたま生じている現象の集合なので、それで現在の状況を「ホワイトノイズ的」と表しました。
ホワイトノイズ的現象ですが、よく読まれているものもあり、以下のエントリーでした。エスノメソドロジーに関する「違背実験」のエントリーはいつもよく読まれていて、「野生の思考と栽培的思考」のエントリーもよく読まれているように思います。
偶然の産物としてたまたまリストアップされるエントリーを見ると、「これなんだっけ?」と気になり私自身がよく読むことがあります。今回は「用なき所の創造性」というのが気になり読んでみました。自分で書いたものなのですが、意外に面白く読めます。
退職後、新しいエントリーがなくなってから、こうしたリストで過去の自分と対面させてもらう経験もなかなか楽しいものです。
日々記録しておくのはその時はそれなりに大変でしたが、SNSのようにフロー型で流れ去ってしまうものでなく、ブログのようにストック型で記録を残しておいてよかったと感じます。


 

2024年10月1日火曜日

9月のアクセス統計

今年の興津会は11月9日開催となりました。
幹事のOB(12)丸野が出欠をとっています。早めの協力をよろしくお願いします。

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さて、10月に入り、少しだけ秋らしくなりました。
そして異常だったアクセス状況もようやく落ちついたようです。

落ち着いたと言っても9月は2エントリーしかないのにそれでもまだ3000PV/月を超えるアクセスがあり、まだ異常さを少し引きずっているのかもしれません。
9月の総アクセス数は以下の通りです。
 3,256(PV/月) ( 108.5 PV/日 )

9月のエントリーはOG(20)藤田・OB(20)坂本との飲み会と8月のアクセス統計のみでした。この2つ以外はいわゆるロングテール現象的なアクセスがみられ、どなたかが検索等でみつけ閲覧されたらいしものがピックアップされています。
エントリーがたくさんあるとこうしたロングテール部分には気づけませんが、エントリーが少ないと小アクセスのエントリーが目に入るようになります。
その時期だけ毎年登場するエントリー(例えば、自由研究とか)もあり、アクセス数の少ないエントリーを私自身が読み直す機会になっていて、楽しい時間をもらっています。

  

2024年9月10日火曜日

OB/OG(20)藤田・坂本との飲み会

東京に就職したOG(20)藤田。卒業する直前、「帰ってきたら飲みましょう」と話して旅立っていきました。その約束が昨晩実現しました。
OB(20)坂本も一緒にと、その時約束していたのですが、それも実現しました。
藤田の職場は「表参道」にあるそうで、話を聞いていると職場もよい雰囲気で、今回の帰省に関しては5連休をもらえたとのことでした。
一方、坂本の方は、福岡での研修を終え、現在は、熊本市内で勤務しております。

半年ぶりの再会の場所は下通りにある「ともぞう」という居酒屋でした。飲み会の場所を聞いた瞬間、ひょっとしたらOB(14)塘添がいるのではないかと思いました。笑

3時間ほどここで2人の仕事の話を聞いておりました。あっという間、楽しい時間でした。


藤田から送られてきた写真(上とは別の写真ですが)のオリジナル版はこちら。
なんか変だなと思ったのは、お店の名前を読もうとしてでした。


ちょっとだけ現役の教員に戻れた時間でした。
楽しい時間を作ってもらって2人には感謝。
坂本は今日は朝から仕事のはず。
藤田は今日お昼に友達と会った後、東京に戻るそうです。

2024年9月3日火曜日

8月のアクセス統計

8月のアクセス統計です。
先月に続き、前半は異常にアクセスが多くなっております。後半は落ち着いていますが、投稿はほとんどしていないのに関わらず、平均で200PV/日を超えており、ちょっと考えにくいレベルです。何なのでしょう???
異常なアクセスの影響で、一か月の総PV数はかなり大きくなりました。
 10,178(PV/月) ( 328.3 PV/日 )
この外れ値的なアクセスはいつまで続くのでしょう?


アクセスはガリラボ通信のホームページへのアクセスが多くあるようで、特定のエントリーが異常にアクセスされる状況にはなっていません。
よく読まれたエントリーは以下の通りです。県大同窓会「紫苑会」会報に掲載されたことをお伝えしたエントリーが一番よく読まれていました。
3番目の中学生の自由研究を紹介したエントリーは、毎年夏休みになるとよくアクセスされているように思います。全国どこかの中学生の夏休み宿題の役に立っていれば嬉しい限りです。笑
 


 

2024年8月14日水曜日

退職の挨拶@紫苑会会報89号

昨日、県立大同窓会「紫苑会」会報89号が郵送されてきました。
卒業生のところに送られてきているのでしょうか。
退職前に、退職の挨拶原稿を依頼されており、それが掲載されていました。

退職の挨拶として書かせていただいた原稿が4頁目に掲載されていました。
ものすごく大きく(ページを開いたときの率直な私の感想です)掲載されていてびっくりしました。
在職期間が1992年4月からとありますが、総合管理学部が新設されたときに赴任しましたので、正しくは1994年4月からになります。

この号にはもうひとつ津曲ゼミの話題が取り上げてありました。
20ゼミ生が作成した書籍「GARILOG」を寄贈した話題です。OG(20)松岡の写真付きで紹介されています。
ガリラボが存在した証を県大同窓会室に残していただけるわけで有難い限りです。

 

 

2024年8月6日火曜日

ガリラボに馴染みの玉名市職員さん

今日の熊日新聞の地域面をみていたら、ガリラボとよく一緒に活動していた見慣れた方が載っていることに気づきました。
I本さんです。
ガリラボ制作の動画にも色々と出演してもらったし、またコンパでもよく一緒だった職員さんです。
ガリラボの卒業生には懐かしく感じるのではないでしょうか。
熊日記事(一部)2024/8/6



 

2024年8月1日木曜日

7月のアクセス統計

毎日暑いですね。8月に入りました。7月のアクセス統計です。

7月は4エントリーのみの発信なのでアクセスも低調かと思っていましたら、その逆でした。
異常なアクセス状況にありました。数千PVもある日があるなど、異常でした。

1か月の総PV数も当然ながら異常に多くなり、
 27,872(PV/月) ( 899.1 PV/日 )
というこれまで見たこともない数値でした。
一体全体、何が起きているのでしょう??? 誰が何の目的でアクセスしているのしょう?

なお、個別エントリーへのアクセスについては普通で、上位エントリーは以下のようになりました。 
(10)辛島・保坂・吉村との食事会、玉名訪問したこと、コミュニケーションノートを卒業生に公開したことなどが7月のエントリーで、これらはこれまでとだいたい同程度のアクセスになっていました。普通の結果をみると、なんだか安心します。

退職して研究室がなくなるとなかなか卒業生に会うことができません。先日、OB(12)丸野から連絡があり、今年も興津会を開催するとの連絡がありました。
 第17回津曲ゼミ大同窓会「興津会」
 日程:2024年11月9日(土)
 場所:未定
久々に多くの卒業生と会えるのを楽しみにしています。


2024年7月20日土曜日

4か月ぶりの玉名訪問~玉名未来づくり研究所への出席

3月に玉名市に最後の挨拶に20ゼミ生と出かけました(ガリラボ通信2024/3/6)。それ以来になりますが、今度はひとりで玉名市に今日行ってきました。
せっかく来たので、玉名に来た証拠写真を撮っておこうと思い、次の条件
 ・猛暑なので車から出て歩かずに撮れるところ、
 ・訪問先の玉名市文化センターに向かう道路沿いにあるところ
という条件を満足する場所として菊池川の河川敷駐車場から鉄橋の写真を撮ってきました。
鉄橋の向こうが俵ころがし跡で、大河ドラマのロケ地に選ばれたところなので玉名を象徴する場所だと思いましたが、如何でしょうか。w
選択の仕方はさておき、河川敷に覆いつくしていると鉄橋に沿って蒸気機関車の煙のようにたなびくい雲、そして鉄橋の上に大きく広がる真っな空。見事なコントラストで、撮った本人が言うのもなんですが、実に見事な光景ではないかと思います。

本日、訪問した理由は、玉名市が高校生・大学生に対して実施している事業「玉名未来づくり研究所」で高校生たちへのアドバイザーとして依頼されたからです。
今年で5回目だそうです。
7月から毎月1度の頻度で、12月には市長以下の玉名市執行部の方々に高校生チームは成果を発表することになっています。

アドバイスはかなり苦手としている領域です。
断ることもありえたわけですが、依頼してきたのは玉名市の平野さんです。もうその時点で断るという選択肢は消滅しました。orz
果たして最後までちゃんと務まるのか不安です。

本日のプログラムが全部終わった後、ひとり参加している大学生(大学1年生。県大生ではありません)とたまたま話す機会がありました。まったく面識のない大学生です。
その大学生が私に「高校の時、ガリラボ通信を読んでました」と言ったのです。
目の玉が飛び出るのではないかと思うほど驚きました。
ゼミ生でも読んでいないことがあるのに、見ず知らずの高校生が読んでいるってどういうこと?と思いました。
話を続けていって謎が解けました。
OB(M15)福永の教え子でした。
どこでどうつながるのか、わからないものです。
世間とはやはりスモールワールド。「6次の隔たり」で出来ているのは間違いないようです!
 

 

2024年7月18日木曜日

pdf版「コミュニケーションノート」の公開

2008年からガリラボでは情報共有の一環で紙媒体の「コミュニケーションノート」をおいていて、そこにゼミ生が連絡・独り言・落書きなど色々なことを書き込んでいました。
アナログですが、非常に賑やかなコミュニケーションの場であったように思います。
コロナ禍直前まで継続し、全部でノート17冊、総ページ数は1,000頁を超えるボリュームに膨らんでました。
ガリラボ閉店後、この貴重なガリラボの「歴史書」は私が自宅に持ちかえっていたのですが、いつか時間をみてこれをデジタルとして復活させ、卒業生に共有しようと考えていました。
カタツムリの速度でゆっくりと作業を進めてきて、本日、ガリラボのポートフォリオ上で閲覧できるようになりました。


様々なことが書いてあります。
時間がある時にでも読んでみると、今と当時との比較ができ、色々な発見があるかもしれません。
また、ゼミ生同士で何かの機会に集まることがあったら、コミュニケーションノートを話題に話が盛り上がることもあるでしょう。
そういう使い方をしてもらえると、作業した甲斐があります。


2024年7月7日日曜日

OB/OG(10)辛島・保坂・吉村と七夕前夜に再会

5月下旬にOB(10)保坂から「ガリラボの閉店時に挨拶できなかったので、7月6日に飲み会を考えてますが、ご都合は?」との連絡がありました。
それならば、いつものメンバーで飲もうかということと、場所はわが家でと返事をしておりました。
昨晩、七夕前夜ですが、その約束が叶って4人で場所は天の川ならぬ私の自宅で再会したのでした。このメンバーで飲むのは昨年の夏以来(ガリラボ通信2023/8/18)で、約1年ぶりでした。
家内は保坂や吉村とは面識があり、辛島だけ初対面でしたが、このメンバーと会うのを非常に楽しみにしており、前日から手料理の準備を入念にやっていました(買い物だけは私も手伝いました ^^)。

3時間ほど、途中、私の孫たちがLINE電話で乱入してきたりして、賑やかな飲み会でした。
あっという間の3時間でした。
10年前にガリラボでワイワイやっていた頃のことを思い出します。

夜9時過ぎ、3人で市電で帰っていきました。

お土産はいらないからと伝えていたのですが、やはり持参してきてました。
桃は、保坂が朝、岡山の農園(観光農園)からちぎってきたもので、もぎたてを手に新幹線でやってきたようです。箱を開けると桃の心地よい香りが部屋中に漂いました。家内曰く「いい香り」とのことでした。


ところで、私の孫たちが乱入してきたと書きましたが、これは孫2人が保坂に会いたかったからでした。
孫2人ともにOB(10)保坂の大ファンなのです。
実際に会ったことはないわけですが、次の動画を何度もみており、それで保坂ファンになったようです。笑
この動画は、昨晩のメンバーで1年前に飲み会をした日にガリラボで撮影したものです(ガリラボ通信2023/8/18)。
動画はOG(10)吉村が制作しました。その作り方もよかったのでしょう。孫2人に大人気で、保坂が我が家に来ることを伝えたら、孫2人ともに「自分たちも行きたい」と話していました。もちろんダメと伝えたわけですが、まさかLINE電話を使って参入してくるとは想像もできませんでした。
画面越しに保坂をみて、大喜びしてました。
LINE電話を切った後、「ほさかくん、あそびにきて~」と2人からの熱烈なビデオレターまで届きました。
保坂は私の孫たちをもちろん知らないわけですが、自分が知らない人たちからも愛されるキャラで、特に子供たちから愛されるキャラなわけで、これは保坂から醸し出されている人の良さによるものなのでしょう。


保坂は岡山なのでなかなか簡単に会うことは難しいですが、吉村・辛島は近くなので、また機会をつくって会おうと伝えております。


2024年7月1日月曜日

6月のアクセス統計

熊本市は梅雨明けになっておらず、雨が多く、湿度が高くてジメジメが続いています。
ただ、昨日ぐらいから蝉の声が聞こえてくるようになりました。
そろそろ梅雨明けなのだろうと思います。
ただ梅雨末期の大雨は避けたいところです。

6月のアクセス統計です。後半に異常なアクセス状況になっています。何が起きているのでしょう?


異常なアクセスのため、6エントリーしかなかった6月もアクセス数はかなり多くなりました。
 8,997 (PV/月) ( 299.9 PV/日 )


よく読まれていたエントリーは以下の通りです。1番目は無視してもらうとして、実質的に一番読まれたのは私の名誉教授称号についてのエントリーでした。
また6月はゼミ卒業生に会うことがあり、また卒業生からの連絡もありで、それらのエントリーがよく読まれていました。


私も、退職して3か月が経ちました。
6月冒頭にも通信で紹介しましたが(ガリラボ通信2024/6/1)、まちの情報化をルーチンとして継続しており、リズムができて安定するのと同時に、探検している気分でちょっとした緊張感もあり、日々を楽しんで過ごしています。
ただ、活動をより個人的なもので内容がわかるようにと、ブログのタイトルを「ガリフォト通信」から「まちの風景~熊本市内散策記」へと変更しました。「まちの風景」の意味は次のエントリーに書きました。ガリラボで過ごした頃から考えていたことを綴ったものです。

さて、新社会人となった20ゼミ生は落ち着いたでしょうか。
5月病などに悩まれされてなかったか、気になります。
ま、もしそういう気配が多少はあったにもしても、若いので、梅雨が明ければ、ジメジメから解放され、夏に向け、旅行など計画し、前向きな気持ちになっていくだろうと思っています。
20ゼミ生に限らず、卒業生みんな、ガリラボで培った楽しさを生み出すスキルを全開させ、生活を楽しくしていってほしいと願っています。

2024年6月23日日曜日

昼はOG(19)川口と、夜はOG(03)菅原と

昨日はダブルヘッダー。

OG(19)川口が熊本に出てきたので午前中会うことになり、わが家に呼び、家内の手料理でランチ。仕事のこと、テニスを始めたことなど、4時間以上色々と話をしておりました。夜は同期の酒豪のゼミ生たちとの飲み会とのことでした。川口を撮った写真は完全にピンボケしていて、ここに載せるのは見送ります。


夜はOG(03)島本夫妻を我が家に呼んで、同じく家内の手料理で夕食(お酒を飲んだせいか、料理の写真を撮ることは失念)
この2人には、昨年5月に大学で一瞬だけ会う機会があり、いつか家内も交え食事をと思っていて、それが1年以上も経った昨日になってようやく実現したのでした。
ご主人とちゃんと話をするのは初めてでしたが、学校関係者ということもあったからでしょうが、話は弾み、気が付けば3時間以上も駄弁っておりました。


私も思いましたが、家内もそう感じたようで、この2人似合いのカップルでした。^^

2024年6月19日水曜日

OB(12)丸野との興津会打合せ@ファミレス

先日、OB(12)丸野から連絡があり、「先生、時間ありますか?」とのこと。
丸野は水曜日が仕事休みで、私も水曜日は予定が空いているので、今日午前中、丸野と上熊本のお店で会うことにしておりました。
歩いて、待ち合わせのお店に出向いたら、なんとまだ開店していないではないですか。
びっくりでした。orz
なんとも間抜けな待ち合わせとなりましたが、急遽、近くのジョイフルに場所を変えることにしました。

ジョイフルで1時間少し色々と駄弁り、話がまとまり、11月の土曜日を今年の興津会の候補日とすることになりました。
今年は特に何か企画するということではなく、通常の飲み会の形で開催するということでした。
しばらくすると卒業生に案内が届くようになるかと思います。

打合せを終えファミレスを出たところです。この後、丸野は休みですが、自己研鑽を兼ね資格試験の勉強に向かいました。
 
・・・

さて、いつ以来なのかまるで記憶にないほど久しぶりにファミレスに入りました。
配膳ロボが「いる」のではないかと期待しましたが、お店の方が運ばれてきて、少々がっかりでした。^^;
 
 

2024年6月18日火曜日

名誉教授称号授与式

昨日、大学で名誉教授の称号授与式がありました。
ゼミの卒業生には直接的に関係はありませんが、一応報告しておきます。

第63号という数字をみて、素因数分解すると
 3x3x7
なので、「三三七拍子だな」と、そんなどうでもよいことを真っ先に思い浮かべてしまいました。

これからも真っ当に生きていきたいと思います。
 

2024年6月13日木曜日

OG(16)小島からの連絡

OG(16)小島から連絡があり、東京配属になったとのこと。
京都からの異動で、仲の良いOG(16)松寺と同じ東京となり、これまで以上に2人で遊んでまわることになるのでしょう。笑
東京在住の関係者には迷惑をかけるかもしれませんが・・・。

それはさておき、若くパワフルでうらやましい限りです。

 

2024年6月12日水曜日

山田先生、OB(M08)佐藤との会食

昨晩、山田先生、OB(M08)佐藤と大学近くで会食してきました。
この日、OB(M08)佐藤がもやいすとの特別講師として招かれており、そのタイミングに合わせて、佐藤が設定してくれた場でした。
山田先生を含め、この3人は実は県立大学の学習評価という課題に関して長年一緒に仕事をしてきた同志でした。今では多くの大学で普及しましたが、当時国内では非常に珍しかった教学IRを山田先生とOB(M08)佐藤の2人3脚で県立大に立ち上げていきました。ちなみに、私は実務はほぼ何もやっておらず、ほぼ応援だけでした。この2人の尽力で教学IRは形になりました。
あれやこれやと3人での楽しい会食は、あっという間で、お店の方に催促され、気づけば3時間ほどが過ぎていました。

なお、この日、研究室で2008年以来預かっていたウクレレを佐藤に無事に返却できました(笑)。ウクレレの意味を知っているゼミ生はほとんどいないとは思いますが・・・。
ウクレレの返礼というわけではありませんが、佐藤からはDVDをプレゼントしてもらいました。
退官記念祝賀会(ガリラボ通信2024/5/12)の際の私の「最終講義(ゼミ)」が収められているDVD。有難く受け取りました。

帰りには自宅まで送ってもらい、何から何まで佐藤にはお世話になり、感謝の言葉もありません。
佐藤はこれから油が乗っていくでしょうからさらに活躍していくでしょう。
活躍を「さとらぼ通信」を見させてもらいながら、静かに応援していきたいと思います。
 

2024年6月1日土曜日

5月のアクセス統計&「まちの情報化」を再び

ガリラボの活動の余韻がまだ残っている5月。通信のアクセス統計をみるとそんな印象を持ちます。
5月前半はかなりのアクセスがあります。大学院卒業生が私の退官祝賀会を開催してくれたからかと思います。次のグラフを見ると、祝賀会の時期をピークにその後は徐々にアクセスは減少し、フェードアウトしていく状況がみてとれます。
祝賀会開催の影響が大きいと思いますが、月間の総PV数は数値的にかなり大きい値になりました。
5,734 (PV/月) ( 185 PV/日 )
5月はわずか2エントリーしかないのに、この値。コロナ禍の時期よりも大きいのには驚きます。

よく読まれたエントリーは以下の通りです。5月は2エントリーだけなので、それが当然上位となります。

ガリラボ通信は現在6,352エントリーあり、そのため実は、毎日過去の色々なエントリーが(おそらく検索されて)読まれているようです。そうした多様なアクセスが存在することがが、今回2エントリーしかなかったので、よくわかります。
こうしたロングテールのようなアクセスのことを「アクセス履歴分布のロングテールガリラボ通信2020/2/15)」に書きました。この通信に書いた通り、極少ないアクセス数のエントリーを改めて私も読むことがあるのですが、自分が書いたものですが、これがまた意外に「なるほど」と思いながら読み直すことが多いのです。2020/2/15にも書きましたが、糸井重里さんが、2011年11月18日にこんなツイートをされました(ガリラボ通信2011/12/11参照)。
「ほぼ日手帳」は、書くものだとか記すものだとか思わないほうがいい。
読むものなんですよ。じぶんで書いたものを読むときが、いちばん役に立っているときなんです。
たとえばいま「出口も設計する」というじぶんのメモを読んだ。ああ、と思い当たることがいくつか浮かぶ‥‥。
ガリラボ通信は私にとってまさにその通りの記録になっているように思います。自分で書いたものなのですが、それで自分が刺激を受ける。そんなツールになっています。
記録することって大事だと、実感します。
そうした忘れていた過去の記録を誰かのアクセスによって思い出させてもらえる、こうしたブログというツールは有難いものだと思います。

そうしたこともあり、またガリラボ通信で記録する機会が減ったので、記録することを続けようと新しく
というブログを4月1日から開始しました。
ガリラボの初心に戻った活動です。ガリラボはガリラボとして活動し始めたとき、
 まちの情報化
というのを活動の目的としていました。それに向けて色々な活動を展開してきたわけです(たとえば、こんな活動です→ガリラボ通信2008/8/29とかガリラボ通信2008/11/12とか・・)。
私ひとりになりましたが、それをまたひとりで細々とやっていこうかと思ってスタートさせたブログです。
とりあえずは写真記録からスタートしています。これから徐々に工夫し、音声、動画等々、いろいろな媒体を使って私が歩いたところを記録していく予定です。
今はSNS等で色々な情報が溢れているので必要性があまりないのかもしれませんが、ただ、もしこの記録が長く続くようだったら、そのことで新しい意味が生まれていくはずだと思い(このガリラボ通信のように)、「継続すること」を目的に続ける予定です。