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2017年6月12日月曜日

久々の天草、そして天草空港

天草Webの駅の支援をやっている頃は頻繁に天草市に出かけていました。
それからしばらくプライベートでも行ったことがなく、今日、数年ぶりに
天草に行ってきました。
行先は、天草拓心高校。教育実習の研究授業を参観してきました。


1限目の授業だったため朝6時前には自宅を出て余裕で到着。
2年生の教室に案内されました。
8:50に「現代社会」が始まりました。学習指導案もよくできていて、
入念に準備してきたことがよくわかる内容でした。
ただ、惜しいのは最後が時間調整が出来ず、かなり駆け足になったこと。
それさえなければ、完璧に近いものだったと思います。

久しぶりに高校のキャンパスに入り、緊張しました。


久しぶりだったので、高校から近くにある天草空港まで足を伸ばしました。
残念ながら飛行機は駐機していませんでした。
が、消防自動車の訓練の様子を見ることができました。
広い滑走路横の直線道路を高速で疾走する赤い消防自動車は圧巻でした。


Webの駅関係で天草に最後に出かけたのはいつだったろうかと思い、ガリラボ
通信を検索したら2010年2月24日のことでした。7年前。
その時のガリラボ通信
  天草での最後の協議会ガリラボ通信2010/2/24
を読むと、なんとこの時も天草空港に行ってるんですね。。
今、知りました。
さらに、IR室OB(M08)佐藤と一緒に出掛けたようです。
なんとまあ。。。
あの時から、何も成長してないように思いました。orz



2013年8月9日金曜日

初心を思い起こしつつ、お願いを。

今朝、新聞で二つの記事に目が留まりました。

ひとつは記者さんのコラム。

 
もうひとつは「この世界は美しい(2012/7/17)」でも取り上げた河瀬直美監督の
資源を磨くというインタビュー記事。


二つの記事を読み、ガリラボにて地域に入り始めた頃のことを強烈に
思い出しました。
大学キャンパスというコントロールされた居心地の良い空間を飛び出し、
何が起きるかよくわからない野生の環境に出向くのです。
今になって考えるとどうして地域に出ていこうと思ったのか、実は明確には
思い出せません。
天草Webの駅の立ち上げに私が関わるようになり、これを支援する形で学生
グループ「うちわEBI's」を結成したのが出発点でした。
院OB(08)佐藤がM1のとき、06ゼミ生が3年生のときですから、もう5年も前の
こと(いや、わずか5年かもしれません)です。
うちわEBI'sによって、地域で学生と一緒に活動していくノウハウをたくさん勉強
させてもらいました。
度々、天草に出向き、胃が痛くなる心配もたまにしながら、慣れない地域という
フィールドでハラハラドキドキしながらの活動でした。
だけど、思い返せば刺激的な楽しさ(プレイフルさ)満載のフィールドワークの
連続でした。
ゼミ全体で、調査隊を編成して、実施していくことが多かったですし。

その時に蓄積したノウハウを満載して、菊陽町で活動するチーム「きくりん人」が
その後結成されたのです。
代表となったOG(09)中島が2年生の時でした。
それからも3年。
きくりん人も頻繁に菊陽町に出向き、菊陽という町の理解に努めていったわけです
が、ここでテーマにしていたのが、「日常性」と「映像による記録」です。
当時、ガリラボではといいますか、私の興味対象がこの二つでした。
ガリラボの活動理念にもしている考え方でした。
今ももちろん頭の片隅は残っていますが、しかしそれが薄れてしまっている自分が
いて、そのことにこの二つの記事は気づかせてくれました。
 
レンズを通して、カメラを通して地域を見つめ、日常を固定していく。
そんな作業をうちわEBI'sのメンバーやきくりん人のメンバーと一緒にやっていた頃が
懐かしい。
だけど、最近は忙しいという理由で、そうしたことを自分ではせず、ゼミ生にただ一方
的に指示するだけの自分がいます。
少しは地域の現場に出て、一緒にレンズを通した活動していかねば、地域に向き合う
感性が落ちてしまいそうです(元々あったかどうか不明ですけど)。
記者さんのコラムにあるように「初心を思い出し、レンズを通して日常に埋めこまれた
地域の魅力を探して回ろう」かと思います。

その手始めに、時限付きで結成された「でこぼこフレンズ」に私も参加させて
もらい(迷惑を顧みず参加します)、時間の都合のつく限り、映像づくりをやって
みたいと思います。
映像作りって、モノづくりに他なりません。
大昔、こう見えて一応、エンジニアの端くれでした。
モノづくりの遺伝子はまだ埋めこまれています。
だからモノづくりの場では血沸き肉躍ってしまいます。
楽しいこのチームの邪魔をしながら、映像作り、音作りについて考えていきたい。
そういうことで、もう2回も邪魔をしていますが、でこぼこフレンズのみなさん、嫌がらず
相手をしてください。笑
 
 
久しぶりにこの時間一人の研究室で、let it beを聞きながら昔を振り返ってみました。
たまにはいいでしょう。

2012年9月29日土曜日

ウクレレ~あぁ、週刊うちわ第1回目~

昨晩、院OB(08)佐藤が訪ねてきました。
佐藤のお土産です。大牟田の名物(らしい)「草木饅頭」。
あっさりした美味しさでした。
その左に見える物体もお土産とのこと→かぼちゃです。
菊池の軽トラ市で余ったので持ってきたのだということでした。
なんとまあ、師匠への愛情のこもったお土産なのでしょう。
あまりに嬉しくて、昨晩、持って帰るのを忘れるほどでした。
お土産はもうひとつ。
右上にちょっとだけ写っています。


ウクレレ!
私にではなく、これを欲していた2年(11)上田にだそうです。
私にはかぼちゃで、上田にはウクレレ。。。。
深く考えると何か問題の存在を感じますが、とりあえずこの場では保留に
しておきたいと思います。

昨夜21頃の佐藤とウクレレです。^^


このウクレレ! ガリラボの05~07ゼミ生であればひょっとすると記憶が
あるかと思います。
天草Webの駅学生サポートチーム「うちわEBI's」が地域放送メディアとして
生み出した「週刊うちわEBI's」の記念すべき第1回放送で、この日ために
佐藤が数千円で購入してきたウクレレでした。
その記念すべき放送はこちらです(↓)。 2008/10/16アップ。約4年前です。

弾けないウクレレをあえて買ってきて、オープニングに使った佐藤。
その後、練習して週刊うちわEBI'sで披露するのかと思っていたら、そのまま・・・
ウクレレは、たぶん第1回放送だけで使用された小道具となったのでした。
ガリラボの歴史遺産のひとつに数えてよいかと思います。

現在、チームJob'sが進めている「20歳のハローワーク」のページの参考にと、
この第1回目の放送を2年(11)上田などチームJob'sのメンバーに見せました
(その時の様子はこちら)。
この放送に感激したJob'sメンバーのひとりが上田だったのです。
前回、上田に会った佐藤は(太ってはいませんが、心が太っ腹な佐藤は)、ウク
レレをプレゼントする約束をしていたのでした。
その約束を果たしたのが、昨晩だったのです。

第1回放送だけで、しかもあれは何だったのだと疑問だけを与え、何の役にも
立たなかったあのウクレレが、4年の歳月を経て、こうして日の目を見ることに
なるとは・・・
世の中、役に立たないことなど何もないのだと、そのことを示す良い例ではない
でしょうか。^^

それにしても佐藤がいる頃は、私も少し時間があったからですが、ほんとに
愉快な毎日でした。
新しいメディアがガリラボからどんどんと生産された時期でした。




2012年8月16日木曜日

うちわEBI'sが残したもの

これは、4年(09)本多の天草からのお土産です。これまで様々な種類の
お土産を持ってきているので、何にしようか非常に迷った挙句のチョイス
だったとのこと。


右はOG(06)中村のお土産です。東京から熊本に帰省すると、必ず
ガリラボに立ち寄ってくれます。
嬉しい限りです。

上の写真左は同じくOG(06)松尾の鹿児島土産です。
さらにこの日はOG(06)藤本も中コンから飲み物持参で、中村に
会いに来たので、06ゼミ生3人が揃いました。
それぞれは松尾がゼミ長で、中村はゼミ新聞創刊号の編集長(ゼミ
新聞のカタチを作りあげました)、藤本が第2号の編集長でした。
で、この3人に共通するのが、うちわEBI'sとして、天草Webの駅の学生
サポーターとして活躍していたことです。
中村がWebの駅での技術的な部分を担当し、藤本はキャラクター
デザイン(エビちゃん、おにぎり四朗など(下図参照))に力を発揮した
のでした。

さらに、今もガリラボで活躍するこのくまちゃん(↓)。中村が天草
Webの駅の刊うちわEBI's番組(YouTube)で使用するために
買ってきたものでした。

中村(06)が顔をだし、思わず、タイムカプセルを開けた気分になり
ました。
色々と大変な思いをして活動したことは、貴重な思い出です。
うちわEBI'sに関わったのは、
 院OB(08)佐藤
 06 中村、藤本、松尾
 07 森、興絽、冨田、浦本、植田
 08 大塚、財津、戸高、宮下
でした。これらのメンバーが残してくれたのは、こうした物理的遺産だけ
でなく、ガリラボという空間に埋め込まれた文化遺産の影響の方が大き
いのかもしれません。
うちわEBI'sが生み出した無数の文化遺産をその後のゼミ生も受け継ぎ、
それが今のガリラボを形作っているのだろうと思います。

さて、本日のガリラボもたくさんのゼミ生で賑わいました。

M1(12)大塚
4年(09)本多、中島、村中、市川、谷、草原、緒方、木村
3年(10)清原、辛島
2年(11)上田、藤本

それぞれに持っている課題解決のために頑張っているようでした。
夏休み期間、朝早くから夜遅くまで、こうした活動が文化遺産となり、次世
代に影響を与えていくことになります。
 
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2012年6月28日木曜日

天草Webの駅の新しい動き

ガリラボが、その始動期から3年ほどに渡って支援の形で関わって
きた天草Webの駅ですが、今朝の新聞の県内経済面にその新たな
動きが紹介されていました。
Webの駅は、その始動期に、ガリラボでうちわEBI'sというグループを
結成し、支援を開始。
その中心となったのが院OB(08)佐藤及びOG(06)中村でした。さらに、
二人が卒業後は、OB(07)森がこれを引き継いでいったのですが、Web
の駅の草創期に支援してきたガリラボメンバーとしては、Webの駅が
こうして発展していくのは感慨深いものがあるのではないかと思います。


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2012年6月22日金曜日

うちわEBI'sが新しい世代には新鮮/キャリア形成論にて

9:00からチームJob’sの打合せで、一昨日の企業との交流会(本音を語る会)の
反省を行いました。
たくさんの反省事項を出てきましたが、Facebookサイトを作っていく上で参考にと、
天草Webの駅がどうやっていたのかと尋ねられました。
久々のうちわEBI'sのサイトを見ながら説明をしてあげましたが、2年(11)上田、藤本
にとっては衝撃的なほどに面白かったようです。
 
EBI'sダーツの旅のOB(07)森のパワフルさに驚き、

2009/5/7アップ

さらに、週刊うちわEBI'sの創始者院OB(08)佐藤のウクレレに衝撃を受けたとのこと。

2008/10/16アップ

ともかく新鮮で、非常に楽しいということでした。
ある意味、私が驚きましたが、Webの駅での活動がチームJob’sの活動の
ヒントになっていくかもしれません。

ところで、佐藤を見て、上田(執行委員会所属)がかなりの衝撃を受けて
いました。
学生自治会長をしていた佐藤は、後輩にはかなり厳しい会長として語り
継がれているのだとか。
それがウクレレ抱えて、こんな映像を撮っているのですから、それは
驚きますよね。
6月29日(金)にその佐藤が、アドミニ入門にやってきて、卒業生として
話をする予定です。
上田には会わせようかと思います。^^


12時前には私は学生自治会のメンバーとキャリアフォリオに関する相談
のため、学生GPラボに向かいました。2年(11)藤本も同席させました。
これから学生自治会と協力しながら自治会内での情報の流れを整理する
道具としてキャリアフォリオを定着させていければと思っています。

それが終わってすぐに講義(情報社会とコンピュータ)。
さらにそれが終わって別の講義(アドミニ入門)。
アドミニ入門では10分ほどでゼミ紹介をしたのですが、その中で、「ものさし
で測れない可能性」のあの15秒CMを流しましたが、1年生にはかなり
反響があったように感じました。

その後、16:10からはさらに別の講義=キャリア形成論。
今日は外部講師による講演でした。
この授業には助っ人がやってきました。
3年(10)漆島が出席票を配布してくれてます。

また一番前の席では同じく3年(10)清原が私をビデオに撮っています。
清原はいったい何をやっているのでしょう?


漆島と清原を連れてきた2年(11)の藤本(後姿)です。
私には2年の藤本の方が上級生に見えていたのですが、周囲の判断は
如何なものでしょうか?


今日の特別講義では「む+む」という奇妙な文字ですが、「この文字を
何と読むか?」とのクイズが出されていました。
2年前にも行われた講義でした(こちら←是非、この時のガリラボ通信も
ゼミ生には読んでほしいです!)


解答は今回も掲載しないでおきたいと思います。
知らないとは考えてみましょう!

すべて終わり18時にようやくガリラボに戻れました。
それからM2(11)白樫とのゼミ。
今日はとりあえず20時ぐらいまで色々と雑談でした。

現在、21:45ぐらい。
ガリラボには、M1(12)大塚、坂本、4年(09)村中、草原、谷、3年(10)漆島、
清原、森本、吉村、辛島などがおり、談笑したり、映像編集したり、なかなか
面白そうです。

ガリラボは合宿をしないのですか、という問い合わせが前にあったことが
ありましたが、この様子を見ていると、ほぼ毎日が合宿のようなものだと
思います。
そして、この実践の共同体の場で、学年を越えた様々な知識がやりとり
されているはずです。


明日は、きくりん人のメンバーと一緒に菊陽町三里木に出向きます。

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2011年8月21日日曜日

ちょっとした仕掛けで対話の場が生まれた事例

バス停にテーブルを置くとどうなるか?

こんな実験をやった人がいるみたいです(こちら)。

ロサンゼルスのコリアタウンにあるバス停にテーブルを置き、遠くから
撮影をした様子が下の映像です。


Hammock Coffee Table in the City from Distortion Productions on Vimeo.

15分ほどの観察だったようですが(ビデオは90秒ほどに短縮されてます)、
結果は劇的だったとか。
普通はただ待つだけのバス停なわけですが、色々な種類に人たちの間で会話が
生まれたのだそうです。

面白いものです。

この実験から、ちょっとした仕掛けだけで、それまでごく普通の何でもなかったところが、
人にとって楽しい場所へと変化することを示しています。
会話を弾ませる場の作り方とはどういうものか、ちょっとしたヒントが詰まっていますね。

さてとなると、ガリラボでもやってみませんか!
気分転換に、夏休みの間、期間限定で、ガリラボの空間デザインをちょっと工夫して
みても面白い。
廊下まで含めた空間デザインまで考えるとさらに面白いのではないかと思います。


廊下まで含めたで思い出しました。
現在廊下においてある手製看板(EBI's Cafeボード)は、院(08)OB佐藤がM2の時に
発案したもので、彼の持ち前の行動力によって出来上がったものです。

EBI's Cafeボードについて、そろそろ経緯を知らないゼミ生も増えてきていると
思いますので、少し紹介しておきましょう。

今、ガリラボ前の廊下に置かいてある手製看板は、正式には「EBI's Cafeボード」と呼び、
Webの駅の活性化に取り組んでいた当時のうちわEBI'sのメンバーが、今からもう2年半
前になる2009年4月23日、


3F庭園を貸し切り、佐藤持参のシート、木の板、工作道具(のこぎり、電動ドリル、
ペンキなど)などを用いて、木工工作を行い、


製作したものです。
下の写真は、最初に書かれたメッセージです。
あえて、チョークで書くというところに佐藤のこだわりがありました。



EBI's Cafeボードが懐かしく、つい紹介に力が入ってしまいましたが、
上で述べたように夏の間のガリラボの空間づくりのアイデアを募集します!

2011年3月17日木曜日

Webの駅サポートチーム解散式

午前中はひっそりとしてガリラボですが、お昼少し前に、
4年(07)小田原が最後の雑誌作りの作業にやってきました。
 
14:30から会議のため不在にして、17:00頃に戻ると
4年の興梠、冨田、森が同じく雑誌作りをやっていました。
手製の卒業文集orアルバムといったところでしょう。
 
3年(08)川崎も顔を出しました。
ゼミ新聞のことで来たようです。
それよりもM1(10)松尾と長いことを話をしていたよう思います。

さらには19時前に3年(08)大塚もちらりと顔が見えたように
思いました。
 
実は今日はWebの駅サポート室のメンバーが集合して、
一種の解散式をやるのだそうです。
会場は近くの〇〇房。
うちわEBI'sとしてはほぼ3年間、現在のAMANAMIという
アライアンス形式での活動は1年間でしたが、この長かった
航海の苦労を互いに分かちあってきてくれるといいかなと
思っています。
大変残念ですが、私は都合により参加できませんでした。
  
後日、解散式の模様をメンバーから聞きたいと思います。
 
 

2011年3月7日月曜日

打合せやトラブルや

雨上りの今朝は、気温は少し低いものの、気持ちの良い朝でした。
 
ガリラボは朝9時から「きくりん人。」のミーティングが始まりました。
2年(09)中島、緒方、そしてM1(10)松尾。
予算のことでトラブルが起きていますが、そこはまあ、トラブルは
成長の糧だと代表の中島には伝えておきました。
失敗から学ぶことが多いはずですから。
 
きくりん人が終わる頃、入れ替わりにWebの駅「PASTA」チームの
打合せとなりました。
3年(08)戸高、宮下、大塚、財津、そしてM1(10)松尾。

またお昼前には2年(09)村中、谷がやってきてMOREで作っている
雑誌のことを話していきました。
最終的には業者さんが間に入って編集の手直しをしているようですが、
手直し後のあまりの出来栄えの良さに、自分たちとプロの差を体で
感じたようです。
自分たちの力を直接比較することができて、大変良い経験をしています。
  
午後、私は学生自治会長さんと図書館にて打合せ。
話が盛り上がり、学生自治会もたまにガリラボを利用してもらうことに
なりました。
ということで、場合によっては混み合うこともあるでしょうが、そこは
みなさん、譲り合いの精神でいきましょう。

その打合せを終え、15時前に戻ってきたら、3年(08)松永と
大塚が作業してました。
 
その後すぐに、大塚を連れて、明日の教員研修で行うUstream
中継のテストに情報処理実習室へ。
まさかの不具合。
二つのアカウントがねじれた状態になってしまっていて、混同して
いるトラブルのためうまく中継ができないことが判明。
 
すでに中継すると宣言しております。
さて、どうしましょう・・・
中島にトラブルは成長の糧とは言いましたが、明日のことなので
頭が痛い。
早起きして実習室で再テストをしておかなければ思っているところ
です。
この中継担当はもちろん大塚です。
  
16:30からは3年(08)矢田がやってきて大塚と私との3人で12日
の新玉名駅での中継のやり方について打合せ。
よくよく考えたらUstreamって基本的に映像ではそこまで凝る必要は
なく、むしろそれを見ている人たちがTwitterなどで勝手におしゃべり
をしていくメディアであるので、適当にやろうということで落ち着きました。

たぶん当日は大塚と矢田の掛け合いが適当に行われると思います。
 
18時ぐらいに二人は帰っていきました。
 
最後にM1(10)松尾が論文のことでやってきて、結局、雑談となり、
21:30頃に解散。
 
・・・とまあ、ガリラボはこんな1日でした。
  
  

2011年1月6日木曜日

テーブル上の蜜柑を例に

午前中は3年(08)松永がエアタグデータの修正のために来室。
1時間ほどやって去っていきました。
 
お昼前に2年(09)村中が来室。
今日は長崎国際大学の方々がキャリアフォリオに関してインタビューに来られたので、
一緒に対応しました。
もちろん二人ではなく、当方の事務局の方々も一緒です。

2時間ほどの対応でしたが、途中から、いつの間にかですが、キャリアフォリオというよりも
MOREの活動の豊富さについてのインタビューが中心となり、このため、村中の独演会の
様相を呈していました。^^

午後はWebの駅サポートチームがやってきて、新年最初の打合せをやっていました。
集まっていたメンバーは、
 M1(10)松尾、4年(07)森、植田、3年(08)戸高、宮下
などです。
 
17時からはM1松尾とのゼミで、ワークショップの学習論意味を社会構成主義的に捉えるとどう見えるかということを話しました。
知識を蜜柑とみるか、手のひらをこすって出てくる熱とみるかで、学ぶということの捉え方はかなり違うのだという話を延々1.5時間ほどやっていました。

なんで蜜柑が出てくるかというと本日のガリラボのテーブルには蜜柑が大量にあるからです。
村中が持ってきたものです(私は蜜柑は食べられないので、残念です)。
 
さて、19:30ぐらいからはOG(03)の菅原とのマンツーマンの私塾。
難解な文章を、意味が全くわからなくても音読してもらっています。
4月から開始して今日が16回目となる私塾。
使っているテキストもようやく終わりに近づいてきました。
 
たったいま今(19:29)、M2(09)吉本がやってきました。
修論42,000文字に達したとのこと。
内容のブラッシュアップはもちろんこれからですが、とりあえずひとつの山を越えることができたようです。
 

2010年12月27日月曜日

エアタグ化に向けた標準化作業

休み明けの今日は最初のゼミ生は3年(08)松永でした。
目的は、玉名フィールドワークで収集したデータをエアタグ情報としてまとめる作業のためです。
本日を締切にしていたのです。
その次に同じく3年(08)戸高がやってきました。
二人ともお昼前には作業が終わり、それぞれ去っていきました。
並行して私は玉名観光協会の柿添さん及び玉名市役所の平野さんとの今後のスケジュールについての打合せでした。
10時過ぎに来られたお二人とお昼ごろまで打合せ。
この中で1月末までにはエアタグをどうカテゴライズするか、その決定までやることになりました。
ガリラボとしては1月中旬までにすべてのエアタグ情報を完成させることになります。
みなさん、頑張りしょう。
この話の中で、やはりいかに「よそ者」というのが重要かという話になりました。
これは院OBの佐藤君の修士論文のテーマでもありましたが、地域情報というのは地域内の人(土の人)からはなかなか出てこない。どうしても地域外の人(風の人)が必要です。
何気なくエアタグのデータとして収集してきましたが、これは風の人であるガリラボゼミ生の存在なしにはできない結構厄介な情報化なのです。
そのあたりを3年生皆が実感してくれると、自分たちの活動の意義を深く理解できて、地域を情報化していくメディアの役割などまでしっかりと理解できるのではないかと思います。
 
午後からは3年(08)坂本と大塚に来てもらい、3年生から集まった情報を標準化する作業をしてもらいました。
リクリートなどが様々な企業の情報を集め、それらを標準化することで就職情報誌としてひとつのメディアとして生み出していく作業に相当します。
この作業には編集スキルが要求されるわけで、その訓練をしていることになるでしょう。
夕方まで駄弁りながら、黙々と続けていました。
 
15時に4年(07)森がやってきました。
Webの駅のサポートチームの今後について話をするためです。
1985年の米国でのニューコーク騒動を例にして、撤退or縮小というのも、大げさに言えばサポート室を経営していく際のひとつの選択肢だと話しました。
1月最初のうちわEBI'sの定例ミーティングで結論を出すことになるでしょう。 
 
MOREの学生たちも数名やってきました。
特に2年(09)の村中。
最近あまり話をしていなかったので、帰り際に少し引き留め、いろいろ話をしました。
話の詳細はもう忘れましたが、なぜか全国高校ラグビーに参加する高校の主将インタビューの様子をネットで見せたのでした。
どうしてそんなことになったのか、不思議です。
 

2010年12月15日水曜日

早めの振り返り

Webの駅サポートチームの一ユニット「PASTA団」が今年の振り返りをテーマにラジオ収録しておりました。
過去のWebの駅へのPASTA団による投稿を読みながら、振り返っている様子です。

以前、OG(06)の中村が、日々活動し、それを記録として残してきたことがガリラボでのキャリアに相当するといった意味のことをどこかに書いていたように思いますが、PASTA団が本日そのような印象を持ったのではないかと思います。
キャリアって要するに、行動した後のことであって、頭だけで考えていて動かないとき、キャリアが形成されていくことはありません(たぶん、そうだと思います)。
高村光太郎が
  僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる
と短い表現で教えてくれている通りだと思います。
キャリアって、この短い表現に込められた以上のものではないと思います。
 
さて、ガリラボでは、PASTA以外にも、ゼミ活動以外に、たくさんのユニットが独立して活動しています。
それぞれ、その活動の中で、それぞれのキャリアを形成しているのに違いありません。
それを形として残していくために、みんな意識して記録(足跡)を残していきましょう。
 
お昼にはゼミ新聞部の会合も開かれていました。
3年(08)川崎を部長として、同じく3年の長井、矢田そして2年の中島、草原が編集方針を話し合っておりました。
今回の新聞から、ただ記事をもらうだけでなく積極的な取材を行って紙面づくりをすることになっています。
あちこちにゼミ新聞部員が取材に出かけるはずです。
ゼミ生や卒業生だけでなく、保護者、一般の方々にもひょっとして取材に出向くかもしれません。
その際は、みなさんどうぞご協力をお願いします。

2010年9月7日火曜日

研究室蔵書の点検作業

本日は研究室内の蔵書点検を行いました。
大学法人化後、義務付けられた3年に1度の定期点検です。
研究室内にある1300冊以上の書籍を全部チェックする、結構、骨の
折れる作業です。
3年前、初めての点検では「これぐらいなら・・」と軽くみて、ひとりで作業を
始めたら、本を棚から下ろし、スキャナーでバーコードを読み込み、また棚に
戻すと、千冊以上の本に対してそんなことをしていたら、ほぼ1日ほどかかり
ました。
そんな大変な思いをしていた私は、経験をしっかりと学習し、今回はしっかりと
ボランティアを募ったのでした・・・輝く知性が行動を経て生まれたのでした。
他に連絡する用事もあったので4年生とMOREの学生に協力依頼のメールを
送ったら4人ほど返事がきました。
4年の森、2年の村中、中島、そして1年の吉村が、手を挙げてくれたのです(感謝)。
村中は、Twitterに書き込んでいたのを見て、それに返信してくれたのでした。
(Twitterが一斉送信メールの役割を果たしていることを改めて知りました)

5人で9時に作業を開始し、途中からは急きょ4年興梠も加わってくれて、延べ6人で
点検作業開始。
ハンドスキャナー2台を駆使してせっせと作業した結果、11時前には終了しました。
驚異的です。
午後、チェック漏れ本の探索作業はありましたが、3年前に比べるとかなり楽をさせて
もらいました。
協力をしてしくれたゼミ生及び1年生には感謝したいと思います。
感謝の言葉もありません。どうもありがとう。

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ちょうどその頃、Webの駅サポートのPASTAチーム(3年戸高、宮下、M1松尾)が
実験室(ガリラボ道場)では、ガルフィン号のコンテンツとしてラジオ放送の収録作業を
やっていました。
終了後、点検作業の終わっている我々とガリラボで合流。

雑談を続けていたのですが、たまたまTwitterのリアルタイム検索の話になり、
その検索をGoogleでやっていたのですが、ひとりの3年生が一足先に帰って行った
後、ちょうどこの3年生のつぶやきが「熊本 雨」というキーワードでリアルタイム検索
されました。
ガリラボに居合わせた我々が驚いたのは言うまでもありません。
先ほどまで一緒にいたメンバーが、バスに乗って出かけているときにつぶやいた内
容をこうやってほぼリアルタイムに知ることができるわけです。
世の中はまた大きな変化の中にあるようです。


 

2010年8月19日木曜日

習字道具の目的

本日は午前中からMOREの2年生たちが5,6人で自主研究事業の詰めの作業を
していました。
企業に依頼文を発送するための準備や事務局との打合せを精力的にこなしていたようです。
結局夕方近くまで複数人で上手に継投しながら作業を続けていました。
 
午後はガリラボ3年(戸高、大塚、宮下)、そして4年(森、興梠、植田)、さらにM1松尾が
でてきてWebの駅サポートチーム(AMANAMI)の会議をやっていました。
 
さて、13時頃、文学部のN君が森を訪ねてやってきました。
森は朝から来てましたが、ちょうどその時不在でした。
何でも、習字道具を持ってきてほしいと森から頼まれたとのこと。
習字道具なんて何に使うのかとN君に聞きましたが、N君は何も知らないようで、
とにかく持ってきてということだったようです。
習字道具と一緒に、N君は長崎のお土産ですと、下のお菓子をおいていって
くれました。
他学部の研究室に、依頼をされた側であるにも関わらず、お土産をもってくるとか、
なかなか良く出来た学生です。(^^)


習字道具の目的は不明なまま・・・・・・・・夕方になって判明しました!
これに使うためだったのです(マウスが文鎮代わりになっています)。
    ↓↓↓↓

 
実験室に「ゼミ訓」を掲示するのだそうです。
それを習字で制作するのだとか。
いや、びっくりしました。
 
筆をとったのは植田。
実験室が習字教室になっております。



書き上げた用紙を森、植田、興梠の3人で「ゼミ訓」としてホワイトボードの
上に固定していました。

実験室を片付けながら、3人がワイワイやっている姿を見ていると、
教室というか、習字道場のように思えました。


やっぱり実験室は「ガリラボ道場」としたいと思います!

この後、3人は週刊うちわEBI'sの収録を行っていました。

2010年7月22日木曜日

高浜地区振興会のHPに登場

先日のクリーンアップ作戦in天草の際の様子が地元の高浜地区振興会のHPで
紹介されていました。
そこに大きくガリラボの様子も掲載されていました。

http://hp.amakusa-web.jp/a0591/Diary/Pub/Shosai.aspx?AUNo=5053&KjNo=117

いや、こーなると、理由がないことには天草行きを止めるわけにはいかなくなりました ^^

来年も決定ですね。うちわEBI'sも存続のカタチ(フレームワーク)をどうしていくか構想を
しっかりと練っておかねばらならないと思いました。

じっくりと今後考えていきたいと思います。
 

2010年5月24日月曜日

Webの駅チームエピソード

3月末に発行されたアドミニストレーションの機関誌にWebの駅チームのことを
書いていましたが、それについてのエピソードです。

昼、会議を終えて、研究室に戻ろうとしていたら、ある方(大学内の方です)が、
立ち止まられて、その論文を読まれたらしく、
 
  こんなことをやられているんですね、感動しました
 
とのコメントをもらいました。
Webの駅チームの活動に感動されたようです。
やっぱり人は、人が頑張っているところに感動する生き物なんだと思いました。
 
ついでに、、、

ガルフィン号がついにWebの駅のアクセスランキング表にリストアップされたようです。
http://amakusa-web.jp/
今日の時点で48位。
目指せ、うちわEBI's号!!
いやいや、目指せ、ランキング1位ですね。
 

2010年5月7日金曜日

タウン誌

今日は8:50-12:00会議で、12:30-14:30講義で、14:40-16:00会議で
研究室にちゃんと戻ったのは16時過ぎです。
その間、研究室がどうなっていたのかよくわかりません。
午後にはAMANAMIの打合せが行われていたことだけはわかっています。
また、4年のうちわEBI’sが環境共生の学生を連れてきて、ブルーベリー育成の
講習を受けていたこともわかっています。
いや、森の人脈の広さに驚かされました。

写真(90度傾いてますが)は4年植田の趣味で集めた九州各県のタウン誌。
どうやって入手したのか、聞いたのですが、きれいさっぱりと忘れました。
 


趣味というのはもちろん冗談です。
地域メディアを卒論のテーマに選んだ彼女は、各県のタウン誌を集めて比較研究を
行うのです。
読み比べるとなかなか面白いものでした。
今後どう展開するかは不明ですが、面白い視点が見つかるといいかなと思っています。

夕方からMOREの学生たちとだべっていたら、気づいたらこんな時間です。
仕事しようと思ったら、PCの調子が悪くなっていてどうも仕事ができません。
ただいま応急でノートPCを利用しています。
データがデスクトップのほうにあるので、どうも仕事ができません。
この調子では明日も仕事です。
 
さらに私のスケジュールがケータイで閲覧できなくなったようです。
ふんだりけったりとはこのことですが、時間的余裕がなくて、スケジュールの閲覧の
問題はすぐには解決できなさそうです。
 
だれかこの辺り手伝ってくれるといいのですが・・・ (^^;

今日私が見かけたゼミ生はこんな人たちでした。
4年生:興梠、植田、森、冨田、門前、小田原・・・(4年生は自主ゼミでした)
3年生:宮下、財津、大塚@研究室
3年生:田上、益田、矢田@講義室(体育祭の打合せをしてました)

そしてMOREの2年生たちです(このメンバーも全体ミーティングをしていたようです)。
 
 

2010年4月15日木曜日

AMANAMIのミーティング

午後からAMANAMIの定例ミーティングが研究室で行われていました。
この日集合したメンバーは
  4年:森、興梠、植田
  3年:戸高、大塚、宮下、財津
  院生:松尾
でした。
リーダーである4年森がリーダーっぷり発揮して会議を上手に進行させているように感じました。
私自身は会議のために途中、席を外しましたが、きっとその後も密度の濃い会議が展開されたのだろうと思います(きっと)。
 

 
このメンバー以外に研究室でワイワイやっていたのがMOREの2年生。
3人ほどが午前中から夕方まで新聞づくりや今年度の活動計画についての立案作業をしているようでした。
 
さて、これから院生とのゼミが始まります。 今期第1回目です。
 
そしてその後はLPP勉強会。
03OGの菅原が来る予定なので、一緒に学習理論に挑戦しようかと思います。
 
---
 
今しがた菅原との勉強会が終わりました。ただいま21:35です
2時間半に及んだ格闘は、テキストの1ページ目わずか5行ほどが進んだだけでした。
マンツーマンで、わずか5行を2時間半も話し続けるのもなかなかのものです。
笑いすぎて喉がおかしくなりました。
(中味は至って固い本なのですが)
 

2010年4月12日月曜日

AMANAMIとPTeye

本日、二つのアルファベットで表現された出来事が船出をしました。
ひとつはAMANAMI。
天草Webの駅のサポートチーム「うちわEBI's」がリニューアルし、天草秘宝発掘団AMANAMIとして
ひとつの船団を組んでデビューしました。
いや、なかなかよく出来ています。


この船団の中心となる「うちわEBI’s号(一番上の船)」のアドレスは以下です。
http://hp.amakusa-web.jp/a0009/MyHp/Pub/
ここからすべての船にリンクが張ってあります。
詳細については、Webの駅をご覧ください。
 
もうひとつは、PTeyeプロジェクトです。
M2吉本の修士論文の研究の一環で立ち上げます。
内容は、おおよそは下のポスターの通りですが(注:ポスターは一部が消してあります)、
新しい情報ツールによる効果がどのようになるか楽しみです。
拡張による学習と言ってよいでしょう。
今後の展開をしっかりと見守り&バックアップしていきたいと思います。
 

 
それにしても上手なポスターです。
研究室としても十分なバックアップをしていきたいと思います。
 
なお、本日の研究室もたくさんの学生がやってきました。
 院生:松尾
 4年:森、興梠、有働
 3年:戸高、宮下、大塚
 2年(MORE)の学生たち。
最後の学生(MOREの2年生)が帰宅していったのは22:30です。
毎度のことながら凄いパワーでした。
 

2010年4月7日水曜日

ブルーベリーの引っ越し

Webの駅4年チームがようやく重い腰を上げてくれました。
研究室前に放置(?)してあったブルーベリーの鉢植え(4月6日ガリラボ通信参照)を3Fテラスの庭園に移動させてくれました。
近くのショップで土と肥料を買ってきての移植作業でした。
 



 
慣れない手つきながらも移植作業は完了し、最後に水を入念にかけて終了でした。
これで秋には収穫できるはずです。
 
それにしても図書館の閲覧室から、はしゃぎながら作業する4年生を見ている人たちがいたはずです。
どういったゼミに見えるでしょうか?
 
さしあたり、どう見られてもいいのです。
どうせ、変に見られたのは森と植田ぐらいのものでしょうから。
 
あえて言うならば、生物は、4つの符号で構成される遺伝情報をDNAにコードディングしているわけですから、その意味では、このことは農業ではなく、立派な情報分野のテーマとみなすこともできなくはない。
しかしながら、このメンバーがそんなDNAなど研究することはありえません。
研究の術を持ちませんから。
 
単なる観察日記をWebの駅で発表するだけです。
 
なので問題は、こんな作業が情報分野かどうかなどというちっぽけな問題ではなく、最も大きな問題はこの活動が小学生の観察日記をどの程度超えるかどうかだと思います。
頑張ってほしいと思います。
そしてそれ以上に、とにかく収穫までたどり着いてほしいと祈っています。
 
もし途中で諦めたらゼミの単位も諦めてもらいます。(^^)