2019年8月31日土曜日

オープンサイエンスという思想と今後の市民

少し(随分?)前(2019/8/4)の熊日新聞に掲載された「オープンサイエンス(社会に開かれた科学)」についての論壇がずっと気になっていました。



サイエンスは、近代以降、徐々に専門家だけの世界に閉じたものになっていき、専門家は仲間向けのジャーナルで情報を共有するようになり、市民との乖離が進行していきました。
専門家は自分たちだけでしか通用しない方言(ジャーゴン)でもって科学を語り、そのジャーゴンが専門家集団と市民の間に境界を作り出しいくことになったのでした。
わが国では、科学史家・村上陽一郎氏が中心となって科学者の行動パターンを歴史的経緯の中で詳しく論じてこられました。
村上氏の著作をほぼ全て読みました。いつの頃からか専門家というものに少し疑問を持ち始めていたこともあり、そうした著作によってさらに考えは色々と発散したり、深まったりしつつ、いつの間にか自分自身が専門家であることから離れていく方向の遠心力が強まっていきました。
その結果が現在で、何が専門なのか自分でもよくわからず・・・、そんな状態に至っております。
・・・といった個人的経緯もあって、このコラムの内容が気になったのです。

矢守氏は、サイエンスを専門家だけのものにせず、多くの市民が関わるような形にデザインしていこうという動きが起きていることを紹介されています。
防災・減災の分野では大きな役割を果たしつつあるようです。
特に、災害に対して市民がそれを自分事として捉えていくのに大切なやり方だなと思いました。
今週は、佐賀を中心に豪雨による大きな被害が出ていますが、こうした状況を踏まえると、オープンサイエンス的な動きが必要なのだろうと強く思います。

現在のこうした動きの走りとして捉えてよい話題が、今から10年以上も前、2006年にNHKの当時の番組「クローズアップ現代」で
  海を渡る蝶”アサギマダラ”
  http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/2282/index.html
という番組が放送されたことがあります。
2千キロも移動するこの蝶の生態を解明したのは、実は、全国に点在する蝶の愛好家たちで、愛好家たちがネットで情報を共有しながら、この大移動する蝶の生態を明らかにしたのでした。
市井の人々による科学的事実の発見でした。
この番組をリアルタイムでみていて、専門家の閉じた世界にはない科学の面白さを知った記憶があります。

こうした動きは市民と行政の間にもあり、それは前期の授業「地域と情報」の中でOB(M08)佐藤によるオープンデータの解説を聞いてから、特にそう思いました。
市民は科学と乖離するだけでなく、行政との乖離も進行してきたわけですが、サイエンスの動きと同じように、(佐藤によれば)行政との対峙の仕方も徐々に変わってきているようです。
オープンデータを使って市民が行政がやっていたことを担い、市民によって地域のガバナンスが可能になっていく、佐藤の話にはそうした未来が描かれていました。
「オープン〇〇」という近年の潮流は、それまで権威の背後におかれ受動的であった市民が主体的にかかわっていくようになってきたことを教えてくれます。
今後の社会の新しい姿なのかもしれません。

大学が次の時代の市民を輩出することが役割であるとすれば、学生が大学で今後学んでいくべきこととは、こうした動きの中にヒントがあるのかもしれません。



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