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2015年3月7日土曜日

もやいすとプログラムの新たな意味付け/10周年記念誌の卒業生への郵送

今日は朝からピンチヒッターで依頼された北稜高校の1年生向けの
特別授業の準備を自宅にこもってやっていました。
地域とメディアの話をテーマにすればすぐに終わるかなと予想して
いましたが、意外に手こずり、最後までたどり着いたのが6時間後。
たまランナーズのこと、もやいすとのことをしっかりとPRしてくる
内容になっています。^^
ところで、もやいすとプログラムについては、北陵高校生に協力して
もらい、高大連携として実施すれば優れた企画になりそうだという
ことに先日気づきました。
この着想を「学生教育+高大連携+地域づくり・活性化=もやいすと
プログラム」という一石何鳥も組み込んだ公式へと昇華していけるよう
さらにアイデアを詰めていきたいと思っています。
もちろん、玉名を舞台にして、このプログラムには着地型観光と6次産業の
ことを組み込んでいきたいと思っています。
その際、北稜高校の持つ「地元性」と「専門性」とを活用させてもらって、
地域づくりに向けた効果的なプログラムにしていきたいと思います。
具体的な内容はまだ全くですが、とりあえず、そんな妄想を考えながら
ワクワクしながらパワポに向かっておりました。
そんなことをだったので6時間もかかった次第です。orz


パワポを作りながらもやいすとのことを自宅で考えているとき、大学の
道場ではOB(05)山口、OG(09)谷、3年(12)田中、尾堂が10周年記念誌を
卒業生に郵送する作業をやっていたようです。郵送作業が終わった報告が
山口から写真付きで届きました。4人ともご苦労さまでした。


  
脈絡ありませんが、私の息子がもっていた早稲田学報。
1205号とあります。
そして、創刊の年を見て目を見張りました。
明治30年!!
なんという歴史でしょう。
年数で勝てる見込みはまったくないわけですが、意気込みだけはガリラボも
負けないようにしていきたいと思います。


10周年誌はガリラボにひとつの歴史の区切りをつけてくれました。
卒業生のみなさん、手元に届いたら、想像力を全開にして、発送してくれた4人の
ボランティア精神に思いを馳せ、さらには編纂委員の努力(ガリラボ通信2015/2/28)
にも思いを馳せながら読んでもらえればと思います。
こうしたボランタリー精神溢れるゼミ生の存在なしにガリラボの歴史が作られて
いくことはなかったでしょう。
ガリラボにはほんと優れたゼミ生が多い。
 

2015年2月28日土曜日

10周年記念誌編纂の総括(編纂委員長(11)藤本)

昨日完成し納品された10周年記念誌(ガリラボ通信2015/2/26)。


編纂委員長の4年(11)藤本があとがきにその経緯等を触れていますが、この編纂に
費やした過程をあの程度の短いあとがきに集約するにはもったないと思い、藤本に
編纂の経緯を、編纂委員長の主観で振り返るよう指示しておきました。
過程をガリラボの関係者に共有してもらうためです。
昨日、振り返ったものをもらいました。

9ページに及ぶ手記で、わずか10年であっても歴史を発見していくことの
難しさ=編纂委員会の苦労がよくわかるものです。詳しくは次の本文をご覧
ください。

10周年記念誌編纂についての総括(本文) (11)藤本
 
10周年誌を手に取った際には(卒業生にはOB(05)山口が中心になって後日
送付予定です)、藤本の手記も是非とも一緒に読んで頂ければと思います。

2013年7月14日に「300回目のコラム」を書きながら(ガリラボ通信2013/7/14)、ふと
  来年は10年になるはずだから、ガリラボ10年史を今から作っていくのも
  良いかもしれません。
  そして、来年の10周年の興津会ではそれを冊子にして参加者に配布する。
  区切りになっていい。
  どうにか、実現したいなぁ。
  地道な作業になりますが、誰か手を挙げてくれませんかね。
  そして、私も入った形で、さらには歴代の卒業生も入れて会議する編纂委員会
  とか作ってもいいかもしれません。
  またそこで新しい「ノット(=つながり)」が生まれ、それが化学反応を起こし、
  さらに面白いことへとつながっていくかもしれません。
  面白そうだ。
  どうにか実現したい。
  誰か手を挙げてくれませんか。
という具合になんとなく10年史のことを思いつき、その思いつきに賛同し、ただ
ひとり手を挙げてくれたのが4年(11)藤本でした。
たったひとり!
藤本の勇気のおかげで、10年史のプロジェクトは始まりました。藤本の勇気なしに
この「10周年記念誌」が動き出すことはなかった。そして動き出した後に、重要だった
のが藤本の知性。藤本の緻密な知性が始まった動きをゴールまでたどり着かせました。
1歩を踏み出す勇気と動きを持続させていく強靭な知性が新しい事業に不可欠です。
改めて、藤本を始めとする10周年誌編纂委員会のメンバーの苦労に感謝し、この場で
お礼を言いたいと思います。
感謝 
 

2015年2月26日木曜日

10周年史の完成/院ゼミテキストの読了

2013年7月14日にその企画がスタートした津曲研究室の10年史編纂。
舟を編むごとく、ガリラボの歴史を読み解いていった編纂委員会。
それを率いたのが4年(11)藤本。
計画が持ち上がってから1年半。本日、ガリラボの10年がみっちりと
つまった70頁ほどの冊子が納品されました。

1年半の歳月かけ10年史を完成させ、清々しい顔をする藤本です。

藤本たち、ガリラボ10年史編纂委員のメンバー
  委員長 4年(11)藤本
  委員 4年(11)上田、清田、3年(12)尾堂、坂本、田中、目代
の苦労はあとがきに記されています。
色々と書きたいことがありますが、とりあえず今日は編纂委員に感謝しながら
ゆっくりと10年史の1頁、1頁をじっくりとめくっていきたいと思います。

10年史を編んできた編纂委員の活動は別の機会にまたゆっくりと振り返りたいと
思います。
 
別の話題です。
昨年の12月17日からM1(14)吉村と読み始めた(ガリラボ通信2014/12/17)「高校・
大学からの仕事へのトランジション」を約2ヶ月かけて本日読了しました。
全7章250頁ほどの専門書です。難解な部分が多々あり、その部分は断腸の思いでパス。

読み終えて清々しい(はずの)顔をする吉村です。

来週からは新しく「活躍する組織人の探求」なる専門書に挑みます。
次から次。
学びの旅にゴールはありません。



 

2015年2月17日火曜日

挑戦者たち~10年史編纂/ガリラボ旅芸人一座/学生自主研究研究員

昨晩、次の封筒が届いていました。宛先は津曲研究室藤本様です。
10年史編纂委員長4年(11)藤本に業者さんから届いたものです。

中には、十周年記念誌のサンプルが入っていました。
最終チェックを藤本が行い、3カ所ほど誤りを見つけたようで、それで校了。
夕方、藤本が業者さんに印刷のGOサインを出しました。
編纂委員が苦難に挑戦してきた、汗と涙の結晶の冊子です。
来週末にはガリラボに届くと思います。
お楽しみに。


今日はたまランナーズが集合し、2月27日の発表会に用いるプロローグ映像と
発表の段取りについて打合せを行なっていたようです。
夕方、その概要を聞きましたが、吹き出しました。
2月27日はガリラボ旅芸人一座が玉名市役所に乗り込むことになりそうです。
次の写真は、ガリラボのホワイトボードに貼ってあるこれからのこの一座のスケジュールです。
予定がみっちりと詰まっております。


玉名に乗り込む前日の2月26日は学生自主研究の発表会があります。
そこで3年(12)田中と尾堂が発表をするのですが、夕方、田中の発表パワポに
たくさんダメ出しをしておきました。
「あんまり、伝わってこないな~」と。
ダメ出しの後、ドローンの一部の機能について追加撮影をする田中とそれを
手伝う尾堂です。
たまランナーズのメンバーでもありますが、同時にドローン戦隊員、さらには
学生自主研究の研究員。2人とも色々な顔を持っております。
もっとも、それぐらいのことをやっていかなければ、ですね。成長のためには。


ガリラボにはたくさんの挑戦者たちがいます。

ところで、、、
 
昨晩、次年度のもやいすとに向けて新たに研究チームを結成するので、
参加者募集のメールを12、13ゼミ生に送りました。
長い目で見た時の、貴重なチャンスを提供しているつもりです。
新たな挑戦者を探しています。
一歩を踏み出す勇気に期待してます。
 

2015年2月9日月曜日

10年史プロジェクトの意味

今朝は寒かった。日中も寒かった。朝、大学に来て、PCのデスクトップに
おいた熊本市の気温を表示するガジェットは-4℃を示していました。
寒いはずです。
寒いですが、視界は良好。お昼頃の阿蘇の様子です。

拡大するとご覧の通り、阿蘇中岳は噴煙を上げております。いまだ
静まる気配はありません。桜島の大量の火山灰の経験もあって、風向きが変わり、
あの噴煙が熊本市内の方にやって来たら大変だなと思いつつ、写真を撮りました。

ついでにカメラをテニスコートへ。
補修工事中です。個人的にはこっちもかなり気になっております。^^


そんな呑気なことを言ってると4年(11)藤本に怒鳴られそうです。
根気と緻密さの両方が要求される10年史の校正作業に没頭しているからです。
草稿を私がもらったのが2月5日でした(ガリラボ通信2015/2/5)。
その前、校正を開始したのは1月に入ってすぐのようなのです。
それからずっと間違いさがしをやっている。
私の手元に届いてから読んでいくと、次の間違いが見つかりました。

それを修正し、さらに藤本自身も見つけた間違いを修正したものを先ほど
送ってきましたが、やっぱり間違いがあります。

やってもやっても終わらないと藤本が話していましたが、そうなんですよね。
地味な仕事ですが、校正の仕事とはそんなものです。
死ぬほどやらないといけない。
コンピュータが誕生した頃に活躍したモーリス・ウィリクスは、プログラムを書くこと
よりも、それを正しく動かすためのバグ取り(間違いさがし)をやる中で、自分の
残りの人生は大半をプログラムのエラーを探すのに費やされるのではないかと
恐怖を感じたということを自伝に書いています。
私も15年前ぐらいまでは、バリバリのプログラマーでしたので、そのことは
痛いほどよくわかります。
短いものだとあまり関係ないのですが、長いもの(分量のあるもの)を作るように
なると作ることよりも、その間違いのチェックに遥かに時間がかかるのです。
ゼミ生の場合、まだ分量的に大したことのない程度のもしか扱っていないため、
この問題の深刻さをあまり理解できないかもしれませんが、仕事のレベルで
やるのものは分量的にかなりのものになります。
その時、大切なのは、作り上げていく途中にバグ(エラー)が入り込まないよう
工夫をしながら、作業を進めていくことなのです。
作っていく作業を中断することになるので、作業を遅延させてしまうように感じますが、
そんなことはなくて、そうすることで、トータルでは作業がかなり短くできます。
それは、上で書いたように、分量が多くなると作る(書く)よりもそのチェックの方が
遥かに時間がかかるからです。

卒論で2万字の文章を書いた藤本ですが、きっと2万字とかは簡単だったなと
今は思っているのではないでしょうか。
実際そうだと思います。
大変さは分量の2乗、3乗に比例して大変になりますので。

10年史プロジェクトは、ガリラボの10年を振り返ると言う意味があるわけですが、
それ以上に、本格的な書籍づくりを通して、ある意味で、仕事をしていくスキルを
身につけてもらうことを意図したものでした。
構想から、情報収集、他者との協調作業、業者との打合せ、そして大事なことが
完成品は自己満足的なものでなく他者に配布するものだと言うことです。
ここには、本格的な仕事のほぼ全てが詰まっています。
なお、このプロジェクトにはモデルがあります。
大阪大の「ショセキカプロジェクト」です。学生たちの手による本作りです。
完璧に同じではありませんが、とりあえずは出来るところからやってみようと思って
このプロジェクトを開始し、藤本に全てを託しました。

藤本を中心とした今回の企画には、3年生(12)も加わっていますので、その核になる
ような遺伝子は確実に受け継がれていくと思いますので、今後きっと発展していくことでしょう。
今回の10年史プロジェクトは、もし20年史を作ることがあれば、ガリラボの歴史の中で
大きな意味を持ってくるのではないかと思います。

エラー探しも後少しです。
印刷に回すギリギリまでエラーを取り、完璧を目指してほしい。

「完璧を目指すより、さっさと終わらせろ」を達成した後、そのままで終わってはいけない。
その後は、「締切のギリギリまで完璧を目指せ」となります。
適当さと終わらせる勇気が前半、ち密さと続ける根気が後半必要となります。
高いパフォーマンスを上げる人間には両方が不可欠。
藤本はそれを身につけるトレーニングを今回のプロジェクトで行っているはずです。

他のゼミ生もこの後を続いていってほしい!
 

2015年2月5日木曜日

10周年史の草稿完成/空ビルとの連携終了

10年史編纂プロジェクトがようやくゴールを迎えようとしています。
2年前の夏、「300回目のコラム~10年史とかどうでしょう(ガリラボ通信2013/7/14)」との
ガリラボ通信を書きながら、10年間を振り返ることを思いつき、それから数か月後に、
10年史制作委員会が発足(ガリラボ通信2013/11/29)。
それから体制が変わりながらも編纂委員長4年(11)藤本を中心に地道に作業が継続して
きました。
構想から2年半が経ち、ようやくそれが形になりつつあります。草稿が今日、藤本から
届きました。70頁ほどの冊子。これから最終確認し、印刷に回します。
あと少しで完成です。藤本以下、編纂委員にとっては長い、長い道のりでした。
「舟を編む」を心境での道のりであったのではないかと思います。


今日は試験でしたが、明日は通常授業。ということで、ガリラボは試験を
終えて一息ついたゼミ生で溢れておりました。
夕方、数えてみたら16人ほどいたように思います。
M1、4年、3年、2年・・・もう、ごちゃごちゃでした。超過密なガリラボで、賑やかで
良い感じでした。


今日は空ビルの方が2名、最後の挨拶に来られました。
学生GPで2年間一緒にやってきたわけですが、今年度でいったん連携には区切りを
つけることになりました。
これまでの成果を社内で考える期間にしますとのことでした。また機会があれば、
連携できるといいですね。


ガリラボは空港を飛び出し、また次のステージに向かう予定です。
 

2014年11月24日月曜日

ガリフェス2014秋 ~Let it go ありままの強さを見せるのよ~

在学生・卒業生が集い、各代ごとのバレーでの対抗戦を2014年11月23日の祝日、
アリーナで開催しました(昨年の様子→ガリラボ通信2013/11/24)。
バレー参加者55名、見学3名(卒業生)の総数58名でのガリフェスでした。
実行委員長は3年(12)小田、実行委員は3年(12)古賀、2年(13)出口、田島、そして
サポートに4年(11)谷口が入りました。

今年のテーマは
 Let it go~ありままの強さを見せるのよ~
ということでした。


チーム編成。昨年は卒業生チームが優勝でしたが、今年はどうなるでしょうか?

冒頭、10年史編纂委員長の4年(11)藤本から卒業生へのお願いがありました。
せっかく来ている卒業生に昔のことを根掘り葉掘り聞きたいというお願いでした。


準備運動。恒例となったOB(05)山口の独特の準備体操。笑

普通の準備運動もきちんとやってます!


チームごとに相談して決めたチーム名の発表。
トップバッターはAチーム(卒業生チーム)のOB(08)岩本。ガリフェスのテーマそのまま
「ありのままの強さを見せるのよ」チームということでした。想像力ゼロですね。笑
で、結果はどうなったでしょう? 強さをありままに見せつけたでしょうか?

各チームリーダーからのチーム名発表。

チームは以下の通り。


12:50には試合開始。
ガリフェスデビューを果たした2年(13)ゼミ生たち。

対戦するのは3年(12)チーム。

試合の様子をたくさん撮ったつもりでしたが、あまりなく、次の(↓)どうでもいい
やつしか残っていませんでした。涙
昨年は肉離れのためたくさん写真を撮ったのですが、今年は私も卒業生チームで
フル出場したため写真をあまり撮ってない・・・・

OG(03)が二人、差し入れに。宮川と松本です。

ガリフェス2014秋に参加した卒業生たち。OG(05)熊井は東京から、OB(07)森は
沖縄から、OB(10)保坂は山口から、OB(08)岩本、OB(09)草原は大分からと遠く
からも、この日に照準を合わせて参加してくれました。

予選を終了しての休憩=ミニゲーム。7か所に分かれてのクイズでした。

まずは親睦を。それぞれ自己紹介。

その後、クイズに挑戦してしました。


決勝トーナメント!
出場する4チームはA,Bブロックそれぞれの1位と2位。
 Aブロック1位:ありのままの”強さ”みせるのよ(卒業生)
 Aブロック2位:優勝はCチーム(3年(12)生)
 Bブロック1位:チームアラサー(リーダーすっか)(卒業生)
 Bブロック2位:Teamミスド(3年(12)生)
またしても、大人げなく、卒業生が入ってます。
で、決勝トーナメントの結果は・・・・
 優勝:  ありのままの”強さ”みせるのよ(卒業生)
 準優勝:チームアラサー(リーダーすっか)(卒業生)
ということで卒業生の独占でした。
冒頭、OB(08)岩本がチーム名を発表したときに見せた自信の通りになりました。
ありのままの”強さ”を見せつけた卒業生でしたが、ほんと大人げない。笑
優勝の副賞はミスタードーナッツでしたが、それもしっかりと自分たちで食べておりました。

最後にエキシビジョンマッチ。卒業生VS在学生。
それぞれがドリームチームを作っての対戦です。

卒業生。各代からひとりづつ出てきたドリームチーム。

試合開始。

在学生も頑張りましたが、大人げない卒業生チームはかなり強く、かなり
点差が開きました。

が、そこに救世主が現れました。卒業生チームにOB(10)保坂が入ったのです。
在学生にとっても救世主でした。
これで点差がぐっと縮まりました。在学生はみんな、敵側の保坂に感謝だったと思います。

しかし、最初の点差の開きが大きかった。
追い上げたものの20-17で卒業生ドリームチームの勝利でした。


閉会式

最後はOB(05)山口が締めてくれました。


片付け。

掲示物もすべてとって、今年のガリフェス2014秋は終了しました。


実行委員は大変お疲れ様でした。おかげで、卒業生・在学生ともに楽しい
時間を過ごさせてもらいました。


ゼミ生の「ありのままの姿」が見られたガリフェスでした。

そして、ガリフェスは来年に続く・・・