中西の声と話し方はRKKの糸永アナウンサーにそっくりなのです。私の意見に、3年(19)村上が激しく同意してくれました。^^
2021年10月25日月曜日
文化委員とぶたの貯金箱
中西の声と話し方はRKKの糸永アナウンサーにそっくりなのです。私の意見に、3年(19)村上が激しく同意してくれました。^^
2021年5月13日木曜日
ゴミ袋・ティッシュの調達と雑談/19ゼミ生の新しい課題
遠隔授業が本格化して閑散としている大学。ガリラボももちろん閑散としていますが、今日は4年(18)村田がやってきました。
ゼミ紹介のデータを共有フォルダから収集することが第1の目的で、それに合わせて、文化委員費(卒業生からの差入れの恩恵を受けるゼミ生から麺税として徴収したものを原資とする予算です)で購入したティッシュとゴミ袋を持ってきてくれました。
先生のところにもひとつどうぞと右のティッシュをもらいました。^^
箱に入ってないのもあるんですね。初めて見ました。
左のバームクーヘンももらいました。これは村田のポケットマネーだそうです。
有難くいただきました。
久々でしたが村田とは随分と長く雑談をしました(数時間?)。
やっぱり雑談(というか、話題をあちこちにずらしていく対話)はいいですね。
それまで知らなかったつながりがたくさんあることに気づきました。OB(12)丸野とつながったり、また13ゼミ生が製作した書籍「どりぃむ」ともつながっていたりと、世の中はやはりスモールワールドなのだと思いました。
卒論についても突っ込んで内容まで話ができて非常に良かった。
創造的対話(雑談)はやはり空間を共有した対面でないと無理。
オンラインによって失われたことのひとつがこうした対話であるのかもしれません。
このために創造的取り組みがガリラボで生み出されることが随分と減ってしまいました。
非常に残念です。
お昼過ぎにやってきた村田は18時前に帰っていきました。
・・・
本日、19ゼミ生が次に行う課題「カバーデザインプロジェクト」のための教材が届きました。
さっそく連絡してくれたようで、今日には3年(19)中西が取りに来ました。
2020年9月4日金曜日
院ゼミデー&文化委員復活
今日は大学院デーでした。
午前中、M1(20)アクストとのゼミ。現場で収集したインタビュー内容についてのじっくりと話を聞きました。コロナ禍で現場で様々なことが起きていることを再確認。全部の文字起こしが完成すれば700頁ほどのドキュメントになるはず資料を今後はじっくりと読み解いていくことになります。
午後3:30からはM1(19)福嶋とのゼミ。毎週、ZOOMでのゼミでしたが、かなり久々に対面でゼミを行いました。福嶋の場合、現在、質問紙調査を行っている途中でそれらが戻ってくるのを待っている状態で、その間に修士論文を作成しています。現在4分の1は終わったので、質問紙が戻ってくれば分析して、論文自体は年内には余裕で終わるのではないかと思います。
夕方5:00からはM1(19)塘添とのゼミ。コロナ禍で予定していた自治体での調査が不可能になったのでテーマを急遽、大学生調査へと変更したわけですが、どうにかそれも軌道に乗ってきて、今日は調査内容の打合せでした。少し進みました。こんな状況ですが、調査もなんとかやれる方法を見つけました。やれやれです。
学部生は4年生が来てます。3密を避けるため最大3人名までにしています。今日は4年(17) 阿部、園田、岩奥がやってきました。3人で色々と話をしているようでした。
きっかけは忘れましたが、ふと思い出し、文化委員会(発足したのは2016/5/11)のことを話しました。研究室にあまり来れない状況なので必要性はぐっと減ったのですが、それでもこれまでの予算も残っているので(主に麺税による収入)、誰もそれを引き継いでいないことが知り、岩奥に引き継ぐように伝えました。
早速、その予算を使って、4年(17)岩奥がなくなっていた除菌シートとティッシュペーパーを買ってきました。
麺税は文化委員が2016年12月2日に導入したものでした(新制度の創設~麺税)。卒業生から寄付されたカップラーメンを早い者勝ちで食べるのではなく、1個50円(麺税)で食べれることにして、そのお金を集めて(原資にして)ゼミ生共有の必要な物品を購入していこうというアイデアでした。
そうすることで、カップラーメンを食べた一部のゼミ生だけが得するのではなく、卒業生の寄付がゼミ生全体に行き渡ることになります。
また、研究室内がある種自律的に動いていくようにもなるわけで(自治体化?)、大変素晴らしいアイデアだと思います。
そんな大事な意味を持つ活動を担当していたが文化委員(ガリラボ内の公務員?)。しばし休眠していた文化委員ですが、今日復活しました。^^;
<おまけ>台風への備え:NAS(共有フォルダ)の退避
これは、ガリラボのこれまでのゼミ生が蓄積してきたデータの全てが入っている貴重なものです。
私の机の上(=窓際)においてあります。窓ガラスが割れずとも、窓から吹き込む雨で壊れたら目も当てられないので、取り外しました。取り外し、戸棚に保管しておきました。これで何かあってもデータは生き残るでしょう。
2017年12月23日土曜日
文化委員からのクリスマスプレゼント
委員長4年(14)児玉、委員3年(15)宿利、他にいるかもしれません(笑)
がクリスマスプレゼントに向けた企画を開始していました(ガリラボ通信2017/12/6)。
昨日、その発表をしたようです。児玉より報告をもらいました。
--------文化委員(児玉)から報告---------
今日は気まぐれなサンタさんがゼミ室に少し早めのクリスマスを運んで
きていました。 サンタさんからのクリスマスプレゼントを、ガリラボの
文化委員長の児玉から選ばれた2人へ渡しておきました。
お肉をおなかいっぱい食べたい!というお願い事をかいていた3年(15)藤川には、
セブンの「からあげ棒3本」が渡されました。

また、おいしいケーキが食べたい!というお願いをしていた3年(15)青には
サンタさんのおすすめのケーキが渡されていました。(セブンのケーキです)


最後に、あと一人にプレゼントをと16ゼミの大友にプレゼントを渡すため、
ゼミの終わりを待ち構えていたのですが、いつの間にか帰ってしまっていた
ようで残念ながらプレゼントを渡すことができませんでした。
いつか渡そうと思います。
以上、文化委員の活動でした。
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コミュニティの中にこうした楽しさを埋め込むのは非常に大事で、そうしたことを
積極的に仕掛けていく人たちが存在していれば、そのコミュニティの活力は随分と
増すものです。さらに、仕掛けている人たちが「他の人のために」だけをいつも
考えて行動しているようであれば、真にそのコミュニティは活性化するのに違い
ありません。
10年以上前に見たNHKスペシャルに次の番組が放送されました。
”笑い”がビジネスを変える (NHKスペシャル2006年5月21日放送)
会社の中に楽しさを組み込み、当時の閉塞感を打ち破ろうとしていた努力が取材
されたものです。急成長を遂げた米国の航空会社の取り組みなどほんと秀逸でした。
ガリラボでも歴代こうした仕掛け人が存在していました。
たくさんいましたが、最近で代表的な人物といえば、(10)保坂、(13)松崎とか
でしょうか。
美女と野獣ですね(笑)。あ、いや、間違い、どっちもゴジラでした。
他者のために仕掛けをしていく人たちの存在がコミュニティには大事な役割を
果たしています。
文化委員は、ガリラボの日常の中に楽しい仕掛けを組み込んでいく役割を担う人
たちであってほしいですね。
だいたい、こうした文化委員会を作ろうと言いだしたのが、女帝(13)松崎では
なかったかと思いましたが・・・、ガリラボ通信を検索してみたら、M1(17)多賀
でした(ガリラボ通信2016/5/11)。
どうして勘違いしたのでしょう?
今後もガリラボに楽しい仕掛けを埋め込んでいく裏方として文化委員会が
暗躍していくいいでしょうねぇ。^^;
2017年2月2日木曜日
13ゼミ生の節分(文化委員企画)
4年(13)多賀との打合せ。
その頃、ガリラボは2・3年生でごった返していました。それぞれのゼミ課題が
明日締め切りであること、そしてゼミ新聞部の新聞発行の締め切りも迫って
いるからのようです。
4年生はさすがに少なくて、夕方に私が目撃したのは4年(13)塚田、多賀、出口
の3人だけ。ガリラボはものすごい熱気でしたが、4年生が少ないのはやっぱり
寂しいものです。
17時からは院ゼミでM1(16)大野、山口とエスノメソドロジーの復習。また
3時間ほど色々な角度から同じところを復習することなりました。本日は、
人々の「行為を理解できるとは、どういうことか」というテーマでしたが、2回目に
してようやくその意味するところがおぼろげながら理解できるようになりました。
今日の議論で、3人で最初に読んだときはほとんど理解していなかったということを
理解することになりました。orz
1回だけでわかるなんてことはないのだ、ということ確認することになりました。
以下、昨日のことです。
この3枚は、昨日、ラストゼミが終わってから、13ゼミ生でやったイベントの写真です。
私はいなかったのですが、4年(13)松崎が、
先生、写真お送りします!ぜひお使いください。
ということだったので、今日、使わせてもらいました。^^
写真が送られたきたメールには、写真のイベントについて次のように解説してありました。
今年の鬼は、出口と多賀。
道場で13ゼミ生に投げつけられ(かなり近距離からw)、逃げる先はゼミ室でした。
本当は2・3年生にも投げてもらおうと考えていたのですが、その場にいたのは
島田さんと八並さんだけだったので、1部13ゼミ生が道場から再び投げつけに
きました。
島田さん八並さんも楽しそうだったので、嬉しかったです(^○^)
また、13ゼミ生はその後毎年恒例の恵方巻を全員で食べる儀式も行いました。
1年前と方角が変わり、北北西を向いて、去年よりも成長した表情で食べていました笑
さて、これで文化委員イベント班の活動にも幕が下りました。(たぶん)
こいのぼりに始まり、七夕で新しい企画を取り入れ、ハロウィンパーティを2学年で行い、
クリスマスの飾りつけ、卒論発表会慰労会の企画、そして今日の節分!
文化委員初期メンバーとしては、多賀委員長の気配りやアイデア力のおかげでたくさんの
わくわくをみんなで実行に移すことができました。
ということで、最後に節分イベントをやって13ゼミ生の活動に終わりしたようです。
(ただ、実際は2月下旬に何かやるとかいってました。また3月には卒業旅行に行くようで
すから、まだ終わりではないようですが)
松崎のメールには、最後に、
悪だくみができる仲間って、ほんとうに最高です(^○^)
とありました。確かにそう思います。大変充実したガリラボでのゼミ生活を過ごしたのでは
ないかと思います。
2016年12月1日木曜日
文化委員の手でクリスマスモードへ
2016年8月3日水曜日
メダカのご入学/明日から塚田が不在
水槽をOB(10)保坂が持ってきたのが震災から2週間後の4月29日でした(ガリラボ
通信2016/4/29)。
保坂の意志を引き受けたのが、ガリラボに発足した文化委員会(委員長4年(13)多賀)。
文化委員会がガリラボにメダカを復活させたのが震災から約1ヶ月ほどが経った5月
13日のことでした(ガリラボ通信2016/5/13)。
これでガリラボの日常が戻ったかと思っていたら、なんと、それから次々にご卒業。。。(涙)
復活からわずか12日で、たった1匹に減ったのでした(ガリラボ通信2016/5/25)。
完璧な絶滅危惧種となったガリラボメダカ。
12日で6匹中5匹が卒業し、1匹だけが残ったのですが、普通に考えれば、この1匹も
すぐに卒業と思います、普通は。
そうしたら、何と、それから今日で2ヶ月以上が経過しているのに関わらず、この1匹は
健在なのです。
不可思議です。実に不思議。
1匹で悠々と水槽を使っているのがもったいないと思ったのか、あるいは鑑賞用として
寂しいと思ったのか、文化委員の2人(多賀と出口)が本日新入り2匹を購入してきて、
水槽に放流していました。
新人メダカ2匹が入学し、現在、在学生1匹とあわせて3匹が泳いでいます。
残念ながら放流の様子は写真に撮っておりませんが、水槽に久々に複数のメダカが泳いで
いる姿を捉えることができました。
文化委員の思いのこもったメダカたち。
今度はGPAを低めにして、留年を促し、卒業を先延ばしにさせたいと思っています。
どうすればGPAを下げることができるのでしょう?
難しい問題です。
私には分かりませんので、これを実践しているとゼミ生の○○と○○とかに秘訣を
聞いてみようかと思っています。笑
さて、本日のガリラボです。
今日は14ゼミ生2名(古谷と岩崎)を面談しました。それぞれ30分近く話を聞いたよう
に思います。個人面談は、やはり普通には話をすることがないことを話せるので、非常に
いい制度かなと思います。
午前中は13ゼミ会議、そしてチームたまラボとの打合せ。
9月15日の玉名市での発表に向けて8月26日に13・14ゼミ幹部の合同会議を開催する
ことが決めました。
たまラボとの打ち合わせでは、色々な仕掛けを考え実践していくのは当然だけど、それに
付随して生じている現象の記録、特に現象をうまく可視化するデータの記録を怠らないよう
伝えておきました。
仕掛けていくことだけに夢中になる傾向があるので(面白いのでそうなりますが)、ちょっとだ
け警告を与え、卒論としてまとめていくことも忘れないようにと念を押しておきました。
並行して、道場で14ゼミ生が興津会の打ち合わせをやっていたようです。
今年度は3年(14)園田が実行委員長、3年(14)岩崎と古谷が副実行委員長となったようです。
今日の打ち合わせの議事録を3年(14)島田が送ってきましたが、それを読み、次の通信を
読み、ピーク・エンド理論を踏まえて打ち合わせをしておくようにと伝えました。
イベントの企画とファシリテーションについて(ガリラボ通信2011/11/2)
まだヨチヨチ歩きのようですが、この夏にはしっかりとした歩みができるようになっておいて
ほしいと思います。
午後は本部棟に出かけ、夕方戻ってから、M1(16)大野、山口とのゼミ。
エスノメソドロジーのテキストをゆっくりとゆっくりと深く深く議論しながら読み進めています。
今日は6頁ほどの内容を2時間かけて議論したのですが、これだけやるとやはり理解が
深まるものです。
それまで意味が良く分からなかったエスノメソドロジーというものの正体が少しづつ
わかってきたように思います。
それから少し作業していると、21時少し前に4年(13)塚田が帰っていきました。
実は、諸事情で明日から8月11日まで、1週間ほど塚田が来ないのです。(。-_-。)
こんなに長い期間、塚田がガリラボを空けるのは、あの震災の時の休校以来のことです。
塚田は、帰り際、私に「ガリラボをよろしくお願いします」と言いながら出て行きましたが、
どうにも自信ありません。
心配です。
私だけでは、1週間で荒れ放題、無政府状態になってしまうかもしれません。
そうならないよう努力はするつもりです。
みんな、一層の協力をするように。
心配です。orz
<チームたまラボからのお願い>
投票IDの登録方法
entry@vote.yurugp.jp に空メールを送ると登録するフォームが表示されます。
フォームでパスワードを設定すると、送ったメアドとパスワードで投票サイトから投票可能です。
2016年7月16日土曜日
7回目の七夕の片付け
きれいな笹を車で運んできてくれました(ガリラボ通信2016/6/29)。
おかで、ガリラボでは今年もめでたく7回目の七夕を飾ることができて、ガリラボ関係者に
今年も笑顔をもたらしてくれました。
多賀のこういった行為こそが優れたボランティアなのだろうと思います。
多賀の笹には、たくさんの願いが短冊として飾られました。
それぞれ願いは叶ったでしょうか。
(私が知る限り、確実に叶ったのはこれでした→ガリラボ通信2016/7/8)
こっそりとOBが願いを書いていたりと(ガリラボ通信2016/7/7)、いくつかのドラマを産み
出してくれた今年の七夕でしたが、昨晩、とうとう片付けられました。
昨晩22時前、ガリラボ内でM1(16)山口や4年(13)塚田と色々と話をしていると、
廊下で物音をし始めたので、目をやると4年(13)多賀と松崎が七夕を片づけていました。
こんな夜中にやっているのは、周囲の邪魔にならないようにとの配慮でしょうか?
ガリラボの文化委員でもある2人が最後は責任もって片づけをしてくれました。
こうしてガリラボの色々な文化が維持されています。
ボランタリー精神溢れたゼミ生の存在なしにこうした文化の維持は難しいでしょう。
でもガリラボは大丈夫でしょう。
こうした先輩の姿を後輩は見ているはずですから。
だから、今後も、こうしたボランティア精神に溢れるゼミ生がたくさん生まれていくでしょう。
素直に感謝するゼミ生も同時にたくさん生まれていくといいかなぁと思います。
ボランティアする人がいる。そしてそれに素直に感謝する人がいる。
ガリラボはそんな温かな空間であるといいかなと思います。
2016年5月13日金曜日
文化委員会による復興への努力~メダカの復活
本震が襲った4月16日未明、この場所にたくさんの避難者が集まりました。
ガリラボの文化委員会が発足したことはすでに紹介しました(ガリラボ通信2016/5/11)。
委員長は4年(13)多賀です。
文化委員会の役割は、
ガリラボに伝わる伝統と文化を後世に引き継いでいくこと
ということです。イベント係(七夕、節分、Xmas、etc担当)、生き物係、農園係があるようで、
それぞれのリーダーは4年(13)松崎、出口、岩坂とのこと。なお、地震の影響で、現在、空中
庭園には入れないので、農園係は開店休業の状態です。
今日は委員長の多賀と生き物係リーダーの4年(13)出口が、先日、OB(10)保坂が提供して
くれた義援金(ガリラボ通信2016/4/29)を使って待望のメダカを仕入れてきました。
黒メダカ、青メダカ、白メダカの3種類だったかと思います。
保坂提供の救援物資「水槽」内のしばし買ってきた袋のまま浸し、メダカに
環境に慣れてもらっています。
しばらくして、放流。
ガリラボに4月16日以来、メダカが戻ってきました。
またひとつ復興のシンボルが誕生したように思います。OB(10)保坂と文化委員会の
努力によるものです。
この努力によって伝統がまたひとつ継続されました。
2016年5月12日木曜日
あれから1ケ月、ガリッジ塾の再開。
快晴の中、鯉のぼりは気持ちよく泳いで・・・
残念ながら、無風で、鯉のぼりは垂れ下がっておりました。残念。
メダカ復活を目指す2名。4年(13)多賀と出口。明日にはメダカ復活とのことでした。
17:30からガリッジ塾。1か月ぶりです。
地震の影響でようやく2回目となります。
今日からプレイフルラーニングのテキスト読み始めました。1章をグループ別に
議論しながら読み進めています。チームは、血液型によって分けられています。笑
血液型-Iチーム
血液型-IIチーム
血液型-IIIチーム
頭を使った後はおやつタイム。会費制です。
マイカップ持参をルールとしてます。
後半は、自己紹介を行いました。2回目だったので、まだ互いのことを知らない
ということであえてM1(16)山口が自己紹介を組み込んだものです。
1分間の自己PR。面白いものでした。
最後はクイックリフレクション。
こうした形成的評価を加えながら、ガリッジ塾は今後発展をしていくでしょう。
この日の参加塾生は
M1(16)大野、山口
4年(13)岩坂、塚田
3年(14)塚田、谷口、塘添、児玉、古谷
でした。
19:30に塾を終了後、ガリラボに戻り、塾の資料をホームページにアップするなどの
後処理を担当の3年(14)塚田、古谷がやっていました。
その他の塾生もたくさん残り、ワイワイガヤガヤでした。
1か月前の4月14日も同じ状況でした。
ガリッジ塾の1回目を終えてから、塾生が残り、振り返りやら後処理やらでワイガヤしていた
21:26に熊本地震の前震が起きたのでした(ガリラボ通信2016/4/15)。
あれから1か月。
長い、長い、空白となりました。
ガリッジ塾再開はガリラボの復興のシンボルのひとつであろうと思います。
22:00過ぎ、M1(16)山口と4年(13)塚田がガリッジ塾のあり方について2人で
まだ議論しています。
そのそばで、3年(14)谷口がゼミの議事録を作成しているようです。
ガリラボの日常が戻りました。
2016年5月11日水曜日
文化委員会設置(メダカ復活へ)/14ゼミと希望学
ところで、現在、空中庭園は立入禁止になっております。
子どもの日も終わり、片付けたいところですが、どうにもそれが出来ない状況です。
仕方ないですね、このまま5月の空、6月の梅雨空も泳がせておきましょう。^^;
午前中は会議等で本部棟におり、お昼にガリラボに戻ってきました。
鯉のぼりの空中庭園放置(?)が決まり少しショックを受けているわけですが、その
ショックから立ち直ろうと(?)、ガリラボにはメダカの復活目指すゼミ生たちの姿が
ありました。
文化委員会がガリラボに設置されました。
初代委員長は4年(13)多賀。順当な人選です。
その文化委員会の中で、メダカ担当がいます(生物クラブでしょうか???)。
4年(13)出口が担当のようです。
OB(10)保坂が、連休中に、山口県徳山から駆け付け、復興物資として提供してくれた
貴重な水槽を4年(13)出口が準備を始めていました。
それを心配そうに見ているのが、多賀、飯沼、そして松崎です。
確かに、出口の手つきはかなり怪しいものでした。笑
メダカが安心して泳げるように、しばし水槽は時間をおく必要がありそうです。その後
しばらくしてメダカは購入してくるということでした。
もうしばらくしたら熊本地震で消滅したガリラボのメダカが復活を果たす見込みです。
次の写真は、そんなのどかな作業や塚田が次の塾の準備をしている風景です。
こうした風景こそが、本来のガリラボ。
「このままで居られないかな(ガリラボ通信2016/3/17)」と思っているのは私だけでは
ないはず。
今は、この風景がいつまでも続くことを強く、強く祈るばかりです。
16:10から今年度2回目(!)の14ゼミ。
最初の課題を出してから、地震で手つかずのまま・・・・。今日はその続きでした。
ガリラボの恒例の課題「15秒CM」を開始しました。
最後にはガリボイスと会計からの報告。今回の震災を受けて、双方ともに当初の
計画を少し変えました。
ガリボイスは第1回が次回となります。震災から1か月経った後のガリボイスとなります。
このためにテーマは「震災以後のこと」としました。
ガリボイスと関わりますが、現在、隙間時間を使って次の本を読み始めました。
震災後にAMAZONに発注し、先日届きました。
東日本大震災後の岩手県釜石市を取材した記録です。震災後、1か月後の釜石に
「あるモノ」を支援物資として大量に持参して取材に入ったそうです。あるモノとは、
カレンダーだったそうです。書き込みがたくさんできるカレンダー。
非常に喜んでもらったということでした。この本にはそのことがこう書いていありました。
なぜそれほどよろこんでいただけたのか、詳細はわからない。
聞くと、それまで多くがカレンダーを手づくりしていたという。
避難所で苦しい生活をされている方は、忘れてはいけないことや、やらなければ
ならないことを一つひとつ、そこに書き入れていたのだ。
やるべきことができなければ、別の日付の下に新たな希望を書き入れていく。4月の
カレンダーにまだ希望という言葉は見られなかったとしても、希望をかたちづくる
「気持ち」「(大切な)何か」「実現」「行動」が刻みこまれていったのだ。
余白一杯に書き込まれたカレンダーは、まぎれもなく震災1ヶ月後の希望のカレンダー
だった。
ガリボイスを14ゼミ生が書くのは熊本地震からちょうど一ヶ月後のことです。
そのテーマを決めた後に、上記文章を読んだので、強く引きこまれました。
14ゼミ生のカレンダーには何が書き込まれていたのでしょう。
そして、カレンダー(あるいは手帳)に書き込まれていた希望をどう450文字で表現して
くれるでしょうか。
14ゼミ生の震災後1ヶ月のガリボイスを楽しみにしておきたいと思います。
(希望の4つの要素についてはまた別の機会に紹介します)
14ゼミの最後の方で「先生からのはなし」という時間が取ってあり、短く5分ほど話をしました。
今回の震災で影響を受けない人はいないでしょう。
14ゼミでもそのことをきちんと受け止めてもらおうと思っています。
そのための決意表明的なことをつい先日述べておきました:
不屈の人々を記録する(ガリラボ通信2016/5/1)
5分の中で、私の思いを込めて、このプロジェクトのことを改めてみんなに話しました。
「一緒に、14ゼミ生の課題としてやっていこう」と話したら、(全員ではなかったかもしれ
ませんが)肯定してくれたように思えました。
どういった形になるかわかりませんが、このプロジェクトのテーマに沿う形で14ゼミ生は
今年は行動していくことになるでしょう。
少し早めでしたが、ゼミ終了!
終了と言った直後、(かなりぎこちない)ハッピーバースデーの拍手。
3年(14)谷口と早瀬の誕生日をみんなでお祝いしてました。
チーズケーキは園田の手づくり。立派なケーキでした。
今年度2回目となる14ゼミはサプライズで締めくくりでした。
次回から、課題に向き合い、基本的なスキルを身に付けて行く普通のゼミが
本格的に始まります。