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2019年12月20日金曜日

域学連携を経験した卒業生OB(13,M17)多賀の取材

1日遅れになりましたが、昨晩、OB(13,M17)多賀に来てもらって域学連携についての取材を行いました。
公務員として勤務する多賀。仕事を終え、大学に急行してくれました(感謝)。


インタビュアーは3年(17)橘と川上。Nコン全国大会@京都への参加コンビです。


OB多賀は、学部の時にCoho'zuというチームで次の右の書籍「復興へと向かう1歩」を作りました。熊本地震直後から大津町と連携して作成したものです。現在この書籍は、熊本県の「熊本地震デジタルアーカイブ」内の資料として保存されており、
  https://www.kumamoto-archive.jp/post/58-99991jl0002xpg
にて全て閲覧できます。
その横、左の書籍は、参考した文献でこの本が、地震後の大変な取材と気の遠くなるようなまとめの作業を進める際の土台となったのでした。Coho'zuのメンバーでこの本を輪読して調査に向かうマインドをセットしたのでした。


橘と川上のインタビューに加え、私が途中で記憶を補うなどして質問を膨らませていき、トータルで2時間ほどの濃厚な取材となりました。

聞き取っていく中で、多賀が1枚の資料を取り出しました。これは、Coho'zuが活動の振り返りを行ったときに作ったものだそうで、問題点を抽出し、それへの対策を書き込んだもので、これによって活動のレベルアップを行っていったようでした(だから、あれほどの活動へと昇華していったのでしょう)。

さらに調査資料もインデックスをつけてよく整理しておりました(それを今もまだ持っていて、取材を受けるということで見直したのだそうです)。


取材を通して、こうした先輩の活動を在学生には見習ってほしいと思いました(だから、写真を撮り、こうしたガリラボ通信で紹介をしています)。
記録を取っておかないと、自分が行ったその時の行動は、記憶の中から消失していくことが多い。
その行動が存在しなかったということになります。
それって極めてもったいないことだと思います。せっかくの宝物を捨ててしまうようなものだと私は思います。


多賀からのお土産。
卒論で頑張っている4年生への差入れということでした。




2019年4月15日月曜日

熊本県「熊本地震デジタルアーカイブ」に研究室の書籍が掲載されています

4月15日。3年前のこの日の深夜1:30頃に熊本地震の強烈な本震が熊本地方を襲いました。
「きゃー」という悲鳴とともに家内から起こされ目が覚め(熟睡しており地震に気づいておりませんでした)、ひどい揺れに気づき、バタバタとモノが倒れる音で一瞬に目が覚めました。
そしてその後に続く周期の長い、そして時間も長い、なんだか船に乗ってるかのような揺れで気分が悪くなりそうになった記憶が蘇ります。
あれから3年。
脈絡ありませんが、今日はOG(13)松崎の誕生日です。前震と本震の狭間の日となった松崎の誕生日のことは、松崎の新聞への投稿(読者ひろば)のこと(ガリラボ通信2016/4/26)もあってなかなか忘れられません。
なお、松崎からも毎年お祝いメッセージをもらうので、私が忘れるわけにいきません。
しっかりと熱い愛情をこめて(笑)、今日も松崎にお祝いメッセージを送っておきました。

さて、その松崎が4年生の時に卒論で宿敵にしていたのがチームCoho'zuです。
松崎はチーム「たまラボ」のリーダーとして玉名市で活動を行い、ライバルCoho’zuは熊本地震の直後から大津町での取材活動を丹念に展開していました。
この2チームはほんと良いライバルで、1年間、互いを成長させていく良い関係でした。学生GPの最後の公開審査会ではたまラボが最優秀、Coho'zuが学生賞でした。その前の中間報告会では逆だった気がします。切磋琢磨とはこういう関係を言うのだと思います。

そのCoho'zuは、活動の成果を「平成28年熊本地震復興へと向かう一歩~大津町22名の取材記録」という書籍としてまとめました。
 
ところで、熊本県が「熊本地震デジタルアーカイブ」を開設していることをご存知でしょうか。
https://www.kumamoto-archive.jp/
熊本地震の際に資料を収集し、まとめてあるサイトです。


この中に「記録・検証」のコーナーがあって、そこに「震災記録誌・レポート」なる資料集がおいてあります。
https://www.kumamoto-archive.jp/record
一覧を見ると、チームCoho'zuが取材しまとめた記録「平成28年熊本地震復興へと向かう一歩~大津町22名の取材記録」が資料としてここに掲載されております。
Coho’zuが半年以上かけて大津町を取材した内容を300頁程度にまとめた書籍です(ガリラボ通信2017/3/10)。
残されている記録として、大学からの記録は、津曲研究室からのこの書籍が唯一のようです。



pdf版で全文をこのアーカイブで閲覧することが可能になっています。


色々なボランティアの形があると思います。
Coho'zuの3人のメンバーが頻繁に大津町に足を運び丁寧にまとめていく作業は、近隣に住む学生であったからできたことですし、またガリラボではこうした知的生産を行えるようなスキルを日ごろのゼミ活動の中で行っていたから可能なボランティアであったと思います。
Coho'zuという学生ボランティアの手でまとめられた資料が、熊本地震で何が起きていたのかを記録した貴重な資料として残されていくことになります。
Coho'zuの3人にとっては、卒業式を終えた後も(再度の)編集作業を3月末ギリギリまで続けた苦労は、その成果が熊本県の記録として残るという意味で、苦労の甲斐があったというものでしょう。
慣れない取材現場で相手の声を必死に聴き、それを全部自分たちでテープ起こしをする、その瞬間瞬間はほんとに地道な作業の連続でした。
色々なボランティアの形があるとは思いますが、Coho'zuが行った活動は、ボランティアのひとつの形を示していると思っています。
 
これらの学生たちは今はもうそれぞれに社会人として活躍しています。
それぞれに熊本の復興を支える人材として活躍してくれているようです。
 


2018年12月3日月曜日

ある自治体職員からのCoho'zuへのお礼のメール/玉名市との連携10周年に向けて

ガリラボの13ゼミ生で結成したチームCoho'zuが
  復興へと向かう1歩~大津町22名の取材記録
を発行してもう1年半以上経ちます(ガリラボ通信2017/3/10)。
その書籍が県庁1Fの震災アーカイブにおいてあることに気づいたが今年の7月でした。
  県庁本館1階で発見したCoho'zuの足跡(ガリラボ通信2018/7/5)
そのアーカイブでCoho'zuの本を手に取られた方がおられ、ぜひ入手したいと連絡がありました。
市販をしているわけでもありませんので、研究室に直接来ていただけるのであれば差し上げますと返信したら、すぐにやってこられました。
県南の自治体で防災担当をされている職員さんでした。お渡しして数日後、お礼のメールが届きました。そこには次のようにことが書かれていました。
こちら県南部、とくに●●●においては、わずかに一部損壊等の被害があったものの、人的被害等もなく、県央のような体験をしておりません。
想像を絶する当時2度の大地震に見舞われた、被災地の人々の心中や行動がどのようなものだったのか、私も防災に関わる以上は、知っておくべきことだと思いましたので、どなたか語っていただけるような機会があれば、是非ご拝聴させていただきたいと常々考えておりました。
この貴重な本には、多くの方々の体験談を克明に記事に起こしてあり、まさに私が知りたかったことが書かれていました。
私のような者が言うべきことではありませんが、津曲研究室のチームcoho'zuの皆さまは、後世に繋がる大変な偉業を成し遂げられたと思います。
また、この本を通じて得た知識等は、私も多くの人に伝えることができるよう精進してまいります。

取材及びその書籍化で大変な苦労をしたCoho'zuの学生たちでしたが、そうした苦労があってこのような評価を受けることになり、苦労も報われたのではないかと思います。
時間が随分と経っても、逆に時間が随分と経っていくほどにCoho'zuの活動は意味を持っていくのかもしれません。
Coho'zuを手伝った私としても非常に嬉しい限りです。



話は変わりますが・・
 
本日は玉名市と津曲研究室と玉名市との連携について、「どんな感じで行きましょうか」といったことの打合せに玉名市役所から和田さんと川西さんが来られました。
津曲研究室と玉名市とは来年で連携10周年を迎えます。
なので、今年で連携終了というのもキリが悪いので(笑)続けることなりますが、その内容をどうするかが今日の議論のポイント。
3時間近く3人での激論となりました。
脱線しまくりながら出した結論は「今年を踏まえてやりましょう」というシンプルなものでした。orz
そんなのだったら、話をするまでもないのではと考えるのは素人。
結論はシンプルでも、そこに至る過程で色々なアイデアを掘り起こし、それらを踏まえての結論なのです。
シンプルさの中に豊かな意味が隠れております(多分)。
連携10周年の記念の年。
今年の経験を踏まえてさらに面白いことをやれればと思ってはいますが・・。



2018年7月5日木曜日

県庁本館1階で発見したCoho'zuの足跡

午後、県庁本館で会議があり、1Fに震災関係のアーカイブがあることに気づき、
そしてアーカイブとして書籍があることに気づき、近寄ってみると・・・


何気なく近づいたのですが、驚きました。
なんと、そこには見慣れた表紙があるじゃないですか!


Coho'zuが取材し編集した書籍「復興へと向かう1歩」が熊本地震の経験や教訓を
後世に伝える書籍として紹介されていました。
誰が寄贈したのでしょう? 私ではないので、大津町経由でしょうか???


現在、県職員として勤務しているM2(17)多賀とかこの事実を知っている
のでしょうか。
 

県庁にでかけたまま午後からガリラボを不在にしており、ただいま自宅に帰り
つきました(現在23時頃)。
19:30頃、八並4年(15)ゼミ長から連絡(ホウレンソウ)が届きました。
たくさんの差し入れがあったそうです。
眼鏡で誰かわかりますかね? 笑


M2(17)多賀でした。^^


3・4年生に向けての差し入れだそうです。いつものことながら、後輩(だけで
なく他者に)に優しい。
有難くいただき、そして「麺税」をしっかりと払って文化委員の財源を増やしましょう。
「麺税」は多賀らの発案で始めたものです(ガリラボ通信2016/12/2)。


気のせいかもしれませんが、13ゼミ生はガリラボの新しい文化の創始者が多かった
気がします。
15ゼミ生もぜひ、16ゼミ生もそうなるよう知恵をだしましょう。そしてそして、
これからは17ゼミ生にも期待をしていきたい。





 

2018年2月25日日曜日

「玉名市との連携の歴史」の記録

昨日は非常に穏やかないい天気でしたが、それが打って変わって本日は雨。
今日は国公立大学は前期日程の入学試験でした。
午後からしとしと降り続く雨に、午前中は降ってなかったからでしょうが、
濡れながら帰っていく受験生もちらほらと見かけました。
涙雨でなく、うれし涙になるといいですね。
 
先日、玉名市長に紹介するために玉名市とガリラボとの8年間の連携の
歴史をまとめたことを紹介しました(ガリラボ通信2018/2/23)。
意外と読まれて現時点で112PVほどあります。アクセス数としては112PVで
2月のこれまでのエントリー中7番目です。
昨日のオフ日、プライベートの合間に23日に完成したものをさらに修正
しました。修正作業を始めると色々と修正したくなりましたが、時間の制約も
あるためとりあえずこの時点で終えることにしました。表紙は次の通りです。



冊子内容は次の通りとなっています。



08ゼミ生から15ゼミ生までが関わっている活動です。
24ページほどの資料となりました。
玉名での活動で、懐かしい卒業生もいるかと思ったので、全文(pdfファイル,7MB)を
次から読めるようにしておきたいと思います。
★玉名市と津曲研究室連携の歴史2010年8月~2018年3月

間違いも多々あるかと思います。もしも気づいた点があればメールください。
”可能な範囲”で修正します。
間違い探しよりも、そういえばこんなことをやっていた、こんな風に学生時代に
頑張っていたなーと振り返るのに使ってもらえるといいかなと思います。
また第3者の方からすると8年もやっててこの程度かという思われそうですが、
学生たちが継続的に活動している研究室もあるんだぐらいで(もし読まれる
場合は)眺めてもらえると幸いです。笑



追記

先日、Coho'zuが「復興へと向かう1歩(ガリラボ通信2017/3/10)」で
取材した方が誕生日だったのでFacebook経由でメッセージを送っていたら、
  先日、熊本地震後の対応を振り替える勉強会で話す機会があったのですが、
  2年近く経つと忘れてしまうことが出てくる中、先生とゼミのみなさんで
  まとめていただいた本を読み直すことで当日の状況を思いだし、当時のこと、
  そして伝えたいことも話すことができました。
  改めて、記録しておくことの大事さを実感しました。
というメッセージを逆にいただきました。
記録は、それを行うときはほんと大変ですが、遠い先において大きな威力を発揮
するものです。そうした威力を発揮するためには整理された記録でなければなり
ません。記録としてまとめていくのは非常に大変ですが、未来のためだというこ
とが取材させていただいた方のメッセージからよくわかるかと思います。
Coho'zuの大変な作業もこうして役に立ってよかった!

玉名との連携はもっと長いわけで、これも上記の冊子のようなものだけでなく、
さらにきちんとした形の記録に残していた方が良いかなと改めて思いました。
大げさにいえば、それは、ガリラボがこの熊本の地に存在した証しとなるもの
ではないかと思いますので。



2017年7月12日水曜日

Nコン映像化に向けたアイデア/ガリボイス最優秀賞

今日もお土産が届きました。4年(14)児玉からです。
私も頂きました。海鮮?でしょうか・・・非常に美味しいお土産でした。


午前中、Nコン参加チーム「故郷」と打ち合わせをしました。最近よくこの
チームと打ち合わせをしてます。というか、よく3年(15)青が
  打ち合わせを・・・
と相談にやって来るからです。午前中に都合がついたのは3年(15)青、江藤、
長田で、私を入れて4人で打ち合わせをしました。
これまでのストーリーは震災復興をしていく意味を考えていたのですが、そこに
長田のひとことが加わって、復興することは同時に、震災が起きた痕跡を消してい
く作業になっていることに改めて気づかされました。
言われてみれば当たり前なのですが、この矛盾を論点にした映像化が非常に
面白く感じました。
昨日、大学の震災アーカイブ(ガリラボ通信2017/7/11)について紹介した
ばかりでしたが、熊本地震自体をどうアーカイブとして残していくかは後世の
ために非常に大事な視点であろうと思います。
午前中の議論の中でこうしたことが話題になり、チーム故郷は、アーカイブ化と
いう論点を突き詰めていく映像に挑むことになりました。
やはり打合せって大事です、そして色々な視点を持っている人が集まるって
大事です。
熊本地震に対する知的な側面での貢献になっていくはずで、災害に対して大学生が
挑戦する課題として優れたものではないかと思います。
アーカイブとしてはガリラボでは、チームCoho'zuが「復興へと向かう1歩」を
震災直後から半年以上かけた地道な情報収集を行って制作しました。本日、それを
阪神・淡路大震災記念「人と防災未来センター」の方が興味を持たれていることを
聞きました。
こうした資料の貴重さに気づきます。それで改めて、アーカイブ化の問題は大学生が
挑戦する知的な課題として相応しいと思いました。
3人の学生との議論で、朝から随分と刺激を受けました。

夕方の15ゼミ。会議でかなり遅れてしまいましたが、八並ゼミ長の手で問題なく
進行していました。


本日は7月のガリボイスの表彰式だったのですが、今月の最優秀は、なんとガリボイス
責任者の3年(15)村田自身でした。
前回が宿利でしたので、これで連続で男子学生が最優秀となったことになります。
珍しい。15女子学生、頑張れ。笑


この他、今日は、お昼休みに14ゼミ会議。4年(14)児玉、秋山、古谷とで会議を
しましたが、何人かが曜日の感覚がなくなってきているとのこと。
曜日の感覚もなると、活動していく力が弱まり、4年生での1年間を棒に振ってしま
いかねません。
普段、私が注意することはほとんどありませんが、今日は少し厳しめに注意しておき
ました。

ゼミ会議終了後、白亜祭の企画について4年(14)古谷と谷口から報告を受けました。
最後の詰めの部分をもう少し考えることと宿題を出しましたが、全体としてはOKを
出せる内容でした。AIがテーマになりそうです。
 
その後、13時から院ゼミ(M1(17)多賀、山下、M2(16)山口)。
グループダイナミクス理論についてのテキストを読んでいますが、変革の状況における
言語の問題、ナラティブの問題と、非常に興味深い内容でした。

終わってすぐに本部棟へ。
戻ってきて15ゼミ終了後、17:45からHope+(4年(14)谷口、児玉)との打合せ。
書籍づくりについてようやく具体的なものが出来上がってきたように思います。ただ、締切がかなり厳しいですけど。
 
 

2017年7月11日火曜日

熊本県立大学熊本地震アーカイブ

今日も朝から本部棟で、お昼にガリラボに戻り急ぎランチを食べ、そのまま
県庁へと外出。夕方戻ってきたら、もうあまりゼミ生はおらず18時過ぎに
は私一人でした。
明るい時間に一人というのもあまり経験がなく、これまでやってた仕事2つが
今日で一区切りついたので、誰もいないことだし、本日は早めにガリラボを閉
店しようと思います。

 
ところで、大学ホームページに「熊本県立大学熊本地震アーカイブ」という
ページが出来たことをご存知でしょうか。
本日、M2(16)山口から「特設サイトが立ち上がっています」とメールをもらい
ました。
昨年、山口が深く関わってきたことが、冊子の成果物として多く掲載されていて
感慨深いものがあったのではないかと思いました。
COC関係の報告書はもやいすとについての報告書で、いずれもpdfとして
閲覧できます。


またOB・OG(13)飯沼、上田、多賀が携わった「復興へと向かう1歩」も掲載
されています。300頁ある本文も表紙カバーと共に、このサイトで読むことが
できます。




2017年5月14日日曜日

「復興へと向かう1歩」が熊日新聞で紹介されました

ちょうど1ヶ月前、4月14日に大津町で震災追悼・復興シンポジウムがあり、
それにM1(17)多賀と出席したとき(ガリラボ通信2017/4/14)、熊日の記者
さんから取材を受けました。
それから1ヶ月後(関係ありませんが、母の日)の今日、熊日の県北版で比較的
大きく(しかも写真付きで)Coho'zuと大津町が協力して行った取り組みを紹介
していただけました。

記事の内容はおいておき、写真を見て、OG(13)飯沼を連れていきたかったとの
思いが改めて沸き上がりました。
書籍化への最大の功労者は、誰が見てもやはり飯沼だったと思うからです。
卒業してしまったので仕方ないですが、写真は私ではなく、最低でも飯沼と
多賀とで、一番良かったのが飯沼・多賀・上田の3人だったなと思います。
それが少し残念です。


大津町の岩下さんからは、記事のコピーをメールで送っていただきました。
今回の連携の中で、この方と接する度に感じていたことは、配慮の行き届いた
対応と丁寧さでした。その上、緻密なのです。
役場という現場にこんなに優秀な方がおられるんだなということを知った今回の
取組みでした。
この方の存在なしにCoho'zuの書籍が完成することはなかったでしょう。
   
もうひとりOG(M13)坂口から早朝に記事のことでメールが届ていました。
4月から学校の管理職の仕事に就いて慌ただしいはずですが、「熊日、拝見しました」
との一言を添えたメールに、坂口のいつものさりげない気配りを感じ、非常に嬉しく
思いました。
メールの最後には「津曲研究室の益々のご活躍をお祈りします。」とありました。
今年度、ガリラボがどういった活躍ができるかまだ未知数ですが、現在の学生たちで
出来ることを120%やっていければと思っています。
 
ゼミ生には、120%の力を出していくために直近のモデルでは、「Coho'zu」や
「たまラボ」を目指してもらうといいかなと思っています。
が、それ以外にもガリラボにはモデルはたくさんあります。
今は、多くの現役ゼミ生は、単なる無能な若者でしかありません。
優れたモデルを見る目を鍛え、それを忠実に真似る能力を磨いていってほしい。
そうすれば無能な若者は、いつか有能な若者へと急成長していきます。
保証します。これまでそうして成長していったゼミ生を見てきましたので。
   
  

   

2017年5月11日木曜日

おおづ図書館での展示

今朝の熊日新聞に、おおづ図書館の「熊本地震からの1年」展示の
ことが掲載されていました。
写真をみると、不鮮明ですが、Coho'zuの書籍「復興へと向かう1歩」が
展示されているのがわかります。


この記事を担当された記者の方から、院ゼミをやっているとき電話がありました。
M1(17)多賀に電話しているのですが・・・とのこと。
多賀に取り次いだところ、Coho'zuの件を記事にしていただけるとのことでした。
 
それにしても何というタイミングでしょう。 
今朝、新聞でCoho'zuの書籍を見たばかりだったので、ちょっと驚きました。



2017年4月23日日曜日

森都心プラザ図書館からの依頼

昨日、くまもと森都心プラザ図書館から次のメールが届きました。

  この度、大津町立おおづ図書館のホームページを拝見して、
  書籍『平成28年熊本地震 復興へと向かう一歩~大津町22名の
  取材記録~』のことを知りました。
  プラザ図書館でも震災資料を集めておりまして、もしよろしければ
  当館へもご提供いただけないでしょうか。

メールには次の依頼文書も添付されてました。




市販しているわけでもないので、図書館に置いてもらえるのは有難い限りです。
すでに解散しましたがCoho'zuメンバー(OG(13)飯沼、上田、M1(17)多賀)も喜ぶ
のに違いありません。
寄贈したいと思います。
 



2017年4月14日金曜日

あれから1年: 大津町追悼・復興シンポジウム出席/ある卒業生と在学生へのお礼

午後、解散したCoho'zuのメンバー、M1(17)多賀と2人で大津町の
生涯学習センター(文化ホール)に出かけてきました。


今日は平成28年熊本地震の前震からちょうど1年が経ち、シンポジウムが
開催されたので、出席してきました。



Coho'zuが作成した書籍「復興へと向かう1歩」を大津町が500冊ほど増刷し、
それが先日納品され、このシンポジウムの日に一般公開されました。
会場に到着し、受付の奥のテーブルに、書籍が山積みされているのを見て、ちょっと
驚きました。

書籍が平積みされたテーブルの周囲は、Coho'zuメンバーの顔写真も貼ってあります。


シンポジウムの最後に、司会の方が、「帰りにどうぞお手に取って下さい」と
紹介してくださいました。


大津町の岩下さんが、シンポジウムの裏方で仕事されていました。
シンポジウムが終わり、お客さんが文化ホールを出て行かれるとき、平積みされた
書籍をかなり持っていかれているようでした。
大津町の平成28年熊本地震についての記録として多少なりとも役立てば、Coho'zuも
頑張った甲斐があるというものです。
恐らく本日でCoho'zu関係で大津町に出かけることはないでしょう。
Coho'zuをずっと支援してくだった大津町の岩下さん、前田さんには感謝の言葉も
ありません。お陰様で、充実した活動ができました。m(_ _)m


2冊の「復興へと向かう1歩」
右:初版、左:改訂版。大津町の500冊は改訂版で印刷されました。



さて、この「復興へと向かう1歩」をつくることになったのは平成28年熊本
地震であったわけですが、ちょうど今、これを書いている時間に1年前の
前震が起きました。
9時26分でしたが、その時はガリラボにはたくさんのゼミ生がいました。
1年後の今年は、9時26分にいたのは3年(15)宿利のみ。1年間で随分と
様子が変わりました。
宿利がひとりだったので、せっかくだと思い、マンツーマンで色々な話をして
おきました。

ところで今日、20時ごろ、OB(13)岩坂が会社帰りに立ち寄ってくれました。
卒業して初めての13ゼミ生ではなかったかと思います。
真新しい名刺をおいていきました。^^;



卒業生といえば、19:35に別の卒業生からメールが届いていました。
次のメールです(一部):

  先生
  今日で震災から1年ですね。
  職場で黙祷しましたが、涙堪えるのに必死でした。
  今日はそういう日ですね。
  県大も震災後は大変な忙しさで難しい一年だったと思いますが、こうして
  1年後無事で過ごせていて本当によかったと思います。
  これからも先生と先生のご家族とガリラボ、そして県大が無事で守られます
  ように。
  今日は暖かい夜をお過ごし下さい。

毎度のことですが、暖かい内容で、感動します。
誰からのメールかは書かないでおきますが、わかる人にはわかるだろうと思います。
節目になるような時、忘れずに暖かで、優しいメッセージをいつも送ってくれて
ありがとう。
こうした優しさに触れることができて大変幸せです。
また機会を見て、会いましょう。
(改めて)ありがとう。

1人の在学生からも「あの日から1年…」というタイトルの長文のメールが
21:46に届きました。
この場では(あえて)紹介しませんが、優しさに溢れた内容で、非常に暖かな
気分にさせてもらいました。
少し吹き出しながらも、1年前、そうだったよなー、心配したなーと思い出し
ながら読ませてもらいました。
どうもありがとう。予想もしていなかったのですごくうれしかった。
まだ在学生なので、このお礼として、今後、厳しく鍛えていきたいと思っております。
私が厳しいというときは、ほんとに厳しいはずなので覚悟しておくように。笑
  


  

2017年4月6日木曜日

サクラ便り2017(10日目)/大学同窓会誌での発見/おおづ図書館での発見

開花10日目の朝はあいにくの小雨模様。

先日の暖かさでアリーナ前はいっきに満開になっています。


桜の花、花、花、花・・・となってます。
天気が良いともっと綺麗だろうなと思いながらの出勤でした。


ツマガリザクラも頑張って満開に近づこうとしています。

随分と開花しましたが、まだ蕾の数が多い気がします。


今日は新入生オリエンテーションでしたので、朝からたくさんの新入生が
大学に来ていました。
その新入生に向けてMOREの学生たちがキャリアフォリオについて告知する
ため、朝から3年(15)八並、藤川がガリラボでやってきて待機してました。
その後、私は本部棟に向かったのですが、うまい具合に告知ができたでしょうか。
まあ徐々にうまくなっていくでしょう。
ガリラボでは発表する機会が非常に多いので、普通にやっていれば、多くのゼミ生が
自然にプレゼンはうまくなっていくはずです。

大学同窓会誌「紫苑」での発見
さて、今日、大学の同窓会誌「紫苑76号」を手にしました。

パラパラとめくっていて、在職されていたころ、いつもテニスしてもらっていた
先生(名誉教授)に目が留まり、そして、そのままパラパラと最後まで・・・・
 
パラパラと最後までたどり着いたので、捨てる・・・もとい(森澤さん申し訳ない^^:)、
いつも通り片づけようとしていたのですが、虫の知らせでしょうか、何気なくもう1度
眺めてビックリでした。
最初は全く気づきませんでした。
なんとOG(06,M10)松尾がガリラボのことを寄稿しているではありませんか。
写真付きで!


ガリフェス(ガリラボ通信2016/11/27)と興津会(ガリラボ通信2016/11/27)の
ことを紹介されています。
写真もあったのになぜか気づかず・・・。まさかこんなところで紹介されているとは
全く予想もしていなかったので当然でしょうけど。紫苑会事務局には1研究室を取り上
げていただき有り難い限りです。

 
そしてまたパラ、パラ、、、パラ・・とめくっていて、2度目のびっくり。
これも最初は気づきませんでした。
なんと、最後のページに「どりぃむ」が紹介されています!
OG(13)塚田の名前があります。他の立派な書籍と一緒に、自主制作の本をこうして紹介
してもらって13ゼミ生(4月1日より同窓生!)たちは喜ぶかと思います。



おおづ図書館での発見
もうひとつ。これも最近気づきました。
何気なくなのですが、「復興へと向かう1歩」というワードでGoogle検索したら、
「おおづ図書館」がトップで検索されたのです。


リンクをクリックしてみると、大津町立おおづ図書館に寄贈したCoho'zuの書籍
「復興へと向かう1歩」についてのお知らせでした。
図書館のお知らせ一覧で本が紹介されていました。


その紹介の内容です。
おおづ図書館でも、自主制作のものをこうして取り上げて頂き感謝の言葉もありません。
「復興へと向かう1歩」はおおづ図書館で今後残してもらえることになりました。
Coho'zuのメンバーが8カ月間、地道に努力してきた甲斐があったというものです。
最後に残るものはやはり地道に努力してきたものではないかと思います。



13ゼミ生に続く、14、15ゼミ生のみんな、「やるときゃ、やる」ではなく、
地道に毎日継続してやっていきましょう。
特に4年生は就活が忙しいというのは、サボっている言い訳をそこに見つけて、自分を
ごまかしているだけになっている可能性があるので気を付けましょう。
4年生という貴重な時間が無為に失われてしまう。
難しくても、面倒でも、どうにかしてとにかく毎日やり続けてみる。
そうすれば13ゼミ生のレベルをいつか超えているはずです。
 
本日見かけたゼミ生
4年(14)児玉、谷口
3年(15)八並、藤川、宿利
  



 

2017年3月29日水曜日

サクラ便り2017(2日目)/藤村の置き土産は?/15作品試写会/片づけ/女子会

サクラ便り2017
2日目の大学の桜です。少し寒くなったので、昨日からあまり変化はなさそうです。

クローズアップ。


藤村の置き土産はあるか?
9時に4年(13)藤村がやってきました。明日から会社の研修が始まるらしく、
その前に出来上がった卒業アルバム(ガリラボ通信2017/3/25)、卒業文集
(ガリラボ通信2017/3/23)、Coho'zuの本(ガリラボ通信2017/3/10)他、
4点セットを取りにきたとのこと。
ただ、まだ取りに来ることが想定されていなかったようです。
4点セットはバラバラ、誰が持って行ったかもわからない状況でした。
気の利く藤村。「私が名簿を作っておきましょう」とPCを立ち上げました。
本部棟に行く予定があったので、作業を始めた藤村に「元気で。またな!」と声を
かけて別れ、お昼、戻ってきて出来上がっていたのが、次のシートでした。

手書き・・・・orz
PCを立ち上げたのはどういった理由だったのでしょう? 謎です。
いや、そうではないですね。藤村のことです。まさか、こんな単純なシートだけ
残して立ち去るはずがありません、あの藤村が。
キット、立ち上げたPCをフル活用し、自分の痕跡や仕掛けをガリラボ内のあちこちに
残していったのだろうと推測しています。
後輩諸君、(13)藤村の隠された足跡(秘密のメッセージ)をこれからじっくりと
読み解いていきましょう。宝探しのようで、非常に楽しみですねぇ。笑

15Nコン作品試写会
午後、2年(15)長田が門前町で撮影してきた映像を使ってNコンに出す
予定の作品の試写会を行っていました。
居合わせたのは4年(13)多賀、中村、塚田、3年(14)児玉、秋山です。
奥に4年(13)飯沼がいましたが、Coho'zuの残務整理をやってました。


先輩からたくさんのコメントをもらっていました。それをせっせと長田は
メモしていました。長田が、「ここにいなかった2年生は損をしたように
思います」と話していたので、刺激的なコメントだったようです。
メモは議事録としてまとめ、夕方、帰る前には私に送ってくれました。
行動がシャープでなかなかいいですね。



片づけ
13ゼミ長・塚田と14ゼミ長・児玉と打ち合わせをしてようで、今日、この
2人と4年(13)飯沼とでガリラボの片づけをしていました。
色々なところが整理されていました。テプラで場所が指定されています。

卒業記念品の棚(ガリラボ通信2017/3/14)はお菓子置き場になってました。
なお、4年(13)塚田から説明されないと私には変化は分からず、説明した塚田は
呆れているようでした。^^;

13ゼミ費を清算した残りは、13会計長の飯沼が気を利かしてカップ麺を
買ってきておりました。麺税で文化委員会の活動資金がまた増えますね。
文化委員はきっとこれから大いに活動をしていくことになりそうです。
そういえば、この時居合わせていた2年(15)長田は、文化委員の3年(14)児玉から
文化委員に入りなさいと命令されているようでした。長田はどう返事をしたのでしょう?



ゼミ長、会計長による女子会
片づけ等が終わり、4人で女子会を始めていました。笑
よく見たら、ゼミ長と会計長のコンビ同士ではないですか!
あまりこの組み合わせはないなと思って、写真を撮らせてもらいました。
この場で、このメンバーが一緒にいるのは、おそらく、この日が最後に
なるでしょう。
名残惜しそうに、4人でひたらず話を続けてました。
果てしなく・・・。
ラスベガスのお土産のポップコーンを食べつくし、果てしなく・・・
女子会、恐るべしです。


4年(13)飯沼は今日が学生最後の登校でした。
20:30頃、帰っていきました。
1年生の時、私の情報処理入門を受講している時からよく知っていて、
そして4年生の最後には執念にも近いほどものすごく頑張った学生でした。
何故か話が合った(と私が思っているだけかもしれませんが)学生でした。
別れはほんとに辛いものです。