2015年2月9日月曜日

10年史プロジェクトの意味

今朝は寒かった。日中も寒かった。朝、大学に来て、PCのデスクトップに
おいた熊本市の気温を表示するガジェットは-4℃を示していました。
寒いはずです。
寒いですが、視界は良好。お昼頃の阿蘇の様子です。

拡大するとご覧の通り、阿蘇中岳は噴煙を上げております。いまだ
静まる気配はありません。桜島の大量の火山灰の経験もあって、風向きが変わり、
あの噴煙が熊本市内の方にやって来たら大変だなと思いつつ、写真を撮りました。

ついでにカメラをテニスコートへ。
補修工事中です。個人的にはこっちもかなり気になっております。^^


そんな呑気なことを言ってると4年(11)藤本に怒鳴られそうです。
根気と緻密さの両方が要求される10年史の校正作業に没頭しているからです。
草稿を私がもらったのが2月5日でした(ガリラボ通信2015/2/5)。
その前、校正を開始したのは1月に入ってすぐのようなのです。
それからずっと間違いさがしをやっている。
私の手元に届いてから読んでいくと、次の間違いが見つかりました。

それを修正し、さらに藤本自身も見つけた間違いを修正したものを先ほど
送ってきましたが、やっぱり間違いがあります。

やってもやっても終わらないと藤本が話していましたが、そうなんですよね。
地味な仕事ですが、校正の仕事とはそんなものです。
死ぬほどやらないといけない。
コンピュータが誕生した頃に活躍したモーリス・ウィリクスは、プログラムを書くこと
よりも、それを正しく動かすためのバグ取り(間違いさがし)をやる中で、自分の
残りの人生は大半をプログラムのエラーを探すのに費やされるのではないかと
恐怖を感じたということを自伝に書いています。
私も15年前ぐらいまでは、バリバリのプログラマーでしたので、そのことは
痛いほどよくわかります。
短いものだとあまり関係ないのですが、長いもの(分量のあるもの)を作るように
なると作ることよりも、その間違いのチェックに遥かに時間がかかるのです。
ゼミ生の場合、まだ分量的に大したことのない程度のもしか扱っていないため、
この問題の深刻さをあまり理解できないかもしれませんが、仕事のレベルで
やるのものは分量的にかなりのものになります。
その時、大切なのは、作り上げていく途中にバグ(エラー)が入り込まないよう
工夫をしながら、作業を進めていくことなのです。
作っていく作業を中断することになるので、作業を遅延させてしまうように感じますが、
そんなことはなくて、そうすることで、トータルでは作業がかなり短くできます。
それは、上で書いたように、分量が多くなると作る(書く)よりもそのチェックの方が
遥かに時間がかかるからです。

卒論で2万字の文章を書いた藤本ですが、きっと2万字とかは簡単だったなと
今は思っているのではないでしょうか。
実際そうだと思います。
大変さは分量の2乗、3乗に比例して大変になりますので。

10年史プロジェクトは、ガリラボの10年を振り返ると言う意味があるわけですが、
それ以上に、本格的な書籍づくりを通して、ある意味で、仕事をしていくスキルを
身につけてもらうことを意図したものでした。
構想から、情報収集、他者との協調作業、業者との打合せ、そして大事なことが
完成品は自己満足的なものでなく他者に配布するものだと言うことです。
ここには、本格的な仕事のほぼ全てが詰まっています。
なお、このプロジェクトにはモデルがあります。
大阪大の「ショセキカプロジェクト」です。学生たちの手による本作りです。
完璧に同じではありませんが、とりあえずは出来るところからやってみようと思って
このプロジェクトを開始し、藤本に全てを託しました。

藤本を中心とした今回の企画には、3年生(12)も加わっていますので、その核になる
ような遺伝子は確実に受け継がれていくと思いますので、今後きっと発展していくことでしょう。
今回の10年史プロジェクトは、もし20年史を作ることがあれば、ガリラボの歴史の中で
大きな意味を持ってくるのではないかと思います。

エラー探しも後少しです。
印刷に回すギリギリまでエラーを取り、完璧を目指してほしい。

完璧を目指すより、さっさと終わらせろ」を達成した後、そのままで終わってはいけない。
その後は、「締切のギリギリまで完璧を目指せ」となります。
適当さと終わらせる勇気が前半、ち密さと続ける根気が後半必要となります。
高いパフォーマンスを上げる人間には両方が不可欠。
藤本はそれを身につけるトレーニングを今回のプロジェクトで行っているはずです。

他のゼミ生もこの後を続いていってほしい!
 

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