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2017年11月22日水曜日

久しぶりのKW塾+α/卒論2017スケジュール

昨晩のことですが、(04)平野(旧姓・井口)が1年半ぶりに帰国したので
声をかけたら、以前に活発に動いていたKW(ノットワーキング)塾の
主要メンバーが勢ぞろいしました。M2(16)山口はガリラボの主要メンバーと
して幹事をしてもらっての特別参加。
ガリラボの大きな変化は、この塾の活動が原点です。この塾なしに今のガリラ
ボはありません。ほんとに面白く充実した活動でした。
だから、それぞれがそれぞれの立場になっても定期的に集まるのでしょうけど。
同じことを体験してきた戦友みたいなものかもしれません。
昨晩も楽しい時間でした。次、皆が揃うのは1年後でしょうか。


(04)平野(井口)がゼミ生にとお土産を持参してくれました。カナダの通常の
お菓子のようですが、かさ張るので私だったら持って帰るのは敬遠してしまい
そうですが、わざわざゼミ生にと持ってきてくれました。
そのことを想像してくれると卒業生の思いやりに報いることになるでしょう。
それと、以前だと、こうしておいていると、「これ、何ですか」とよく聞かれ、
状況を聞いてから食べるゼミ生もいたのですが・・・。
おいてあるものに、少しで良いので、思いを馳せることができるようになると
良いのですが。
本日、3年(15)八並、青に就活での面接とはどういうことかを話しました。
面接をうまく行かせるのは、上で書いたことが普通にできるようになっている
ことであろうと思います。「他者への想像力の欠落」は良いものではありません。



午前中の14ゼミ。卒論の今後のスケジュールを確認しました。



午後、所用で、玉名市役所に出かけてきました。
帰り際、明日の大俵まつりに向け、和田さんが声をからし仕事されている
ところに、偶然、遭遇しました。
やっぱり、仕事をされているのですねぇ。笑

12月2日の件を改めてお願いしてきました。
お願いしたので、具体的に考えないといけません。
ガリラボは現在、ガリフェス・興津会一色になっていますが、12月2日のことも
かなり真剣に考えないといけないかなと思っているところです。
   
   

2017年5月27日土曜日

ゼミ紹介の内容を考えながらガリラボの原点を振り返る

2年生向けのゼミ募集が始まっているため、ガリラボの紹介を作っています。
これまで私(津曲)が紹介することはなかったのですが、今年初めて私も
話をすることにしました。
ずっとサボっていたわけですが、、、、、
改めて、自分のゼミについて考えてみると、外見は色々と変わってきている
ものの本質は変化していないのだと気づきました。
次はパワポの極々一部です。


情報産業という言葉を作ったのは梅棹忠夫という方です。ガリラボは
この情報産業がテーマなのだと改めて確認しました。
確かにそうでした。
プログラミングを主にやっていた情報「科」学という少し狭いところで
活動していたガリラボが、「科」を取って「情報学」という少し広い
ところで活動を始めた時、情報産業についての思いがあったのでした。
梅棹忠夫の文献(「情報の文明学」とか)を熱心に読んでいた時でも
ありました。

ゼミ紹介のパワポを作りながら、ガリラボの原点というか、本質というか
その部分を改めて振り返ることができました。
ガリラボが地域への眼差しが深くなったのも、そこに、地域資源=地域遺伝子と
いう情報の視点で捉えるべきものがあることに気づいたからでした。
・・・それからどっぷりと地域に入っていくことになります。
 
さらにガリラボの特徴というか、目指していたひとつが京都大学人文科学研究所(人文研)。
梅棹忠夫氏もここに所属したようです。
この研究所の話が私は大好きでした。
それについてはガリラボにプレゼン研究サークル「ほら吹きサークル」が
立がった時のガリラボ通信に書いています。5年前のことです。
 ほら吹きサークルキックオフ(ガリラボ通信2012/10/19)
該当部分を再録します。
  「ホラ」にはもうひとつ別の思いも込めています。
  昔、何か論文かエッセイで読んだ、京都大学の人文研のこと。
  詳細は忘れたのですが(正確かどうかも定かではありませんが)、
  昔の人文研にはほら吹きがたくさんいたというのです。
  大ぼら吹き集団だったようです。
  「それ本当!?」などと思わせるようなほらを平気で吹いて回る
  愉快な集団です。
  この愉快な、場合によっては胡散臭い集団の大ぼらが、従来のパラ
  ダイムを壊し、新しい創造的な分野を開拓していくことになったと、
  そういった話だったと記憶しています。
  かなり昔にこれを読み、この話が大好きで、それもあって、その思い
  を「健全なホラを吹こう」とのスローガンには込めました。
  単なる嘘ではなく、楽しいほらを吹きながら、これまでの枠組みを
  越えていくようなサークルへと成長していく事を期待しています。
最近だと、これに少し近かったのはチーム「たまラボ」だったかもしれません。
が、ガリラボではこれをもっとも実践したのは、社会人と一緒にやっていた
ノットワーキング(KW)塾(ガリラボ通信2009/12/28)だったように思います。
あの頃はほんとの単純なことをワイワイと言いながらやっていたのですが、
その時のワイワイのほとんどが「ガリラボの今」につながっているようです。

時間を作ってまたこういった活動をしていきたいものです。
来年度になると、今よりは遥かに時間ができるので、そうしたことが出来るように
なるのではないかと思っているところです。
そろそろ大学教員としての最終コーナーにも入るので、そうした活動を時間を忘れ
打ち込みながらゴールを切れたらなぁと考え始めております。
そのためにはノリの良い、何にでも挑戦していく人たちがゼミに入ってきてくれると
一緒に楽しくやれるでしょうから、嬉しいですね。
 
ゼミ紹介のパワポの最後は次のスライドとしました。^^;




2016年3月6日日曜日

2年ぶりのKW塾メンバーとの再会

昨晩、並木坂にあるフレンチのお店「アスペルジュ・シェフズターブル」におりました。

 
大きなアスパラに驚き・・・

苺と野菜の組み合わせの綺麗さに驚きつつ、話題を弾ませながら・・・


約2年ぶり(前回→ガリラボ通信2014/2/8)のKW(ノットワーキング)塾メンバーとの
再会でした(何人かメンバーが追加されたようです)。
おそらく、今後もこのままの形で継続していくことはないでしょう。
2016/3/5夜
  
KW塾は2008年4月に勉強会として発足したものでした。
月に1度の勉強会として始まりました。
勉強会のはずでしたが、その枠を越えて、いつの間にかフィールドに出ていく
ようになりました。
最初の活動は2008年8月。
玉名市岱明でのフィールドワークでした⇒その様子

2008年度の9回目のKW塾を開催した時の私の公開メモ(2008/12/11)が残っていて、
それに次のように書いていました。
---------
ノットワーキング(knotworking)塾は、顔見知りが集まって2008年4月から始めた
私塾の名称です。
津曲研究室を会合場所として月に1度勉強をしようと始めたものです。それがもう
9回目になります。
いや、わずか9回、と言った方がよいでしょうか。大学の半期の講義回数にも足り
ないわけですから。
大学の半期の講義で何か目覚ましいことが起きるとは思えませんが、ノットワー
キング塾はわずか9回で大変革を遂げました。
当初、静かな勉強会サークルの予定でした。それが、良い/悪いの価値判断は抜きに
しますが、動的な活動サークル(実践の共同体)へと変身したのです。
ノットワーキングとは、直訳は「結び目づくり」ですが、
  人々が即興的に関係を作ったり、壊したり、作り直したりと、つながりが変化し
  続けるダイナミックな活動
を意味する言葉です。
そんな思いを込めて名称をつけました。ただし、参加しているメンバーの顔ぶれには
ダイナミックな変化はありませんでした。
が、そのメンバーが外からの偶然を呼び込み、津曲研究室という場でその偶然がつな
がっていくことになりました。たとえば、
  12月11日の塾では勉強会の後に菊陽でのフィールドワークの行動確認をしま
  したが、菊陽の豊後街道三里木界隈でそれを実施することをになったのも、7回
  目の塾を菊陽で開こうとなった時にメンバーの黒田さん・坂本さんがたまたま三
  里木町民センターを確保したからでした。
  町民センターに出向いた津曲が三里木駅を見て、今から思うとちょうど裏側から
  駅を見たのでそう見えたのですが、寂れた雰囲気がなんともいえず、「ここでフ
  ィールドワークしよう」と決めたことがきっかけでした。下見に行って表から駅
  前見たら、全く違う印象でした。
  素晴らしき誤解だったと思います。
  またノットワーキング塾が市町村職員向けの研究プログラム開発という目的を共
  有する共同体に変化してきているのですが、これもほんとにたまたまです。津曲
  が市町村研修協議会で講演したこととその職場に塾メンバーの米山さんがいたと
  いうことが引き金になって、偶然、プログラム開発という目的が生み出されまし
  た。全くの偶然です。
偶然という要因がノットワーキング的に活動して、その結果、塾はアクティブな実践
の共同体へと相転移を果たしたわけです。
ほんとに4月当初からすれば、誰も予期していなかった結果だと思います。
偶然が、次の偶然につながりをつけながら、塾は転移を繰り返してきました。わずか
9回ですが。
しかしながら、当初の予定通り、塾の寿命は残り3回ほどです。
3月末で解散予定です。
その先は誰も考えていません。たぶん、偶然がどこかへと導いてくれるはずです。
------------

メモにある通り、KW塾は2009/3/24に一応の解散をしました。⇒その様子
解散しましたが、新しい年度になってメンバーが少し変わり、その後も活動は
継続しました。
例えば
 ⇒豊前街道フィールドワーク(2009/9/16)
 ⇒研究発表会2009/9/26

昨晩のメンバーの皆さんも新年度になるとそれぞれにまたダイナミックな変化を
伴いながら、新たな活動へと向かっていかれるものと思います。
面白いものへと発展していくと良いですね。
私自身ももちろん、4月から新たなガリラボのゼミ生たちとまた新しいステージへと
向かっていきたいと思っています。

私にとって3月とは、そのための作戦タイムの時期になっています。


ところで・・・・

「KW塾」でガリラボ通信を検索していましたら、2012年2月のエントリーに
遭遇しました。
  ⇒メディアは思考を変える(ガリラボ通信2012/2/10)
このエントリーに今年度の「しょせきかプロジェクト」につながることを書いて
いました。
偶然発見したものですが、あまりに偶然すぎて、これって必然なのではないかと
思ったほどです。
立花さんは、「二十歳の君へ」は大変だったと言われていますが、私については
そんなことはありませんでした。
私ではなく、ゼミ生が非常に大変そうでした。
特に13ゼミ幹部は本当に神経を使う作業の連続でした。
だけど、その苦労があったからこそ、「どりぃむ」の水準を高いレベルに持って
いけたのだと思います。
間接的にですが、3年(13)塚田やそれ以外の方などからいくつか心温まるメッセージを
聞くことができました。
明日は、数ヶ月間、苦労の真っ只中にあった13ゼミ幹部と慰労会を行う予定です。
慰労会もですが、幹部が揃っているのでワイワイ言いながら、4月からの活動に向けた
作戦も練りたいとも思っています。
 
 

 

2014年2月8日土曜日

KW塾メンバーの再会

昨晩は、約1年ぶりになるノットワーキング(knotworking)塾のメンバーとの再会でした。
前回は昨年の4月末(ガリラボ通信2013/4/28)で、この時はOG(04)井口(現在、平野)の
帰国祝いでした。
今回は、平野(旧姓・井口)の結婚祝い(と思って参加してきました)。
大学まで迎えに来てくれたOG(03)宮川(旧姓・佐藤)と一緒に、平野用の大きな花束を持っ
て上通りへ。
これはサプライズだから隠さないと拙いとのことで、ガリラボにあった大きな紙袋にその
花束を入れててです。

20時にbistro PorcoRosso(ビストロ ポルコロッソ)という静かなお店に集合。
ノットワーキング塾長・院OB(06)黒田の乾杯のあいさつで始まりました。

料理を楽しみながら、1年ぶりのそれぞれの活動報告を聞きながら、楽しい時間でした。


さて、途中、サプライズということで、OG(04)平野に結婚祝いの花束が贈られました。
6月にはカナダに向かうという平野。残り4ヶ月もないのかと思うと、寂しさを感じて
しまいました。
KW塾のメンバーからは、カナダでフィールドワークしようと、威勢のいい話が飛び
出しておりました。^^


で、ここで気づいたのです。宮川と一緒に持ってきたあの大きな花束は、と。???
そうしたらなんと、あの花束は私用だったんです。
私に渡すサプライズの花束を、私は宮川と一緒に持ってきていたわけです。
完全に平野用のものと思っていましたので・・・
頂いた花束です。自宅に飾らせてもらいました。

花束と一緒に携帯用スキャナもプレゼントされました。動き回りながら、仕事していく
ことが多くなるだろうからとの配慮でした。
実は、そう思っていて、少し前に携帯用スキャナを物色していたので、まさかこうして
スキャナをプレゼントされるとはびっくりです。さすがは愛弟子(笑)。以心伝心ですね。


これらのサプライズは、4月からの私の仕事内容に対する激励とのことです。
改めて期待に応えていければと思います。どうも有り難うございました。

さて、院OB(06)黒田が大学院を卒業して始めたノットワーキング塾。
2008年から勉強会、そしてそれからフィールドワークの方法などガリラボの貴重な
武器となる道具を生み出してもらいました。
あれから6年が経ち、塾としての活動自体は休止した形になっているわけですが、
塾生自体はそれぞれの立場で、それぞれの挑戦をされているようです。
2014/2/7夜

ノットワーキング塾が何らかの刺激となって個性豊かな人たちがそれぞれ多様な場で
活躍をされている。
いいことですね。

現在、ガリラボではノットワーキング塾の後継としてラーニング探求塾が動いていて
新しいワークショップ開発に乗り出しているわけですが、ノットワーキング塾が多様な
フィールドワーク手法を生み出してくれたように、ラーニング探求塾ではこれまでにない
新しいワークショップを生み出し、多様な人たちの合意形成の新しい場になっていく
ものを産み出していきたいと思っています。
地域情報化に手を染めてきて、わかったことは、新しい道具を地域に定着させていくと
いうのは、活動理論で言うところの脱構築的活動が起きなければならず、それを進展
させるためにはコミュニケーションの問題を深く考えないといけないということでした。
(合間に書き進め、その決意表明にもなるような論文を今朝がた脱稿しました)
ワークショップ(私はこれはチェンジラボの一環だと考えています)は、コミュンケーション
理論とセットでなければならないでしょう(このあたりはまだ考えが深まっていません)。
ノットワーキング塾が成果を出してきたように、そうした問題意識を強く持ちながら、ラー
ニング探求塾も発展できるといいかなと思っています。
手本は、もちろん、上の写真にある精鋭たちが活動してきたノットワーキング塾です。
 

さて、4月からは、それぞれに新しい挑戦が始まるようです。
ノットワーキング塾メンバーそれぞれの挑戦が有益なものとなっていくことを期待しています。
私ももちろんメンバーに負けないよう、4月からの新たな挑戦の場で頑張っていくつもりです。
 
・・・問いに生き続けること。それぞれの学びはこれからも続いていきます。
 




2013年4月28日日曜日

久々のKW塾-井口帰国祝い

1年ぶり? いやそれ以上かもしれませんが、かつては精力的にまち歩きの手法を
勉強していたKW(ノット―ワーキング)塾のメンバーが昨晩集合しました。
ガリラボの関係者もいますが、関係者以外もいる多様な人の集まりです。
ガリラボの関係者はKW塾の塾長でもある院OB(06)黒田、そして院OB(08)佐藤、
OG(03)宮川(旧姓佐藤)、OG(04)井口です。

昨晩は、メンバーの一人OG(04)井口の帰国祝いを同じくメンバーのひとり院OB(08)
佐藤が企画し、それで久しぶりの集合となったのでした。
久しぶりに会うメンバーは、皆さん、色々な変化があってました。
子どもいたりして、ですね。


井口のカナダ在住中の武勇伝を聞きながら、途中には佐藤企画のカナダ
クイズ大会があり、さらに井口へのプレゼントなどあり、佐藤の企画力と
準備(つけ鼻、国旗、クイズ、そしてBGMなど)のおかげで盛り上がりました。


企画した佐藤です。


クイズ大会の優勝賞品をもらった井口です。


井口には、佐藤から花束と黒田から「アイコ」というプチトマトなどが
プレゼントされていました。

それぞれに大事な仕事を抱える年齢になったせいもあって、なかなか
集合することが難しい塾になっていますが、年に1,2度はこうして集合
するのも悪くないですね。
漫画「ワンピース」のように徐々に仲間とかが増えながら、遊びのような
もの(プレイフルラーニング?)を展開していけるともっと良いのでしょうけど。
 

2012年8月4日土曜日

院卒業生が新聞で紹介されていました

院OB(08)佐藤が熊日新聞の県北版で紹介されていました。
7月23日には同新聞でその活動の様子が紹介が紹介されて
いましたが(こちら)、今日は本人自身についての紹介です。


この講座には私や玉名市役所の平野さんも参加しておりました。
佐藤はそれからも継続して菊地に関わり、こういった紹介をされる
までになり、大したものです。
この当時、ガリラボを場(Ba)にしたノットワーキング(KW)塾なるもの
が、院OB(06)黒田を中心に結成され、そこで多様な勉強が行われて
いました。
佐藤はこの塾でも得た知識とスキルでもって菊地での活動に生かし
ているはずです。
人とどう出会い、どう関わっていくか、佐藤が記事の中でコメントして
いるように大変大事なことです。
コトバにすると陳腐な感じがしますが、想像以上に重要なことかと
思います。


前にも何度も紹介した(2011/4/17, 2012/7/26)、伊藤忠商事社長岡藤
正広さんの次のコトバ
  「青年よ、大志を抱け」と、大きな気持ちを持って会社に入るが、
  入ったらそういうものは捨て、与えられた仕事をコツコツやるこ
  とが大事です。
  その道のプロになることを目指す。
  そうすれば当初抱いていた大志を実現できます。
を佐藤は着実に実践している気がします。

ガリラボからはすでにたくさんの卒業生が巣立ち、それぞれに活躍の場を
持ち始めているようです。
それぞれにコツコツとやっていってほしいと願っています。
3Fの隅っこの研究室から微力ながら応援しています。
もし何か必要であれば、この場を「ホーム」として利用してください。
在学生はもちろん、卒業生皆さんの活躍を祈っています。

追伸
この夏、ガリラボでは例年通り、いくつかの勉強会(塾)を立ち上げる
予定です。
とりあえずひとつはM1(12)大塚に任せていますが、試験終了後、参加を
呼びかける予定です。
この夏、スキルを身につけたい方は参加をどうぞ。
別の機会に改めてアナウンスはする予定です。

------


2012年2月10日金曜日

メディアは思考を変える

試験もほぼ終了し、キャンパスから人影が消えました。
閑散としております。
本日は天気もあまりよくなく、さらに寒さも加わり、キャンパスは沈んだような雰囲気になっています。

一方、ガリラボはというと、午前中より、4年(08)坂本、矢田がやってきて、2月16日に開催される学生GP研究シンポジウムでのプレゼンの練習に精をだしました。
同じ頃3年(09)本多が現れ、こっちは春休みの友の印鑑をもらったらさっと帰っていきました ・・・ ある意味、凄い。。。

午後になると、3年(09)村中、緒方、4年(08)岩本、さらにはM2(10)松尾が顔をだし、学生GPではなく、GPAの方で盛り上がっておりました。
ガリラボでのGPAの話題と言えば、おおよそどんな感じかゼミ生だったら察しがつくかと思います。
その場に居合わせたのは上記3人の他に午前中からいる坂本、矢田でした。

・・・夕方、ガリラボはたいへん静かになっております。

 

ところで、昨日、次の本の話題を著者の立花隆氏が語っているPodcastを聴きました。
(Amazon)

インタビュアーが、「本の出来はいかがですか?」との問いに、「何と答えていいか・・・」と前置きしながら、色々とコメントされていましたが、個々にはまあいい、だけど自分が講義でしゃべったのをテープ起こしたものを学生がもってきた時には愕然としたと話されていました。
あまりにもひどくて、こりゃこの企画は没にしようと、そう話されたぐらいひどい出来だったそうです。
講義でしゃべっている場合は、その場のコンテキストが存在していて、それを踏まえて話しているわけで、それを活字にする場合には、コンテキストを文字によって再現するように翻訳しないといけないのに、それがまるでできていない、ということです。
それで、結局、そこの部分だけは立花さんが全部書き直したのだそうです。
 
さて、立花さんは、昔、同じく東大生と一緒に、「二十歳の頃」という本を作られています。
1998年頃のことで、もう10年以上前になります。
(Amazon)

この本は、多様な立場の人たちが20歳の頃に何をしていたのかを学生たちがインタビューしてきて文章化したものです。
この企画はほんとに素晴らしかった。
特に、学生たちは、自主ゼミのような形をとり、この講義をWebでどんどん発信していってたのです。
今でこそ、Webで情報発信していくことは非常に簡単ですが、当時はHTMLを使い、さらにはツールもほとんどないので、たぶんかなりの専門知識を勉強しながらすべてを手探りでやっていはずです。
ものすごい作業になっていたはずですが、それを学生たちがボランティアでやっていた。

当時、リアルタイムでこの取材記事をネットで読んでいました。
ブラウザはNetscapeだったかもしれません(こんなブラウザなど、もう誰も知らないでしょうねぇ)。
ネットのかなり初期の頃の話なのです。
だから、私などでもよくHTMLがわからず、また、UNIX他の専門知識も必要だったしで学生たちはかなり大変だったと思います。
立花チルドレンは、そういった作業を学生たちこなしていたんです。

この時のイメージがあったからということで、この2011年、昨年出版された「二十歳の君へ」をやってみて、かなり驚いたということでした。
東大生の出来が悪くなったというか、それ以前に、文章を書くという機会がここ10年でほんとに無くなっていったのだということを実感させられたと話されていました。

たまたま、私が今読んでる本の章が「メディアとコミュニケーション」というところなんですが、これによると、メディアによって人の思考パターンは大きく変わるのだそうです。
因果関係というと、そんな概念は当然ながら誰も知っていることですが、これは実は、文字が生まれ、出版というものが定着し、誰もが横一列(あるいは縦一列)に並ぶ文章を読んでいく行為の帰結として獲得していったものだというのがメディア論の見解です。
驚きです!
説明をかなり端折ってますが、もしそうだとすると、人はどういったメディアに接しているかで思考パターンが変わっていくわけです。
考えさせられます。
立花隆さんの嘆きはひょっとするとこういったことが影響しているのではないかと話を聞きながら思った次第です。

まったく今の若者は・・・というのは勉強しなくなった大人のルサンチマン的な口癖ですが、そこはやっぱり立花隆さんは違う。
単純に批判するのではなく、彼らが時代に最先端にいることをきちんと自覚しており、単純な批判ではない興味深い論を展開されていました。
内容は忘れましたが、見事だなと思ったことだけ記憶しております(笑)。
なんだか、完全にガリラボと関係ない話題に終始してしまったので、このあたりでやめます。


あ、そうだ本日2年生(10)のゼミ長決めました。
ガリラボの第8代目ゼミ長となります。
あ、そして今日はKW塾の久しぶりの会合なのです。
院OB(06)黒田、院OB(08)佐藤、OG(03)宮川(佐藤)らと会う予定です。
久々に会うメンバーもいるので、じっくりと今後のことでも相談してきたいと思います。


2011年5月29日日曜日

久々のKW塾

昨晩(5/28)、かなり久しぶりにKW塾のメンバー全員と会いました。
『炙り焼き 火蓮』なるお店で、少しリッチな和食をいただきながら、
メンバー間でそれぞれ情報交換をされていたようです。



1次会は21時に終了し、そのまま全員で2次会に直行。
結局、午前様でした。

KW塾は6月中に勉強会を開催するようになったようです。
良いことですね。

この日参加したメンバーは、ガリラボ関係者は次の4人でした。

院OB(06)黒田
院OB(08)佐藤
OG(03)宮川(佐藤)
OG(04)井口

これ以外には伊藤さん(大津町)、平野さん(玉名市)、米山さん(市町村会)
が参加されてます。

佐藤は、何人かを同乗させて、大牟田まで帰って行ったようです。
いった何時に帰りついたのでしょう?

土曜日のたくさんの来客

初期報告会(昨日の5/28開催)で院OG(09)の伊藤が私の後ろに座っていて
驚いたことは前のガリラボ通信で書きました。

終わってから、その伊藤が、ガリラボにやってきました。
同じ頃にM2(10)松尾もガリラボに来ていて、報告会の振り返りをやっていた
ところ、廊下を急ぎ走ってくる音がしました。

4年(08)の坂本が来ることになっていたので坂本を想像していたら大外れ。

なんとOB(05)の山口でした。
親戚の結婚式のため帰省してきたとのことでした。
(なんとまたこの結婚式に関することもその後で色んな関係が判明して
びっくりでした。世の中はやはりSmall worldのようです)


山口が持参した大量のシュークリームです。


しばし談笑しているところに4年(08)坂本がやってきて、そして伊藤が
帰った頃にM1(11)冨田が顔を出しました。

さらに冨田、松尾が出て行った頃に、4年(08)大塚がやってきました。
研究室に入り、山口の顔を見るなり、歓声を上げておりました。


さて、土曜日にこんな色々な出会うことになるとは思いもせず、サプライズ続きの
5月28日にでした。

大塚、坂本はこの日は夕方から玉名に向けて出発。
矢田と戸高も同行し、4人で高瀬のしょうぶ祭りの手伝いに出かけたのです。
来週(6/4)の調査活動の事前準備を兼ねたものでした。
夜遅く、実のある訪問だったとの連絡がメールでありました。

私と山口は二人で、バスで街へ。
私は飲み会、山口は福岡に帰る高速バスに乗るためです。

私はKW塾のメンバーとの飲み会でした。
そのメンバーであるガリラボOG(03)宮川(佐藤)とOG(04)井口とダイエー前で待ち
合わせていたので、驚かせようと山口も一緒に連れて行きました。

案の定、二人ともかなり驚いておりました。

それにしても土曜日にこんなに卒業生に会うことになるとは・・・・
驚きでした。


山口がこの日行ってきた結婚式場は、実は、OG(03)宮川が結婚した場
所でした。
偶然、判明したことですが、驚きました。
さらに、なんと、山口の親戚というのが、KW塾のメンバーがよく知っている
人だったという事実です。

山口と別れ、KW塾の飲み会の席で、そのひとりのメンバーと山口の親戚は
同じ職場で、しかも同じ課だということで判明。
世間の狭さに驚かされました。
同じ課なので、そのメンバーの方はもちろん結婚式に出席されていて、山口と
同じ会場にいたようでした。
もちろん会場では、そんな事実は、お互いに知らないままだったわけです
けれども。


ほんと世間は狭いと思います。

2010年6月24日木曜日

久しぶりのノットワーキング塾

今日は朝8:40から会議のため研究室を後にし、そのまま講義だったので、
戻ったのはお昼。
3年の松永がIllustratorでの作業をしていて、2年生の村中は予算獲得のための
企画書作りをしておりました。

しばらくして4年森が現れました。
スーツ姿です。
就職試験だったとのこと。
試験内容に関して、ブツブツと文句を言っておりました。

14:30からはまた会議で、研究室に戻ったのは17:00。
途中、ゼミ生の急を告げる知らせを受けて大変驚き、会議を抜け出して
研究室に戻ってきました。
天草Webの駅のチームが打合せをしていたので、事態を3年大塚に確か
めにいってもらいました。
大塚から連絡が来るまでの間、心配で大変ストレスを感じました。
特に何もなかったとの連絡を受け、気が抜けてしまいました。

少し放心状態で17:00頃に研究室に戻り、今度はMOREの1年生たちと
7月9日の講義のリハーサルを行いました。
これがまた面白い連中で、お腹を抱えて笑い転げながらのリハーサルとなりました。
本番が大丈夫かちょっと心配です。
なお、リハーサルはMOREの2年生も手伝ってくれて、谷もおりました。

 
18:30からは久しぶりにM2吉本に会いました。
仕事に完全復帰しての研究生活はほんと大変そうです。
しかし泣き言は言ってられません。
過労で倒れない程度に頑張ってほしいと思います。

19:00からはM1松尾と院OBの黒田と菊陽町を舞台とする研究の打合せを
行いました。
かなり難しい内容になりそうです。
しかしその分、やりがいはあるわけで、ちょっと闘争心が燃えあがってきました。
・・・もっとも私が燃えあがってもしょうがなく、学生の心に火をつけさせてやろうと思います。

20:00ぐらいからノットワーキング塾です。
久しぶりでしたが、本日は参加者が少なく、改めて見てみると院OBの黒田に、OG(03,04)の
佐藤と井口の3人。
22:00過ぎまで雑談に終始してしました。
話すが嫌いでない私としては、黒田をさしおき、つい色々と話してしまい、現在、反省を
しているところです。
 
朝8:30から22:30まで怒涛のような1日でした。

2010年3月27日土曜日

道具談義

昨夜の私塾=KW塾は、研究室に集合したのは私を含めてわずか3名だけでした。
年度末のちょうど忙しい時期でした。

ところで、KW塾は始まってちょうど2年ほどになります。
組織の盛衰論でいけば成熟期を過ぎた辺りにいるかもしれません。
時間が経てば、どんな組織にも、プロジェクトにも妥当する自然の摂理のようなものでしょう。

一般論として、成熟期を越え、衰退期に入った後、それを活性化するにはどうすればよいかというと、解散して新しい組織として構築しなおす、メンバーを入れ替えるなどいくつの方法があるようです。
組織論は専門ではないのでよくわかりませんが、素人的にも、このほかに新しい道具を導入するという方法もありそうに思えます。
  
昨夜は、デザインという立場から道具を取り上げ、道具談義を数時間ほど行っていました。
もっとも組織論とは関係なく、単に道具の持つ意味についてのお話です。
人数も少なかったので、私の一方的な雑談風講義になってしまいましたが・・・
 
さてさて、道具とは、いったい何でしょうか?
 
仕事を効率化するものにほかなりません。
しかし、実はこれが持っている意味はもう少し深い。
私たち自身をコントロールする。そういったものであります。
 
道具とは、私たちの欲望を喚起させるものにほかなりません。
その結果、道具によって私たちの活動はデザインされ、組織化されていきます。
ホモ・ファーベルとしての人間は道具を作り、そしてその道具によって自らを自然に変革させていく、そんな存在であるのです。
  
ペンがあるから私たちにはメモしようという欲望が喚起さる。
その結果、この外部記憶装置によって、生物学的に貧弱な記憶機装置である脳の限界を乗り越えて、私たちは新しい世界を手に入ることになりました。
実際、現在は、メモで情報を記録できること、そしてその記憶を別の時・場所で非同期的に読み取れるという非同期コミュニケーションが可能であることを前提に社会が作られて(デザインされて)いますね。
 
話を聴くときなど、どうしてメモをとるのでしょうか。
答えは、そこにペンがあるからです。
 
????

ペンがあるから、メモしようという欲望を喚起されてしまいます。  
バカバカしく聞こえることと思います。
しかし、そこをぐっと我慢し、素直に驚いてみましょう。
ゆっくりと、じっくりと考えてみると、この当たり前のことが実に深い意味を持っていることが見えてきます。
私たちの感覚が実は道具によって決められているという驚くべき事実に気づくはずです。 
そのとき、当たり前の世界が持つ豊かな意味の世界が広がっていることが見えるようになる(可視化される)でしょう。
 
当たり前であることの不思議さに驚くこと--そこには新鮮な研究の領域も広がっています。


さて、昨夜はもっと色々なことを話したのですが、エッセンスはおおよそ上のようのことでした。
 
  
いつものガリラボ通信とはだいぶ違った文章になってしまいました。
ここまでたどり着いた人は、読むのに辟易してしまったではないでしょうか。
でもまあたまには、私が考えているアカデミックな領域のことも書かないとですね。
普段はなかなかここまでのことを学部のゼミ生に話す機会がないので、たまにはいいかと思い、書いてみたしだいです。
 
 
冒頭の話に戻りますが、組織に新しい道具を導入し、活動を新しい次元に持ち上げることを拡張による学習といいます。
道具によって周囲(環境)とその見え方を変えることで、自分(たち)を変えていく。
そういった学習のあり方を指します。
ガリラボの活動の方向を考えていく上で、実はこの学習理論は非常に重要な理念的役割を果たしているのです。
 

2010年3月26日金曜日

プチKW塾の日

18時から24時までネットが停止するということを今知り、慌ててブログを書いています。
 
本日は、研究室から見えるテニスコートがまばゆく輝いています。
久しぶりの晴天に恵まれた熊本地方です。
 
研究室は比較的顔を出す人が少なく大変静かです。
午前中はMOREの学生がやってきて静かにInDesignで記事作りに精を出していました。
同じく午前中に顔を出した4年の松尾はそのまま夕方まで Picasa を使って写真の整理をしています。
4年生の卒業旅行のときの写真をゼミ仲間向けに限定公開するためにやっているようです。

夕方には3年の森がやってきて何やら作業をしています。
何をやっているのでしょう?? たぶん、Produce Xの残りの作業ではないかと推測しています。
 
静かな研究室で、私自身はほぼ一日読書に費やしておりました。
なお、その途中、2年生(新3年生)に4月最初のゼミの課題をだしておきました。
1年後の自分を表現する名刺をつくってこいという課題です。
どういった名刺が出そろうか楽しみです。
覚えいたら、このガリラボ通信にその一部を紹介したいと思います。
さらに途中には、3年興梠から大学案内2010に提出する情報管理コース紹介の原稿についてのチェック依頼がメールにてありました。
 
さて、17時25分現在、本日、研究室を訪れた学生たちはのべ人数で6人でした。
 
ところで、以前、M1吉本が、入口のドアにカウンターをおき計量化すれば、大学内で最も人の出入りの多い研究室となるのではないでしょうかと言ってたことをふと思い出しました。
確かにそうで、春休み中にも関わらず、人の出入りがこれほど多いのは他では見当たりません。
コンテストでもあれば、大入り満員賞とかを勝ち取るかもしれません(あまり欲しいとは思いませんが・・・)。
 
19時過ぎからは院OB(黒田)や学部OG(井口、佐藤里)がでてくる予定です。
KW塾の一部のメンバーです。
本日の塾は参加者の都合がつかずかなり少数精鋭にになるようです。
少ないですが、何か実りのある話ができればと思っています。
 

2010年3月9日火曜日

雑談から生まれた新しいカタチ

昨日が教員研修及び熊日の取材、さらには新旧メンバーによるWebの駅サポート室の打合せと
密度の極めて濃い1日を過ごしたため、今日はその反動に見舞われた研究室でした。

ひっそりとしていました。

午後からM2佐藤ととりとめのない話を数時間。
あと少ししたらこういった機会はたぶん無くなりますので、名残り惜しい感じで
話をしておりました。
途中、OG(04ゼミ)井口からの仕事の電話と、同じくOG(04ゼミ)の樋口の来室が
ありましたが、夕方まで脱線に継ぐ脱線しながらの雑談でした。
残念ながら今回は新しいアイデアは生まれませんでしたが、卒業まで後少しの間に
何か生まれるといいかなと思います(思うだけです)。
(もっともすでに、Webの駅のアライアンスというひとつのカタチは生まれていますが)

そういえば、2年前(2008年2月)、院OBの黒田さんが卒業する時に、このまま単に
卒業するだけでは惜しいとの雑談をしていて、その話の中から生まれたのが現在の
ノットワーキング塾です。
「来るもの拒まず、去るもの追わず」の精神の私塾としてスタートしていくこととし、その
名称をノットワーキングとしたのは、当時、同じく院OBの山部さんと学習していた
ユーリア・エンゲストロームの活動理論の影響を受けてのことでした。
3月初旬のことでした。

卒業という別れが持つエネルギーに駆動されたこの雑談(コミュニケーション)が、新しい
学習の場のカタチを、このガリラボに誕生させたわけです。

もうあれから2年経ちます。早いものです。

Webの駅のアライアンスのカタチは、2年後にどうなっているでしょう?
ノットワーキング塾は新しいステージに昇り、ガリラボの手はすでに離れ、独自の新しい
カタチへと相転移していきましたが、そういった次元にまでアライアンスの方も発展して
いってくれればと願っています。
  

2010年3月4日木曜日

つけまつげの話

昨晩のKW塾から、メインのテーマに入る前、全員が揃うまでの間の時間調整に各自が持ち寄る話題についてショートトークをすることになりました。
 
記念すべき第1回トークは、ガリラボOG(04ゼミ生)の井口です。
選んだ話題は「つけまつげ」でした。
つけまつげとは、「付ける」「まつげ」のことだという驚きの事実で塾生の気持ちをわし掴みにして、つけまつげにまつわる様々な話題となぜこれほど流行しているのかその原因を解き明かしていきました。
 

 
ほとんど知らないことばかりだったので、非常に面白く、興味深いものでした。
その割にはほとんどを忘れてしまいましたが、人気NO.1は100円ショップの製品だということはなぜか覚えており、ダイソーの実力を知った次第です。
コンビニの売れ筋チェックは現代の食文化を知るのに良いでしょうが、ダイソーの売れ筋チェックは、現代社会の生活を読み解いていく上で非常に重要だと思いました。
日用品の動態として、卒論で取り上げてよいぐらいではないでしょうか。 
  
 
「つけまつげ」を切り口として、現代社会を読み解いていく井口の饒舌な語りに、皆で熱心に聞き入っておりました。
 


ただし、院OBの黒田が持参したたこ焼きを食べながらでしたが・・・

 

2010年3月3日水曜日

学びのスキル

本日は、毎月開催している、研究室を場所として提供している私塾(KW塾)の集合日でした。
夕方テニスをやっていたので、汗をかいたまま研究室に戻ってくると、すでに2名ほど集まっていました。
2名はいずれもガリラボの院生と院生OBでしたが。
早いものでこの私塾を始めてもう2年が経とうとしています。
狭い部屋でよくも2年も持つものだと思います。
ただ、大昔はもっと狭い所でやっていたでしょうから、まだまともな環境なのかもしれませんが。^^
 
本日は私を除くと、全部で5人の参加者がありましたが、社会人になっても、自主的に、時間を
削って大学の研究室にやってくるということをどう考えればよいでしょうか。
今現在、学生で、大学に来ることが普通というか、半ば強制的に来ないといけない状況にあるゼミ生には、
これがどういうことか想像できるでしょうか。

社会人が自由な時間を削ってまでやってくること、これがどういうことかを深いレベルで想像してほしい。
そのことは、自分が学生であることの意味を考えることに繋がるはずです。

勉強って、学びって、外の環境変化に適応して生き残っていくためにあるんです。
ゴキブリのような強力な環境適応力を持たない人間がこれほど繁殖し、様々な環境で生き延びているのは学習能力を持っているからに違いありません。
学んでいく社会人は、リストラなどとは無縁でしょう。
リストラとは逆のことが、むしろ起こるのではないかとさえ思うぐらいです。
 
慣れるまでは大変なのですが、みなさんできるだけ学びに向かっていきましょう。挑戦していきましょう。
 
実は、本日から、2年生の戸高は独自にInDesignの学習を始めました。
(出入りしているMOREの1年生は分厚い本でFlashを独学で勉強を始めています)
別にInDesignでなくてもいいのです。
何を学ぶかではなく、学び方を学んでいくことが重要なんです。

もっとも事を始めても、その後の継続性が非常に大事になります。
よくこのブログにも書いていますが、継続・・・これがなかなか難しい。
ほんとに難しい!
しかし、その困難をクリアし、継続に成功して、InDesignを自分のものにできたら、それからはきっと他の新しいことにも挑戦できる学びのスキルを身につけることができるしょう。
そうなったらシメタものです。
 
そういったことこそが、学生時代に身につけるべき大事なスキル(学びのスキル)だと私は思います。
 

2010年2月10日水曜日

雨ですが、ガリラボは元気です

今日は凄い雨でした。 ほんとに梅雨ではないかと錯覚しそうな雰囲気です。

うっとしい雨とは関係なく、ガリラボは賑わっています。

午前中には4年・松尾がやってきて私の手伝いをやってくれています。
おかげ私の方は別の仕事に集中でき、審査報告書などが順調に仕上がっています。
感謝。

しばらくして3年の冨田がやってきて、就活のための諸々の作業を始めました。
昨日に続き、植田もやってきて就活関係、どうもエントリーシートを書いているようです。

途中、冨田が松尾に就活の相談をしたりして、一瞬、キャリアセンターのようになっていました。
学年間でのコミュニケーションは大事なことだと思います。
そういったコミュニケーションを誘発する場としてガリラボが機能してくれるといいかなといつも思っています。

13時からは院生・吉本さんとの研究の打ち合せ。
学校広報理論を下敷きにして「よい」学校を作っていくための方法を探るというものですが、まだクリアな着地点を見つけられないでいます。
12日がM1のコース内報告会なので、それまでにまた熟慮してほしいと思います。

14:30以降はうちわEBI’sによる定例の打ち合わせとそれが終わってから2月28日の発表会に向けて準備を行っています。
面倒な作業もあるはずですが、楽しそうにやっております。
いいことです。
やっぱり何をやるにも、楽しくなければいけませんよね。


今日は19時過ぎからノットワーキング塾の日です。
OBの黒田さんなどが集合します。
今後の活動など話し合われるはずです。

塾でPCの前におれない可能性があるので、この時間(現在、17:00)にブログを更新している次第です。

明日は雨は止むでしょうか?
朝から1年生のMOREとの会議なんです。
こっちも今後の計画を話し合うようです。

2009年12月28日月曜日

地元情報学会1日合宿@PUK

2009/12/26の出来事のまとめです。

地元情報学会のメンバー7名が、朝から集合して検討会(合宿)が行われました。
この日(2009/12/26)の検討会は、県立大学を事例にして、地元情報化を考えようというものでした。

大学内フィールドワークに向けて使った資料





大学内をフィールドワークし、そこで得た知見をもとに、情報化についての考えをホワイトボードにまとめていきます。





記録係はOG(03)佐藤


仕上がった成果!


私は隣の部屋にいて、この合宿にはまともに参加できなかったのですが、学会メンバーによればこれまどは比較にならないほど考えが深まったとのことでした。
確かに、ホワイトボードの記録を見ればそのことがよくわかります。

こういった動きを眺めていると、ガリラボで2年前に始まったKW塾を母胎とするこの学会が来年さらに大きな展開をしていくのではないかと予感を抱かずにはいられません。

ゼミの学生たちを巻き込んだ形で一緒に活動させてもらいたいと希望しています。


まずは菊陽町ホームページのコンテンツへの参画を果たしたいと思っています。


2009年11月11日水曜日

今日はKW塾の日

午前中は院生と正統的周辺参加論についてのゼミ。
肉屋の徒弟制を例に学習の共同体がうまく作動しない状況について輪読しましたが、
昨日、雑談のことを書いたせいか、雑談続きであまり進みませんでした。
反省しつつ、お昼には3年ゼミのチームリーダーを集めての打合せ会議。
それぞれのチーム(水俣、矢部、県立大学調査チーム)ともに面白いアイデアが
出るようになり、成果が楽しみになってきました。
3年生とのランチミーティングを終えたのちは、体育館でバドミントン。
先週約束した4年生とMOREの1年生と一緒に汗を流してきました。
  バドミントンは久しぶりでしたが、皆をなぎ倒そうと張り切りすぎ、テニスで痛めている
  肘を少し悪化させてしまいました。こういうのを年寄りの冷や水というのでしょう、きっと。

バドミントン後は、14:30より3年の水俣チームとの打合せを継続させました。
何をテーマにやるか、一番の課題でしたが、雑談交じりの打ち合わせの結果、
Youtube上で有名になった「オオカミとブタ」のような形で水俣市越古場地区を
表現してみようかと面白い視点が見つかりました。

  オオカミとブタ: http://www.youtube.com/watch?v=rmkLlVzUBn4
   (この映像がつくられたところは福岡であることに今日気づきました。那珂川と西鉄電車がでてきます。)

表現内容についての具体案は水俣チームで考えていきます。
もし本当にこれをやるとなるとちょっと大変な調査活動になりそうです。(^^)

さて、今日は19時より、ノットワーキング(KW)塾です。
近隣の自治体職員さんたちが自主的に集まっての勉強会で、地元情報学会の
設立母胎となった「私塾」です。
先月は開催されなかったので、約2か月ぶりになりますが、今後の活動について
色々と話をしていくことになると思います。

2009年9月16日水曜日

山鹿豊前街道の調査

KW塾有志による山鹿豊前街道のフィールドワークを終えました。 
9:30大学発、大学に16:30着。 7月に学生たちと出かけた時とは異なる視点の貴重なコメントを 地域の方から得ることができました。
 帰りの車中及び大学に戻ってからのインタビューの分析作業により 地域において地域遺伝子が果たしている役割の重要性を発見する ことができました。
 分析作業を通して、豊前街道では「きれいだけど古い」とでも言うべき コピーがふさわしいとの結論も得ました。
この点については9月26日の地元情報学会研究発表大会にて 黒田さんより発表があるかと思います。




偶然出会った八千代座復興会の方に話を聞くKW塾隊員(?)

お昼


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 研究室に戻ったら3年生(興梠、門前、植田)がNHKの作品の 編集作業に没頭しておりました。 試作ビデオを研究室に戻ったKW塾生とで視聴しましたが、なかなか 良い出来でした。 編集の切れ味が良く、初期の頃に比べると雲泥の差になっていました。

  編集中の3年生。手前はOGの井口さん

これから山鹿豊前街道の調査です

研究室から派生しているKW塾のメンバーで「まちの表現」について
勉強しようと、山鹿の豊前街道に出かけてきます。
参加者は近隣役場の職員さんらで構成する4人(津曲、くろだ、いとう、いのくち)。
4人でバラバラにフィールドワークする予定ですが、さて、どういった
成果が得られるのでしょうか?
幸い、今日は、秋晴れの清々しい天気です。
きっとそれなりの成果が得られると信じ、出かけてきたいと思います。