2013年5月8日水曜日

チームたまなBと近畿日本ツーリスト九州とのキックオフミーティング

本日午後、チームたまなB(4年(10)吉村、保坂)と一緒に、近畿日本ツーリスト九州
熊本支店に出向いてきました。
支店長の迎さんと顔合わせを兼ねて、45分ほどキックオフミーティング。
やはり専門家の方です。
色々な指摘やアドバイスさらには資料などをもらい、現在のアイデアを膨らませること
ができ、今後の展開に向けて刺激を受けることができたように思います。
今後は定期的にお会いし、機会を見て一緒に玉名にも行きましょうと言うことになり
ました。
市役所とも連携していけると面白い試みへと発展できるかもしれません。
今後の吉村と保坂の頑張りに期待したいと思います。


車を城彩苑に駐車していたため、歩いてそちらへ(私は城彩苑は初めて来ました)。


今日は大変暑かったので、帰りにアイスを買いにいく二人です。^^


2013年5月7日火曜日

第3の場所としてのガリラボ


10:00に4年(10)吉村がやってきて、10:30からM2(12)大塚とM1(13)坂口とのゼミ。
いつぐらいだったか時間は忘れましたがゼミをやっているときに4年(10)漆島が
やってきたように思います。
12:00から3年(11)ゼミ幹部会議。
上田、藤本、木下、清田が集まり、明日からのゼミについて打合せを行いました。
明日から1ヶ月ほどかけて、動画撮影と編集のトレーニングを行っていきます。
題材は恒例なりましたが「15秒CM」です。
ガイダンスは4年(10)吉村がやってくれる予定です。

13:00からは4年(10)ゼミ会議でしたが、私は大学の会議のため参加できず、
またそれが終わってすぐに出張したのでその後のガリラボの状況は不明。
10ゼミ会議についてはどういうことが決まったのでしょう?
田中10ゼミ長も都合で欠席だったので、決まったことは迅速にシェアして
くれるとうれしい。
よろしく。^^

ところで、あまり紹介したことないので、院でやっていることを以下で
紹介してみたいと思います。
活動内容ではなく活動の指針を与える理論についての紹介です。
実践なき理論は空虚と言いますが、逆に
理論なき実践は盲目とも言います。
ただ動き回るのではなく、動きに構造を与えていくために指針としての理論が
必要になります。
大塚と坂口には現在そのための理論としてノットワーキングという理論を学んで
もらっています。
午前中の院ゼミではこのノットワーキングという概念についてかなり
突っ込んだ議論をしました。
何故、ノットワーキングという概念が重要なのかという点です。
テキストがないので曖昧な記憶のまま書きます(現在、熊本に戻るバスの中です)。
いくつかありますが、ひとつには境界領域の活動の生成という意味が大きい。
異なる集団がノットとして接続され、そこで活動することで、それまで存在しな
かった境界が発生する。
第3の場所(家庭でも、職場でもない場所。スタバは第3の場所をコンセプトに
作ってあるそうです。)において、複数集団が境界領域で活動することで、
例えば対話等を通して、自分たちがそれまでターゲットとしていた対象が拡張
されることが起きる。
複数集団それぞれの対象が拡張されて共通領域が生まれた時、新しい活動が生み
出される可能性がでてくる。
記憶が曖昧なためまったく自信はありませんが、確かそんなストーリーだったように
思います。
(違っていたら、後日訂正します^^;)
これだけだと、なんだか当たり前のことを言ってるだけに思えますが、ノットワー
キングを継続的な恊働の創発現象と捉えていた私には、目からウロコでした。
上記理解によって、安定したネットワーク型の活動がどうして駄目なのかよく
意味がわかりました。
ネットワーク型の活動では、対象に拡張が生起しようがないからです。
このことは決定的に重要なのです。
変化が生まれるかどうかに関わることだからです。
そういったところまで考えていて、ガリラボがなぜ今のようになっているのか
ということについて、ノットワーキングの専門用語で理解できました。
要するに、ノットワーキングが生じやすい第3の場所なんですね、ガリラボは。
空間がノット(結び目)を作りやすいような形に場所化している。
来るもの拒まず、去る者を追わず」も昔からのガリラボの流儀でしたが、これが
第3の場所の中でノートワーキング的な動きを生成している事につながってきてい
るのだと感じます。
正確な理解とは違っている可能性もありますが、とりあえず今はそのように理解して
おきたいと思います。
以上、大学院のゼミで勉強している理論の紹介でした。
私自身が理解不十分なので、読んでもよく理解できないと思います。
本質のところにまで理解が達してないので、どうしても記述が表面的になってしまう
からです。
もう少ししっかり勉強して、いつの日にか、本質の部分をわかりやすい言葉で、
ガリラボ通信で紹介できればと思います。(読む人は少ないと思いますけど・・^^;)

次の写真は大学院OG(10)松尾(学部06)からのお土産です。
名古屋に行ってきたみたいですね。
松尾も、院のときには上記のような難解な理論を背中に背負いながらきくりん人と活動を共にしていたのでした。
その時のきくりん人のメンバーは3月で卒業してしまいました。
今となってはすでに懐かしい。
 

GWが終わり、活動本格化へ

GWが終わり、大学にやってくると朝日と共に保坂の鯉のぼりが
出迎えてくれました。


色々な活動がいよいよ本格化します。
ガリラボのみなさん頑張っていきましょう。


2013年5月6日月曜日

2030年の学びデザインプロジェクト(完了報告)

電通と博報堂が「2030年の学び」のあり方についてアイデアを募集している
との情報が玉名市の平野さんからもたらされたのが3月末。
それを受け、ガリラボ通信上でメンバーを募集(2013/3/31)。
メンバーが揃い、ネット上でのブレスト開始(2013/4/3)。
かなりの分量の議論がネット上で行われ、時間が無くなったので、
オフ会を開催して話を収束させることに(2013/4/7)。
ガリラボでワイワイ話した結果、オフ会はカレーを食べながらやろうと
いうことになり(2013/4/8)、
土曜日、メンバーが集合し「華麗にワークショップ」を開催(2013/4/13)。
締め切りが4月30日ということですから、ワークショップで出たアイデアを、
ちょうど私と目の合った3人にカタチにするよう指示。^^;
3人、悪戦苦闘してアイデアをまとめるという慣れない作業に向き合ってくれました。
ギリギリの4月30日に出来上がり(出来がらせ?)、無事、
第2回MIRAI DESIGN AWARD 「2030年の学びをデザインせよ」
にアイデアを投稿しました。

以下、ガリラボで結成した2030年の学びデザインプロジェクトのメンバーから出た
意見を3人が別々のアイデアとして取りまとめたものを紹介します。
ただ分量が多く最後までたどり着かない人もいるかもしれませんので、先に「あとがき」風な
ことを書いておきたいと思います。
 
下にある投稿したアイデアを読むとわかりますが、具体的な内容には到達していない大変
荒削りなものです。
3人には厳しいですが、最後の詰めが非常に甘い内容だと言えるでしょう。
だけど、この3人には特に言っていたとは思いますが、まとめたアイデアというよりも、
こうした議論をしていくということ自体が、そしてその議論に至ったプロセスをメンバーが
共有していったことが非常に重要でした。
学年の異なる学部生、大学院生、そして社会人が集い、ものすごく異なる世代が集まり、
同じことで議論している。
最初はネット上で、そして途中でオフ会を企画して、新しいアイデアをまとめていく。
実は今回のこの1ヶ月の試み自体こそが、イノベーターを生み出す学びだったのでは
ないでしょうか。
4月3日出発、4月30日到着という知的議論の旅を異なる背景を持つ集団で行って
きたわけです。
これは今回のアイデアの中で提示している「西遊記モデル」そのものだったと思います。
参加メンバーの皆さんは、このプロジェクトでの活動を振り返り、こうしたプロジェクトが
可能になった条件などをしっかりと理解し、今後に活かしていくと良いでしょう。
 
2030年の学びデザインプロジェクトの旅への出発を促した平野さんに感謝します。
そして1ヶ月の旅に同行したメンバーの皆さんご苦労様でした。
この楽しい旅の途中で、ワイワイとみんなで議論してきたアイデアは以下の通り3パターンに
3人の学生がまとめました。
内容や詰めの甘い点は、3人のこれからの可能性(伸び代)を示しているのだと寛容な
目にてお読みくださいい。

【アイデア1】MIRAI創造堂 M1(12)大塚
1)2030 年、日本をイノベーターの活躍であふれる国にするために、あなたは何が課題だと考えますか。
 イノベーターは、「本能」と「理性」の両方を兼ね備えた者だと考える。子どもは本能的に物事を考え行動するが、経験を重ね大人になるにつれ、それらは理性的なものへとシフトしていく。そのため、多くの人々が常識に囚われてしまい、新しいものを創造できない状態へ自然と向かっていくだろう。しかし、イノベーターは、本能と理性を持ちあわせているため、常識を超えた創造を積極的にしていこうとするだろう。そうであるならば、大人は子どもと接触することで、本来持っていた本能を取り戻し、イノベーターとなり得るのではないかと考える。また、それは、子どもを「イノベーターの卵」にさせる可能性もあるのではないだろうか。2030年がイノベーターの活躍であふれる国にするためには、このような仕組みをづくりが必要であると考える。
2)その課題を解決する、「学び」のアイデアをおしえてください。
 一つの地域に一つの「MIRAI創造堂」を開設。そこは、学校や職場でもなく家庭でもない、性別、年齢、職種などに関係なく人々が緩やかに繋がり、活動する開かれた空間である。現代の日本は、子どもは学校から帰ると塾へ向かい、大人は職場と家の往来だけになっている。そのため、家族や異なる世代と接触する機会が少ない。2030年は情報通信技術の発展により、塾や職場といった場所に縛られず学習や仕事などができるだろう。それらのスタイルが多様化することで、現代よりも異なる世代と接触する機会を増やすことが可能になると考えられる。そこで、「学び」「遊び」「交流」「仕事」これら4つを異なる世代が共有できる空間「MIRAI創造堂」を提供する。この取り組みは、その空間のデザインや設備は不完全な状態で提供され、異なる世代が協働してその場所を創造してくことから始まる。そのため、活動を通して地域の文化の継承やコミュニティの再構築をするだけでなく、(1)で述べたように、その場を介して大人は子どもから「本能」を、子どもは大人から「理性」を学ぶことができる。MIRAI創造堂は、地域単位でイノベーターを生み出し新しいものを創造する。
3)あなたの考えたアイデアは、どのように実現したらいいでしょう。
 まずは、「MIRAI創造堂」のプログラムなどをある程度パッケージ化する。次に、協賛してくれる企業および協力してくれる地域を募集し、テスト的に実施してみる。通常は地域が利用する空間であるが、企業が地域とイノベーションする場として活用するなど柔軟性がある空間にする。そこで創造されたアイデアや商品の利益の一部は、地域に還元されるようにする予定である。

【アイデア2】西遊記モデル 4年(10)吉村
1)2030 年、日本をイノベーターの活躍であふれる国にするために、あなたは何が課題だと考えますか。
 イノベーターとは、現状に満足せず、常に新しいものを求め挑戦していく。また、そういった行為自体に“わくわく感”を持てることがイノベーターの要素でもある。所謂イノベーターという存在が、少ないのは“失敗”を認めない社会の現状があるからと言っていい。「失敗は成功の元」という諺があるように“失敗”を経験することで、人は何かしらの学びを受け成長していく。しかし、日本では学歴などの競争社会で成長していく中で“失敗”を恐れて新しいことにチャレンジしないようになってしまう。つまり、今の日本において失敗を恐れず挑戦していく人材が必要だと言えるだろう。また、イノベーターに欠かせない要素として賛同者となる“友人”の存在がある。現代の代表的イノベーターとして挙げられるような人々(ザッカーバーグやジョブズなど)も、ひとりではイノベーションを起こすことは出来なかった。すなわち“友人”を作る能力も必要になるといえる。
2)その課題を解決する、「学び」のアイデアをおしえてください。
 私たちは成長の過程で幼少期を必ず経ている。幼いころ「失敗」を咎められただろうか。もちろん生死に関わるような重大な事は別であるが、大抵の場合、挑戦と失敗の反復はセットであり、これらは周囲の環境から容認され、失敗によって学び、次の挑戦が促進されている。挑戦とは、現状の打破と言い換える事もできる。子供の時分のまま失敗を恐れず、あらゆることに疑問を抱き、常に挑戦することを忘れない人材を育てるためには“学ぶ”ことが楽しいと自然と感じる必要があるだろう。そこで、物語「西遊記」をモデル化したワークショップを提案する。「西遊記モデル」の特徴は以下の二つである。
①多様性
 孫悟空、猪八戒、沙悟浄、三蔵法師のように人種、国籍、性別、世代を超えた様々な人と行動する中でそれぞれの能力や知識などを生かし、多様な活動や経験ができる。また、多様な人々がいる場合、すべてが異質の存在となるため(同質の中から異質を排除しようとする)いじめのようなことは起きづらい。そして、半強制的に行動を共にすることで、半自発的に“友人”を作る(興味関心が近い、年齢が近いなど)ようになり、多様な人々と“友人”になる能力が身につくようになる。
②自由に学ぶ
 中国(スタート)から天竺(ゴール)までの決まりはあるが、その過程での規則や決まりはなく、三蔵一行は“自由に”行動し、様々な出来事に出会う。その中で、失敗、挑戦、成功を繰り返し、様々なことを学びながら成長していく。また、机の上でただ勉強して学ぶのではなく、様々な活動を通して知らないうちに学びを体験していき、常に楽しさをもって学んでいくことができる。
3)あなたの考えたアイデアは、どのように実現したらいいでしょう。
 西遊記と同様に中国(スタート)と天竺(ゴール)を設定し、ゴールへの着き方(交通手段など)や着くまでの間の行動を自分たちで考えてもらう。例えば、熊本から博多を設定し、その間の交通手段(自転車、鉄道など)、何をするかも自分たちで考え、自由に行動してもらう。そして、ゴールに着いたら自分たちの行動を発表してもらいリフレクションをする。また、これを集団登下校に当てはめることもできる。家から学校まで、という決まりはあるがその間は自由に行動していい(公園に寄り道するもよし、林の茂みに入り昆虫採集をするもよし)。多様な学年構成により、上級生が下級生に様々なことを教え、逆に下級生の考え方や行動は上級生に刺激を与える。このように、西遊記をモデルとして、制限された自由な枠組みが設定されれば、その中で多様な人々と出会い、多くのイノベーションの種子が埋め込まれ、失敗を恐れることなく様々な挑戦が繰り返されるだろう。

【アイデア3】ひょっこりひょうたん島モデル 4年(10)漆島
1)2030 年、日本をイノベーターの活躍であふれる国にするために、あなたは何が課題だと考えますか。
 ここではイノベーターを、人々が考えもしなかった斬新な事をする人、道を切り開く人だとする。すると、この場合イノベーターに必要なものは、社会が作り上げたルールを破り新しいルールをつくること、ルールを破るために要する多量の労力を実行することであると考えられる。現在の日本社会にはルール(法律、社会常識など)が存在する。我々はこのルールがどのようにして、なぜ設けられたのかなど、意識しないうちにこのルールに従い行動している。ルールは社会が変化するに伴いどんどん変化していかなければならないと考える。しかし、自分の周りにあるルールについて意識し、考えないことには社会のルールを破ることは出来ないのではないだろうか。社会のルールを破り、新しいルールを作るものをイノベーターとするならば、日本をイノベーターの活躍で溢れる国にするための課題は、各個人が自分を取り巻くルールについて意識し、考えていないことだと考える。
2)その課題を解決する、「学び」のアイデアをおしえてください。
  日本をイノベーターの活躍で溢れる国にするための課題が、各個人が自分を取り巻くルールについて意識し、考えていないことだとすると、これを解決するために、社会が作り上げたルールを私たちが意識する場を作ればいいのではないかと考えた。
まず、年齢、性別関係なく人を集める。その集まった人を、無人島に連れていき、1週間なら1週間その人たちだけで生活してもらう。このとき、無人島で手に入らない、水など最低限の食料、物資は最初に支給しておく。このような場で、この中の人々がとる行動として、支給された食料、物資を管理する人、物資を使ってなにか作る人等、役割分担をし、またその状況に応じたルールを作り上げていくこと等が考えられる。無人島で一定期間生活したら、普通の生活に戻ってもらうのだが、その前にこのグループに無人島での生活(役割分担、作ったルール等)についてリフレクションを行なってもらう。
  このように無人島生活をしてもらいリフレクションを行うことで、自分たちがどのようにして、なぜこのルールを作ったのかを考えてもらうことができ、社会で作り上げられているルールも同じように人が作り上げてきたものだと認識できるのではないか。また、このように認識することによって、自分を取り巻いているルールを意識し、考え、ルールが社会に適応していないと感じたら、自分たちでもルールを破り新しいルールを作ることができるのだと各個人が考えるようになるのではないかと思う。社会のルールを認識し、破り、新しいルールを作ろうと行動に移していく人が多くなることで、日本はイノベーターで溢れる国になるだろう。
3)あなたの考えたアイデアは、どのように実現したらいいでしょう。
 まず、このアイデアを実現するために、スタッフを募り団体をつくる。団体の状況、プログラムの実施状況は、逐一HPなどで発信していく。プログラムを実施するためには資金が必要だが、人の参加を促すために、最初は実験として参加無料で実施する。そのため、最初の資金は、HPなどに広告を載せるなどして、企業との協賛を取り、資金を集める。ある程度の成果を得ることができたら、参加者から参加料を貰いプログラムを実施、運営していく。また、このプログラムの広がりを見て、新しい形のプログラムを組む。新しいプログラムを実施するときは、デモンストレーションとして参加無料とし、実施後プログラムの形を改良していく。このように、実施、振り返り、改良を繰り返し、プログラムを運営していく。



さて、以上で「2030年の学び」の旅は終着駅(天竺)に到着し、ガリラボの今回の西遊記は終わりました。
次の旅は何にしましょうか。
楽しみですね。


 

2013年5月5日日曜日

西遊記モデルの実践〜みかんの花ミステリーウォーク

2001回目の投稿は、チームたまな(4年(10)吉村、千々和、保坂)の話題です。

今日はこの3人に加え4年(10)清原が、玉名市天水のみかんの花ミステリーウォークに
参加してきました。
写真は清原のツイートから拝借したものです。
この写真に清原は「西遊記モデル」との説明をつけていました。
いい写真でね。清原の写真スキルはかなりうまい。
さらに、それにつける言葉のセンスがまた素晴らしい。
いい感性を持っています。

次の写真も清原のツイートです。「待つ女」とのタイトルがつけてありました。
これも素晴らしい。
いい感じ、気に入りました。


ミステリーウォークに参加した4人は、今回は実験がひとつの目的。それぞれに
天水のキラーフォトを持ち帰ってきたものと思います。
5月8日にはそのコンテストをするとのこと。
こんな立派な写真をツイートするのです。
きっと天水の素晴らしい写真を持ち帰っているのだと思います。
今から、5月8日が楽しみです。^^


2000回目の投稿〜10、11ゼミ生への期待と次の方向について

2009年9月10日に開始して本日で1333日目となるガリラボ通信ですが、このの投稿で2000エントリーとなりました。
その2000回までの道のりは次の通りです。
500エントリー(2010/10/3)
1000エントリー(2011/9/18)
1500エントリー(2012/7/24)
・2000エントリー(2013/5/5) 今回
各区切りに達するまでの日数をカウントしてみましたらご覧の通り。
      0→  500の期間 388日
  500→1000の期間 350日
 1000→1500の期間 310日
 1500→2000の期間 285日
500回投稿するのにだいたい1年ほどかかっています。
徐々にですが少なくなる傾向にはありますが、たぶんこれ以上たくさん投稿していく事は無理ですので、これからも恐らく300日ほどかけて500回ほど投稿していくペースになるだろうと思います。

本日までによく読まれた上位エントリーは次の通りです。

2000エントリー中トップは09ゼミ生最後のゼミのことを書いたエントリーでした。
09ゼミ関連のエントリーはさらにもうひとつが8位にランクインしています。
また、3月のアクセス統計が4位にあって不思議な印象を持たれる方もいるかもしれませんが、これがたくさん読まれた理由は、「いってきます」というOG(09)村中のエピソードに触れてあるからだろうと思います。
09ゼミ生関係の話題がたくさん読まれていますね。

統計をとっているわけではありませんが、2012/7/24〜今日までの1500から2000回までは、09ゼミ生と10ゼミ生の話題がほとんどであったと思います。
となると恐らく、明日からの2001から2500回までは10ゼミ生と11ゼミ生の話題になるでしょう、きっと。
10ゼミ生(4年生)は卒業研究を通して、これから色々な面白い活動を行っていくことは予想できます。
本日もチームたまなで天水のミステリーウォークに参加していたようですから。
一方、11ゼミ生(3年生)の方はというと、本格的にゼミが始まってまだ一ヶ月ですので、その力は今のところ未知数。
ただ、まだ一ヶ月だからでしょうけど、全体としてまだ生徒の雰囲気を醸し出している印象を感じています。
夏までには高校生(生徒)のレベルを脱皮し、本来の大学生(学生)へと成長してほしい。
当たり前のことですが、ガリラボ通信は教員(私)からみた研究室の様子が書かれています。
だからそこには、当然ですが、一定の価値判断がなされ、出来事が取捨選択されています。
価値判断は揺れているときもあるでしょうが、私が考える大学生っぽい人たちに目がいき、ガリラボ通信に取り上げる事が多い気がします。
ある時はちょっと逸脱をしてしまう人たち。
だけどその一方では研究室のアカデミックな目標に対して真剣に活動し、そして熱く&冷静な議論をしている人たち。
さらには他者の依頼に気軽にYESで応え、活動の幅を拡張し続けていく人たち。
これまでたくさんガリラボ通信に名前が出てくるゼミ生たちは、そういった条件を満たしている人たちでした。
要するに、無数にある出来事の中で取捨選択されガリラボ通信に登場するゼミ生とは、大学生としてこうあってほしいという私の意思の表現とも言えます。
ゼミとは全く無関係なこと、ゼミに関係あってもホウレンソウのない話題は私の視界の外にあることなので当然ながら取り上げていませんが、視界に入っていても大学生のイメージに合わない場合はあまり取り上げていない。
生徒と学生との間には大きな違いがあります。その違いに敏感になってほしい。
そして、2500回に達するまでには、大学生へと成長していく11ゼミ生の名前をこのガリラボ通信にたくさん書いていきたい。
11ゼミ生の今後の活動と成長に期待したいと思います。


長くなりますが、2000回記念(笑)ということでもう少し、別の話題を続けます。
(推敲なしでつらつらと書いていきますので、かなり雑な議論となるでしょう。話半分程度にお読みください)
最近、「機械との競争」という本を知りました。
1997年に当時のチェスの世界チャンピオンであったカスパロフがIBMのコンピュータDeepBlueに負けるという事件がありました。
コンピュータパワーの発達を象徴する出来事として、私の講義でも紹介している話題です。
最近は将棋において人間とコンピュータとが逆転をはじめているようです。
コンピュータパワーが信じがたいほどのレベルになり、さらにネットが台頭し、従来型の多くの仕事がこれらに奪われているいくだろうとの予測がなされ、実際にその通りに世の中は推移してきました。
昔、多くの人手を必要としていた工場は、コンピュータ化が進み、今は人間はほとんどいない。
工場から多くの人間が駆逐されました。
また、ネットの普及で流通の概念が大きく変化しました。
ネットを意識したAppleの戦略によってレコード会社というのが壊滅においやられてきたのも周知の事実です。
今から200年前の1800年初頭、蒸気エンジンが発明され産業革命が起きたときも、実は同様のことが起きていました。
エンジンを用いた機械によって仕事の構造が変わり、それまでの仕事が消滅していったのです。
その変化に対し労働者が過激に反応し、機械の破壊活動へとエスカレートしていきました。
ラッダイト運動と言います。
この当時、エンジンの出現は、人間の肉体労働のあり方に強烈な変化を要求した訳です。
それから200年の時を経て、コンピュータ+ネットという新しい革命の道具は、人間の知的労働に同様の強力な変化を迫っている。
さすがに、ラッダイト運動同様にコンピュータを物理的に破壊して回ることはさすがに目立っては起きていませんけれど。
(が、中東で起きたネット革命で、体制側が若者のソーシャルネットワークを寸断しようとた(破壊)活動はラッダイト運動に近いものにみえないこともありません)。

さて、カスパロフのこと、そして最近の将棋の話題を考えると、これらの出来事は、コンピュータが私たちの知的脅威になることを示してます。
だからでしょうが、私もそうでしたが、機械VS人間という構図がパチッと頭の中に固定観念を作り出し、それによって機械にどう対抗しようかという思想的にラッダイト運動へと走ってしまっていました。
ところがですね、「機械との競争」によれば、カスパロフから10年以上が経過して、今もっとも強いチェスプレイヤーというのは、実は、コンピュータではない!のだそうです。もちろん人間でもありません。
実は一番強いのはコンピュータを使った人間のチームなのだそうです。
驚きました。
機械(コンピュータ)対人間という構図に捕まり思想的にラッダイト運動中の私には、このことは強い衝撃を覚えました。
一次元的な考え方から二次元へと跳躍した感じでした。
普通の人間がコンピュータを使うと、コンピュータにもチェスのチャンピオンにも勝てるという事実。
確かにエンジンが出来た後、自動車と人間が対抗して勝負するなんていうことは起きていません。
そんなこと無意味である事は当たり前です。
それよりも、自動車という道具をどう使うかといういった人間の構想力のようなものの方が圧倒的に大事です。

この意味で、これからコンピュータ+ネットという道具を操作する人間が非常に重要になるだろうと思います。
それでは、どういった人間が重要になるのでしょう?
理性に関する知的な部分は、近未来は非常に安い、そこら辺に転がっているコンピュータで十分に人間を凌駕出来るようになるはずです。
ここで、人間を
 人間=理性+感情
と単純化して考えてみましょう。人間の理性部分は将来的にコンピュータと勝負しても仕方ないわけですから、そこはコンピュータに任せればいい。
人間がこれから能力を発揮していくべきところは、コンピュータの理性を操作していく感情の部分が重要になっていくのではないかと思われます。
コンピュータを使ったデザイン支援(CAD)などはその具体的事例でしょう。
いつもでもどこにいてもネットにつながるコンピュータを持ち歩く近未来社会では、そうした道具を柔軟に使いこなしていく優れた感性が大事な能力になっていくでしょう。
20世紀までは人間には理性によって情報を処理していく能力が強く要求されていました。
だから、それを計るために、学校ではペーパーテストなどをやっていました。
だけど、これからそれだけではちょっと拙そうです。
凡庸な理性の人間が、感性に磨きをかけてコンピュータを使って高いレベルのことをやっていく。
芸術の分野だけでなく、仕事においても感性の時代に入っていくのかもしれません。

そんな時代がやってくるのは、そんなに先のことではなさそうです。
その時代に向けて、コンピュータという理性の道具を自在に使っていくよう自分たちを拡張させていくことが必要となるでしょう。
大変ですけど、拡張による学習を自分たちに起こしいかないといけない。

いつやるか?
 今でしょう!
どこでやるか?
 ガリラボでしょう!
ということで、2500回に向けてガリラボの方向は定まりました。
道具を使いこなし、越境等によって拡張による学習を果たしていく、そんな能力を鍛える場としていきたいと思います。

※「ガリラボでしょう!」と書いたものがふと「ガリラボどうでしょう!」に見えました。

2013年5月4日土曜日

村中(09)の里帰り

5月1日の夜、OG(09)村中からメールが届きました。件名は、
 里帰りしたいのですが・・・
でした。
里帰り!
5月4日にガリラボの立ち寄れればとのことでした。
村中にそう言われて断れるはずもありません。
予定は全て後回しにして、ガリラボで待機しておりました。

村中は4月の大半は東京で研修を受けていたはずです。
ガリラボで最後に別れたのが3月29日でしたので、それから1ヶ月と少し。
わずか一ヶ月でしたが、東京で色々と鍛えられたからでしょうか、久々に見る
村中はちょっとだけ大人になったと感じました。



村中がやってきて少しして4年(10)吉村と清原が登場。村中が来ることを
伝えていたからやってきたようです。
2時間以上、この一ヶ月間のことを色々と話していましたが、なんだか
あっと言う間に時間が過ぎてしまいました。
昼間でしたが、いつもガリラボでやっている夜のトークが再現されたように
思います。




声がするのでとM1(13)坂口がガリラボに顔を見せました。
チョコレートの差し入れを持って。
GW中も院生室に来ていたようです。
入れ替わりで初対面でしたので、村中を紹介すると、「あの有名な・・・」と
形容詞付きで村中に挨拶していました。
確かにですね。
坂口からするとガリラボの過去はすべてガリラボ通信でしょうから、ここに
頻繁に登場する村中は有名であって当然なのでしょう。
それほどにガリラボに深く根を張って活動してきた村中です。
里帰りという表現がやっぱりぴったりかと思います。

次の里帰りの時はもっと大人になった村中に会えるのを楽しみにしておきます。
次というと、ひょっとすると興津会になるかもしれません。
興津会は11月23日を予定しています。
ガリフェスもあります。
卒業生のみなさん時間を開けておいてください。

お昼過ぎに村中とは別れました。
次に会うときは、夜の講義を再現してみたいものです。難しいでしょうけど。^^


 
話題は全く異なりますが、ガリラボのドアに右の案内が貼ってあります。
4年(10)吉村が作ったそうです。
明日、チームたまなの3人(吉村、保坂、千々和)と清原で天水に出かけ、
卒論テーマの内容を少しテストしてくるそうです。
どういった結果を持ち帰ってくるのか、楽しみにしています。
2030年の学びのプロジェクトをきっかけに、チームたまなBと緊密な打合せを
することが多かったせいか、このチームの動きは大変面白い感じになっています。
といいますか、今現在、ガリラボでの滞在時間はチームたまなBの二人が圧倒的に
多いので、必然的に緊密になっていったのだと推測しています。
滞在していても、何もやっていないことも多いのですが、だけど、そのどうでも
いい時間こそが新しい方向のアイデアを作り出すのに、どれほど大切なものか。。。
吉村と保坂がやっていく西遊記モデルとは、そうした積極的な無駄な時間をあえて
作り出して、優れた人材育成をしていくという方法に他なりません。


さて、これでガリラボ通信は1999回目の投稿となります。
次が2000回。
何を書きましょう!?