2019年1月7日月曜日

久々のゼミ会議

2019年となってもう1週間が経過。
本日、久々にゼミ生が集まり、ゼミ会議を行いました。

今週金曜日の15ゼミに向けたゼミ会議でした。
15ゼミももう残り僅か。
しっかりと形を残して、学生生活最後となるゼミをゼミらしくやっていってほしいと思います。
そんな時にいつも思い出すのが、次のエピソードです。
  もう一度だけ普通に授業を受けたい(ガリラボ通信2012年3月1日

誰しもが終わるときにはこういう感覚になるものです。
地震によっていつもあったはずの「日常」が壊れたときと全く同じ感覚かと思いまs。
普通にやっていたことが、実はとんでもなく、かけがえのないものだったと、後になって気づくことが多いのではないでしょうか。


八並が「お土産です」と持ってきました。そして急ぎこう付け加えました。
 最後になると思いますけど。
確かにそうですね。。
これまで当たり前に熊本に戻ってきていたけですが、今回が最後になるわけです。
普通であったことがもうすぐに終わることになります。





2019年1月6日日曜日

ある日本人学生による優れた行為のデザイン

日曜日ですが、まだ本調子でないため、テニスは我慢して自宅でおとなしく修士論文の添削作業をやってます。

合間に、Wiredの記事で、ストリートディベーターという新しい職業のことを知りました。
この職業を考え出したのは日本人の学生です。
オランダのデルフト工科大学院修士課程の研究の一環で考え出したものだそうです。

参考:物乞いの行為をデザインする

ちなみにこの方は、この大学のインタラクションデザイン研究科に所属されています。
なんでも、この研究科の方針は、
 「人 - 物 - 場 - 社会文脈」の関係性を包括的にデザインすること
がテーマらしく(参照)、非常に魅力的です。
インタラクションデザインとか、私がいつもやりたいと思っていることそのものなので、この方針に激しく共感してしまいました。

さて、この方の行為のデザインとして考えだされた
  議論を生み出す「ストリートディベーター」という職業
は、2017年の「CREATIVE HACK AWARD」でグランプリを受賞したプロジェクトで生み出されたようです。

ストリートディベーターは
路上で問題提起をし、硬貨の重さによって世論を可視化する職業である。これは、路上での「ものごい」に代わる行為でもあり、自尊心を損なわずにお金を稼ぐことができる。

というもので、それによって
道ゆく人と友好的な対話を通じて、路上生活者の自尊心を守り、社会とのつながりを取り戻すことを目指している。

ということです。次の映像でその概要はおおよそつかめるものと思います。
研究の一環でもあるので、実験もされたそうで、それによると
ロンドンで実際に4人に天秤型のデバイスを渡してストリートディベートをしてもらったところ、平均で1時間に13.5 ポンド( 約2000 円)を稼ぎ、12 人との会話が発生する

ことがわかったそうです。なんと素晴らしいことでしょう。
これによって、例えば
  英国のEU離脱(Brexit)
で議論してもらうとき、離脱に賛成する富裕層の英国人と、それに反対する低賃金の移民とが、通常では決して交わることのない人々が路上で対話する場がデザインされるわけです。

優れたデザインの力は偉大です。



2019年1月5日土曜日

意識調査の必要性

どうもまだ本調子にならず・・・
やらないといけないことを先延ばししてしまってます。orz

本日、一つ仕上げたのは、たまレンジャーが取った市役所職員アンケートの分析作業。
分析といっても大げさなものではなく、集計作業程度のものです。
400名からの回答があり、分析を4ページ、自由記述を12ページにまとめました。
 
ちょっとした作業の結果ですが、職員さんについての特徴が少しだけ理解できました。
自由記述とか読んでいると、質とかもなんとなくイメージすることができました。
一部、これは「本音」だろうなと思われる攻撃的なものあったり、あるいは全く他人事のようなものもあったりして、色々と反省の材料にさせてもらいました。

400名の回答を読みながら、量的調査の結果もですが、こうした意見を丹念に読んでいくと、(労力が大変ですが)組織のメンバーに対する(意識?)調査というのは適宜必要だと感じました。
ガリラボも一つの集団なので、ゼミ生とかにもこうした意識調査をたまにやる必要があるなと思った次第です。



 

2019年1月4日金曜日

音についてのセンスがほしい

シクラメンがきれいに咲きました。新年早々、めでたいです。


昨日の地震についてはその後大きなニュースは流れ来ないようです。被害が大きくなくてよかったですね。
ただ、金栗四三関係では影響があったようです。
和水町では大河ドラマの1回目の放送に合わせていだてんのパブリックビューイングが計画されていたようですが、予定していた施設が避難所になったようで中止となったとのこと。
和水町としては残念でしょうが、安全・安心の方が優先度が高いので仕方ないことです。


さて、まだ風邪の影響で本調子に戻らないまま(ほんとしつこい風邪です。どうも気管支をやられたようです)、M2のひとり分の修論添削を行い、大幅な修正を指示し返却しておきました。
もうひとりのM2は完成版を年明けに出すということだったので、到着待ちです。

何もせず待っているわけにもいかないので、よかボス関係で動画についての下準備をやってました(隙間には指揮棒事件についてのデータ整理作業)。

よかボスの動画では、構成も当然ですが、音が問題だよなーと思いつつ、色々と音探しをしておりました。
そうしたとき、次の動画を発見。

動画の閲覧

音に映像は随分と影響を受けます。
経験的にそれはよーーーくわかっていました。
ファンベースを書かれた佐藤さんが、食器の動画について、
動画の時代になっていくのは間違いないけど、実は映像のチカラの大きな部分は「音」であるとボクは思っている。
どんな映像でも音作りで大きく印象を変えられる(リンク先の映像を楽しく希望に満ちた印象にもできる)。
映像ディレクター方向ばかりが注目されるけど、今後は音楽ディレクターが再認識されるんじゃないかな。

とコメントされていました。
ほんとこの通りだと思うのですが、音探しをやりながら気づきました。
私には音のついてのセンスがまったくないことを。
それで思い出したのは玉名女子の吹奏楽部部長だったOG(09)市川。
音についてのセンスは素晴らしかった。
とにかく音については全くダメなので、優れた知識とセンスを持っているゼミ生に手助けをもらわねば。
  




2019年1月3日木曜日

AIは電気羊の夢を見るか

1月5日にNHKで「母、帰る〜AIの遺言〜」なるドラマがあるようです。
ホームページから内容をざっと紹介すると、
病死した母が、夫や息子の精神的な助けになるよう、自分の記憶をAIに移植して遺(のこ)した。AIは仲の悪い父子を取り持とうとあれこれお節介を焼き始めるが…。
“介護AI”が普及する近未来を舞台にした切ないホームドラマ。

とのこと。
自分の癖、特徴をコンピュータのメモリ上にデータベース化してそれを利用して自分と同様の振る舞いが可能なことは、すでに多くの人がAmazonで経験していることです。
そうしたことができるから、Amazonは色々と私が欲しそうなものを紹介してくれるわけです。
Amazon内の私の購買履歴やアクセス履歴が「教育」して出来上がったものですから、私のコピー(分身)です。
そうした延長として、さらに学習能力の強いソルトウェアを活用していくことで、さらには音声合成もさらに進化していったとして、このドラマのようなことが可能になった時、また色々な議論が起きることでしょう。

今だと、「Hei,Siri」といった一般的なAIなわけですが、将来は、「ねぇ、お母さん」と呼びかけていくような非常に個人的なものが出来上がっていく可能性もありますね。

正月の日経新聞はこのAIのことをいくつか取り上げられていました。
次の表は元旦の日経記事からです。これまでのAIについての流れがまとめてあります。


次は1月2日の同じく日経の記事からですが、20から40代の若手の研究者200人からのアンケートの結果です。


人間の知性を超えるだろうと予測している研究者がほとんどで、2030年ぐらいを予想しています。
ただ問題は人間の知性が何を指しているのかはこの記事からは明確ではありません。
計算は当然のこと、条件の整った多くの問題についてはすでにコンピュータに人間は太刀打ちできません。
この点の知性についてはとっくにシンギュラリティは来ています。
研究者の皆さんがどういった知性を考えておられるのかは不明ですが、何れにしてもコンピュータという道具が静かに発達を遂げていくことは間違いありません。

そうなると、今後、AIというコンピュータが仕事の中に組み込まれていくことになり、その結果、人間の仕事のやり方は変化を余儀なくされるはずです。

例えば、今のコンピュータが登場した結果、仕事場でみんなノートPCを机に置いて仕事する風景が普通になりました。
書類と電話、そしてそろばん・電卓だった昭和の時代からすると仕事のやり方は恐ろしく変わりました。特に仕事場では携帯(スマホ)の普及も仕事のやり方を劇的に変えたはずです。

コンピュータをさらに強力なツールにするAI技術の普及によって、仕事のやり方、そして生活のやり方が変わっていくのに違いありません。
そうした個別のミクロな変化が、マクロな形に転換され、社会の形も変えていくことになるはずです。
世の中の変化を防ぐことはできません。

将来、AIは電気羊の夢を見ることになるのでしょうか。


ここまで書いてたところで、地震!

久々に緊急地震情報のあの鋭い音を聞いた。
 
震度3 (2019/1/3 熊本市中央区)
和水町は震度6弱だったようだ。
震度6弱だから役場職員は全員集合になっているはず。
金栗四三の生家はかなりの古さだけれど、大丈夫だったろうか。
6日からいだてんが始まる。
役場は大変だろうな。



2019年1月2日水曜日

健全な精神は健全な心に宿る

タイトルの言葉はよく目にするものですが、普段、健康な時には全く意識することはない言葉でもあります。

それが、病気になると途端に健康状態であることが如何に色々な活動(思考)にとって重要な条件であるかを思い知らされます。
熊本地震において「日常」というのがいかに街のインフラに支えられ成立していたかを嫌という程知らされたわけですが、それと同様かと思います。

個人的なことですが、年末年始にかけて風邪がひき、咳はひどいし、熱も出るしで、悲惨な年越しでした。
今日も早朝から急遽、休日診療に出かけざるを得ない状態でした。

体調不良の間、何もできず・・・。

病気なので体が動かないのは当然でしょうけど、それと同時に、頭も全く働かない。
体調不良は、働かない以前に、頭を働かせようという状況にさえ至りません。
やることが色々とあっても、どうでもよくなり、それらすべてを投げ出してしまう。
そんな感じになりました。

良質な活動を継続するために、体調管理には気をつけなければと新しい年になり肝に命じました。
病気でもですが、普段の不摂生も結局は良質な活動を阻害してしまうのです。
普段から健康的な生活に気を使うべきでしょう。
健康的な生活を送ることが、健全な活動へと繋がるのだと思います。



ただ、悪運が強いのか、不幸中の幸いだったのが、体調不良が年末年始に重なったこと。
それは不幸なと思う向きもあるかもしれませんが、これが通常の授業のある時だったら悲惨でした。
風邪をひいた状態での授業は、長い教師生活で何度か経験しましたが、ほぼ拷問。




2019年1月1日火曜日

謹賀新年2019

明けましておめでとうございます。



あいにくと体調不良のまま年を越してしまい、寝正月で新しい年を迎えてしまいました。
猪突猛進=スタートダッシュに失敗した気分ですが、カタツムリの速度でゆっくりと前に進んで行きなさいということだと思うことにします。

2018年は、ガリラボ通信を読み直す限り、玉名との連携で明け暮れた1年でした。
非常に面白くそして楽しいものでしたが、今年は少し別の変化も目指していければと思っているところです。
具体的な変化の方向性を持っているわけでもありません。
しばし模索しながら、前に進んでみたいと考えています。

なお、私自身、還暦を迎え、大学同期のほとんどは3月で定年退職となり、第2の人生へと動き始めることになります。
私自身が、自分のゴールに向けてどのように進んでいけば良いかも考えていかないといけないなと、咳き込みながら寝床の中で考えておりました。
 
 
今年もガリラボをどうぞよろしくお願いします。