2021年7月16日金曜日

20ゼミ生の顔合わせ会

先週予定していた豪雨予想のため延期していた20(にいぜろ)ゼミ生の顔合わせ会を本日昼休み行いました。
3年(19)ゼミ生幹部主催の会で、プログラムは以下の通りです。

冒頭、主催する19ゼミ長3年(19)川口が開会のあいさつをし、その後、司会を務めました。

周囲には3年生がゼミT(初めての活用となります)を来て、それぞれの出番を待っています。
ゼミT着用は、昨年を振り返っての幹部によるアイデアのようで、2年の時に初顔合わせにきたとき、誰が同級生か誰が先輩かまるでわからなかったので、ゼミTを着用しようとなったようです。
なるほど、ユニフォームというのはそういう役割を持ちますよね。いいアイデアです。

プログラム最初は、新人の2年による自己紹介。みな、ごく簡単に自己紹介をしてくれました。

その後、4年(18)中山ゼミ長より、ゼミに入った後の心得について訓話(笑)がありました。
頑張っていくためのコツようなものを熱く話してくれました。

そして恒例となったゼミのサークル紹介。広報部、体育委員、白亜委員、興津会委員についての紹介があり、積極的な勧誘がおこなれているようでした。

最後に記念撮影。ガリラボ恒例のポジションです。以下が、新しい、そしてガリラボとしては最後に受け入れるゼミ生となります。どうぞよろしくお願いします。

 

2021年7月15日木曜日

19Nコンチーム活動開始

本日午後、第38回全国大生放送コンテストに出場する19ゼミ生有志チームが活動をスタートさせました。4人がオフライン、1人がオンラインのハイブリッド形式でキックオフ会議を開きました。
有志のメンバーは
 3年(19)松田(リーダー)、市原、川口、神田、中西
といった顔ぶれで、神田以外は、ゼミ幹部です。^^
( チームの写真を撮り忘れました。orz )

このメンバーで今年のテーマ「あじ」について音声CMと映像CMの2部門に挑戦します。

キックオフ会議の今日は、どうしてこのテーマになったのか、色々と議論しましたが、これはというものはでてこず、とりあえず、「あじ」を色々な角度から捉えていこうということなりました。
今後それぞれの考えを深めてきて、7月26日にアイデアを持ち寄り、試験前に一定程度の企画に練り上げていくことになりました。


あじ・・・みなさんだったらどんなことを想像されますか? 


2021年7月14日水曜日

3年生でも予定を合わせるのが難しい状況にあるようです

梅雨が明け、日中は危険な暑さだと気象警報が出るようになりました。
外をみると、梅雨時期とは異なり、むくむくと入道雲が空に向かって成長していました。
阿蘇方面では居所的に雷雨になっているようです。

今日のガリラボは静かなもので、3年(19)松田と(18)山本がちょっと顔を出したくらいでした。
2人はひのくにワークショップで同じ取材チームを組んでいるのですが、予定が合わず、チーム全体(たった4人なのですが)で集まるのはなかなか難しいとのことでした。
コロナ禍前であれば考えられないことです。
3年生だと授業(時間割)に縛られて動いていて、大学内にはほぼいたので、空き時間を合わせることは可能でした。
コロナ禍中、感染のリスクレベルは下がったとは言え、今も授業の多くはオンラインなので、それぞれが自分の時間で生活しているようです。
従来と比べると、ものすごく大きな違いです。
大学の時間という制約から解放され、自分の時間で生きているので、例えば3年生だと14通りの時間が生まれているのだと思います。
コロナ禍前は、否が応でも”大学時間”という1つの時間しかなかったことからすると、大きな違いです。
良かったのか、悪かったのか?
どっちでもないですね。
山本的生き方をしていればきっと得るところは大きいし、そうでなければ何も得ないままにいるだけのこと。
ただ、アルバイト的時間”だけ”で生きるのは避けた方がよいでしょう。
5年ほど前、次のガリラボ通信を書いたことあります。

アルバイトで経験を消費しているかもしれないゼミ生へ

アルバイトという生活時間が中心にあって、その時間に従ってただ黙々と生きている人がいるようだったら、読んでみてほしい。。



ここ数日、家内が不在にしていて、起きてもやることもないので、目覚めるとすぐに大学に来ております。
朝、ウォーキングしている方がたくさんおられます。
そのひとりになってウォーキングしながら(鞄を持ってですが)、3kmぐらい歩き、大学についたのが朝の6時過ぎ。
それからずっとデータサイエンスに関する本を読んでいたのですが、読み終えてがっかりでした。文章があまり魅力的でないし、だからでしょうが何が大事なのかさっぱり伝わってこない、さらに内容もほとんど得るところがないという・・・。
この分野でそれなりの方なのだと思いますが、この分野全体への期待を少し失ってしまいました。
ひとつ良かったのは、GoogleのColaboratyのこと。Python(AIを活用する上で標準的なプログラミング言語)をWeb上で動作させることができることを知ったことです。
プログラミングから遠ざかっていたので、まったく知りませんでした。
ちょっと使ってみたのが、次です。
プログラムを1行書いて、実行させています。
私の世代であれば、世界的に有名な、誰もが知っている「Hello,World!」を出力させてみました。笑

世界中のプログラマーがこの本で勉強したはずの名著カーニハン&リッチーの「プログラミング言語C」に最初に出てくるのが、C言語での「Hello, world!」出力プログラムです。
私も当然ですが、社会人になってから、独学でしたが、この名著を擦り切れるほど熟読してC言語をマスターしました。
ちなみに、学生の頃はFortranとアセンブラでシミュレーションや制御を動かしていましたのですが、C言語に知った時、ほんと新鮮でした。
 
ところで、女子大学から県立大学に変わった1994年、プログラムの授業を担当していましたが、その時は全学部の学生がC言語でプログラミングを行っていました。

今、データサイエンス(AIとか)が全学生にやらせないといけないという全国的にホットな状況にありますが、1994年当時のプログラミングの話と似ているように感じています。
しばらくすれば、徐々に冷静になっていって、今現在考えられているものとは少し違う形で安定していくのではないかと思います。
歴史を(に)学ぶのは大事。


2021年7月13日火曜日

今後のデジタル社会に関して/タマにゃんずの会議

午前中は大学院の講義で、現在、マンツーマンでデジタル社会についてのテキストを読んでいます。
昨年後期にスタートして現在3冊目。一連の文献の中で、DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、
デジタルとリアルが融合することで膨大で高頻度な行動データを使い、企業競争の原理が商品販売型から体験提供型にある、つまりバリュージャーニーを作って運用していくことを踏まえ、新たな顧客との関係とはどのようなものであり、どのような体験を提供する存在になるべきかを考える活動

と主張され、これが繰り返し語られています。UX(ユーザーエクスペリエンス)の変革=新たなUXを中心におかないDXは中身のない変革になりがちだということです。
これだけ読んでもピンとこないとは思います。
私はまだオンラインは、オフラインを増強するためのもの、便利にするためのものと拡張現実的な思考の枠組みにいるのですが、それとはまったく違うことを主張するものです。
多くの人が頭ではなんかとなく理解しているのでしょうが、実際の行動は自分中心主義になっていて、なかなか顧客中心に視点を移せてないようです。
大学も全くそうで、学生視点=学修者視線というのが言われるようになって久しいのですが、改革議論のほとんどは学修者視線という言葉を用いながらも大学側視線に終始しているようです。視点を180度移すのは言うは易く、行うは難しです。

さて、現在はまだこれまでの情報社会の枠組みが席巻しているわけですが(大学がそうです)、さすがに2冊目(同じ著者)になると、ここで議論されていることのこれまでとの違い、革新的な意味が徐々に理解できるようになりました。
だからでしょうが、現在のAmazonのスタイルが非常に古臭いものに見えるようになり、少なくとも現状のAmazonはこれからのデジタル社会とは少しずれているようです。
だから、今後はAmazonも変革をしていくことでしょう。オンラインで成功している企業が、リアル店舗のAmazon GOのようなものに挑戦しているのもその一環なのかもしれません。

10年から20年でGAFAが世界を席巻したわけですが、次の10年から20年では新たなデジタル社会に適合した企業がこれらにとって代わるのかもしれません。
残念ながら、それを私がみることはないでしょうけど。

バリュージャーニーの考え方は、今後の社会における県立美術館を見ていく視点を与えてくれるように直感しているのですが、まだかなりぼんやりとしている状態です。
傍に一緒に熱く議論してくれる人がいると考えもまとまっていくのでしょうが。。。



午後、タマにゃんずとの打ち合わせ。広報チーム(リーダー4年(18)村田)は、タマにゃんツイッターのフォロワー分析に入りました(下の写真)。今日はその方針を村田が報告してくれました。調査は大変そうですが、結果がまとまれば有用な知見を見出せるだろうと思います。
バーチャルツアー班については、前回の失敗からまだ先には進んでいないようでした。
議論の場に乗せるためには何かカタチあるものが必要。資料なり、結果なりを出していくと前に進むためのダメ出しが出来るのですけど。
議論の対象(オブジェクト)がないと言葉を宙を飛び交うだけでかみ合わず、実のある議論になりにくいものです。


 

2021年7月12日月曜日

OB(M08)佐藤から連絡

現在、大学教員として仕事をしているOB(M08)佐藤から、「名前を発見しました」とのメールが届きました。
次の専門書に掲載されていた参考文献に名前があったようです。


OB(M07)山部との共著論文が載っていたようです。本質的な部分では引用ではありませんでしたが・・・とのことでしたが、それはさておきとにかく懐かしい限りです。


当時、山部は大津高校の変貌ぶりを修士論文の中で研究していたのですが、そのために、エンゲストロームの超難解な「拡張による学習論」を2人で勉強していて、おぼろげながら理解ができた頃、山部の多様なアイデアのひとつを拡張による学習論的に捉えて検討したのが、引用されている論文です。もう13年目も前の論文で、それが今年の4月出版の本の中に出てくるとはですねぇ。
ネットで関連する論文を簡単に検索できるようになったからでしょうが、このおかげで、ガリラボで大学院生を受け入れ始めた頃のこと、山部と”あーでもない、こーでもない”とみっちりと議論していたことを思い出し、非常に懐かしい思いをしました。

連絡してくれたOB(M08)佐藤には感謝です。
その佐藤、もやいすとの講義の助っ人には9月には大学に来るようなので、1年半ぶりに会えるといいかなと思っているところです。

 ・・・・

私は今日は国際学会があって(冒頭の挨拶の中で採択率30%ということが紹介され、よく通過したものだと驚きでした)、発表者ではありませんでしたが、論文の連名者のため落ち着かない1日でした。何もしていないはずなのに、終わった時はくたくた。何もしていないのに、無駄に神経をすり減らしていたようです。
今日はArtractが打合せと活動をしていたはずですが、学会のためさぼりました。^^;


2021年7月9日金曜日

失敗を経験にする/20ゼミ生の顔合わせ会の延期

タマにゃんずのオンラインツアー班がようやく動画が完成させました!
それを見て愕然とすること・・・。特に班のメンバーが!
360度動画になっていないのです。
この失敗作を見ながら検討会議を開きました。

オンラインツアー班に関しては、ようやく実のある会議ができました。
これまでふわふわした打合せしかできなかったのですが、現物があることで、何が問題なのかということが明確になりました。
問題点が明らかにしてくれたことが、この失敗作のものすごく優れたところでした。
ガリラボでよく使う「完璧を目指すより、とにかく終わらせろ」という意味もメンバーはきちんと理解できたようでした。
このおかげで、この失敗作は、完璧な失敗でなくなりました。
この班が次の段階に進むための貴重な契機を提供してくれたようです。
なお、そうした契機になれるのは、失敗を振り返った時だけです。それがなければ失敗は繰り返されます。
今日の検討会議がその振り返りの時間となりました。

完璧を目指すよりとにかく終わらせろ。それを経験した人にとってはこの言葉の重要さが理解できますが、それが大事だと理解するためにはやはり一定の失敗経験が必要なんだということです。
私も実験装置作りで相当に、そして何度も失敗してきたから、この言葉の大事さを、体の芯で理解できているのだと思います。
ゼミ生の場合、卒論を向き合っているときが理系で言う実験を経験しているようなものです。卒論は、その途中、そうした失敗していることがわかるようなものがいい。抽象的なものは失敗しているのかどうかもわからないので、振り返りのフィードバックがほとんどかかりません。
そういう卒論は、大学生がやるにはあまり適していないように感じており、私としてはあまり好ましく思いません。
具体性のあるテーマを選び、その時にたくさん失敗をすることがゼミ生の今後にとっては大事になるはずです。

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お昼。Artractリーダー3年(19)岩生を呼び、Artractの今後について話をしておきました。
自分たちのやっていることが、どういった枠組みの中であるのかを、位置づけをきちんと理解しておく必要があると思ったのです。
そうでないと、今現在やっている行動自体が徐々に目的になっていってる気がしたのです。
今の行動は、ある活動全体の中に位置づけられて初めて意味を持つわけで、それをArtract自体メンバー自体が理解するのに手っ取り早いのは、文章を書くことだと考え、岩生には、抄録を書くように指示しておきました。
研究の背景、意義、目的達成に向けた解決策とその具体化、そして今後の展望などを文章としてまとめるよう話したところ、大変かなと思ったようですが、返事は即座に「はい」でした。
素直ですね。マラソンの金メダリスト高橋尚子さんが次のようなことを言われてます。
ランニングが上達する3つの条件
素直になること
あきらめないこと
夢を持つこと
          by 高橋尚子

素直さは上達のための条件の一つ。
またこの3条件は、色々なスキル獲得において成り立つのではないかとも思っています。


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今日は20ゼミ生(新ゼミ生)の初顔合わせを行う予定でした。
ただ、昨夜の2時ぐらいにひどい雷雨で目が覚め、雨雲の予報をみると、今日の午前中には豪雨をもらたす雲が熊本上空で発達する予想になっています。
朝6時に再度確認しても同じ予想でした。
梅雨末期の豪雨はあちこちに甚大な被害を起こしています。
即座に決断し、6:30には今日の初顔合わせは翌週に延期することにしゼミ生に連絡。
今日は20ゼミ生の初顔合わせ会の予定にしていましたが、これから熊本地方ではひどい雨が予想されています。
顔合わせは、16日(金)昼休みに延期にします。
あちこちで豪雨災害の起きているときなので、回避できる危険は回避しておきたいと思います。

ただ、当初の天気予報は実際には少し外れました。雨雲は予想よりも少し南下していました。
心配しすぎだったかもしれませんが、こと安全に関しては、慎重すぎる方がよいことはこれまでの様々な災害経験から明らかなところなので、判断は間違っていなかったと思うことにします。^^

 

2021年7月8日木曜日

終焉に向けた良いモデルを見つけねば/OB(17)松本からの便り

昨日、赤の女王仮説について触れた10年以上も前のガリラボ通信のことを書きました。
今日、アクセス統計を見てみたら、何人かの方がこのエントリーを読まれたようです。

ガリラボでは、特に大学院では「学習」の問題をテーマにしているため、私にとって人の「成長」というのがいつも頭の中にあります。

人は、その能力を維持するためだけでも相当な努力が不可欠です。

足腰の筋力を例に考えれば容易に理解できると思います。筋力維持には、一定程度の努力を要することが誰でも想像できるでしょう。
このことは、実は、思考の筋肉である「脳」にも当てはまります。

学びを止めた脳は、仮に年齢が若くても、衰退していきます。
脳は目に見えないだけに気づきにくいですが、もしも可視化される状況に立たされた時は悲惨なことになりそうです。

人は、学びを止めなければ、たぶん生きてる限り成長していく動物です。そのため、人は、赤の女王仮説を死ぬまで信じてよいのだと思いますが、研究室になるとちょっと違う気がいます。
研究室も通常は赤の女王仮説に従って、チームとしての学びを続けていくことで、成長していきます。ガリラボの歴史を見ても、それは歴然としているように思います。

ただ研究室には終わりがあります。ガリラボだとあと2年半!
終焉を迎えます。
ガリラボ内には依然と異なる性質の変化が起きているように感じていますが、これも終焉と関係しているのかもしれないとふと思いました。

終焉のことを考えば、赤の女王仮説や”生き残るのは変化に適応した種”だというダーウィンの話などは、今後のガリラボにつていはあまり使えない理論かもしれません。

終焉のための理論などあるのでしょうか?
よくわかりませんが、今現在在籍しているゼミ生が、ガリラボでよかったと卒業していくような終わり方をしたいと思っています。

何か良いモデルを探さなければ。

さえ、明日は、新しいゼミ生=20(にいぜろ)ゼミ生の初顔合わせ会です。
そして、ガリラボにとっては最後の初顔合わせ会となります。


・・・


今日、私にかなりの迷惑をかけつつ卒業したOB(17)松本から連絡がありました。
現在、宮崎で勤務する松本ですが、7月下旬に夏休みをもらい帰省してくるので研究室に顔を出したいとの連絡でした。
ただ、縁がないんですかね(笑)。松本が来室したい日は私が都合が悪く、結局、会うことは難しそうです。残念です。
なお、松本とのやりとりして、少し成長していることを感じました。
社会は人を随分と成長させる場所だということを実感しました。