2022年1月31日月曜日

卒論提出締切日/卒論希望調査

今日は、朝からほぼ1歩も動かず(トイレ以外)、集中して論文を書いていました。
耳栓をしてたわけでもないですが、横で3年生がワイワイとしていたのですが、それもあまり聞こえてきませんでした。
年齢がそれなりなので体力の問題で集中が切れることが多いのですが、たまには集中できるものだと思いました。
たぶん、疲れて果て、昨晩10時間ほど熟睡していたからでしょう。朝から頭すっきりでした。


さて、今日の16:30が4年生(18ゼミ)の卒論提出締め切りでした。
18ゼミ生全員無事に提出を終えました。
一度私に提出し、添削を終えたものだけ提出可能としているのですが、一番早いゼミ生は12月末には私の添削まで終えていて、1月7日に卒論提出を終えました。
一方、一番最後は、ほんと最後までハラハラドキドキでしたが、本日の朝一番には私の添削を終えることができ、本日9:30には卒論提出完了。ほっとしました。肩の荷が下りた感じです。
18ゼミ生は当初12名でした。しかし4年生として在籍しているのは10名。
卒論を提出したのはその10名でした。

ただ、卒論は終わりましたが、通常授業の単位がまだ不足しているゼミ生もいるので、後期の定期試験で踏ん張ってほしいと思います。
ガリラボでは、これまでも4年生後期でかなりの単位を取っていた猛者がいました。記憶に強く残っているゼミ生ばかりで、在学生にもよく名前が知られています(私がよく話のネタにしているからでしょうが)。
GPAはかなり低かった学生ですが、それらの猛者たちは案外と社会で活躍しているんですよねぇ。(もっとも学生時代も活躍はしていました。単位で活躍してなかっただけです。笑)
これらの猛者たちは、学生としての最後を、学生らしい生活となり、学生として上り調子で終わることになり、その勢いで社会人なったことが社会人としての活躍に少なからず影響しているのではないかと思います。
学生から社会人へのスムーズなトランジションの仕方も色々です。^^;



18ゼミ生の卒論が終わると、今度は19ゼミ生の卒論が始まります。
今日を締め切りに19ゼミ生の卒論のついての希望調査を行っています。
17時現在で11名が提出しています(残り3名)。
玉名市と連携する2テーマとそれ以外についてどの方向で行きたいかと質問への回答がご覧の通り。私に説明が悪かったのか、すごく偏ってしまいました。

どんなことをやってみたいか、また意気込も書いてもありました。Office365 Formsにはワードクラウドが表示されます。わずか11名なので文字の大きさにそこまで意味はありませんが、どんなことを書いているかなんとなく想像はできます。
偏ってしまった希望を、私が割り振ることになりますが、振り分ける材料がないので、書いている内容を参考にしようかと思います。
例年のことですが卒論チームを決めるのは神経を使います。



追記
朝から書いていた論文はとりあえず最後の結論までたどり着きました。
その過程で新たな疑問点が湧き、研究テーマが2つほど浮かび上がり、そのうちのひとつは興味深いテーマのように思えたので、共同研究者と深堀していくことにしました。
新しいテーマを思いついたのは、書いていく作業をしたおかげです。
自分の考えを書いて整理していく作業は、思考を外化し、それが内部へとフィードバックされていくプロセスを生み出すので、外部と内部とのインタラクションから思わぬ創造を生みだこともしばしば。
思考の整理に向けた「書く」という行為は、始めるのが面倒ですが、やっていくべきですねぇ。
  


2022年1月28日金曜日

ラスト18/19/20ゼミ

本日で金曜日の授業はラストになります。このためガリラボのゼミは最終日となりました。

特に18ゼミは学生生活最後のゼミとなりました。が、感染急拡大のため、最後の最後もオンラインとなりました。
最後は2年半の振り返り。全員が2年半の間のことを振り返ってくれました。

振り返りの中で一番思い出に残っているのは、興津会だったようです。
ほぼ全員が興津会のことを話していましたので。
初めて全員の力でやり遂げたプロジェクトだったので思い出深かったようです。
コロナに始まりコロナに終わる非常に特異な体験することになった18ゼミ生。
非常に特異な新社会人にもなるはずです。
その特異性を跳ね返し、社会人としてスムーズなトランジションに成功するよう祈っています。そのためはこれから4月までの生活のあり方が重要だと思いので、私からはそのことを念押ししておきました。^^;


次は19ゼミ。3年生は後期の振り返りと就活に向けた決意表明でした。
3年生も後期でもっとも印象、思い出に残るのは興津会だったようです。 

最後に記念撮影。19ゼミ生の後期はたまたまコロナの感染レベルが低かったので対面で活動できることが多く、チームとしてよくまとまっていったように思います。
4年生になっても優秀な集団(グループ)として活躍していってほしいと思います。



最後は20ゼミ
1月以降、たくさん活動してきたので、まだ2年生なので最後は軽く済ませました。

本日のメインは、春休みの自己課題を発表(宣言)。ガリラボの恒例課題です。

全員の発表の後、即座に副ゼミ長2年(20)坂本がメモをグループラインにアップしてくれました。
次が20ゼミ生の春休み期間(2/11-4/10)の課題です。^^

【春休みの目標】
稲田→毎日英単語を3つ覚える。
上村→1ヶ月3万円生活、生活改善
江崎→簿記問題集コンプリート
大山→写経に挑戦
坂本→5kg減量、簿記2級を合格点へ
竹下→新聞を読んで印象に残った記事について理由と感想を書く
徳田→体を動かす。アプリで記録。
濱崎→毎日筋トレを10分以上する
藤田→毎日7500歩歩く
松岡→10分以上の動画を作る
松本→毎日、料理に挑戦
安田→字の癖を直す、ダーツのハットトリックに挑戦

4月最初のゼミで目標をどうクリアしたか、プレゼンしてもらいます。私からはそのプレゼンの仕方を工夫するようにと注文を出しておきました。

以上、コロナ禍に翻弄された2021年度のゼミが全て終了しました。
コロナ禍の中でしたが、ガリラボのゼミ生みんな、ほんとよく頑張ったと思います。
優秀でした!


2022年1月27日木曜日

マルチリンガルなタマにゃんは可能か

3年生の書籍が完成し、原稿を業者さんに昨日入稿したので、今日のガリラボは閑散としています。ひとり静かにあれこれ作業したり考えたりしてました。

ひとつアイデアを思いつきました。

先日、アラビア語で四苦八苦したことはガリラボ通信で紹介しました(ガリラボ通信2022/1/21)。その時に助けられたのが自動翻訳でした。

実に素晴らしいツールだと思いました。

計算に関するツールは電卓、表計算などが登場して仕事など激変していったわけですが、言葉に関するツールもこうして発達していくと色々な変化が生じるのに違いありません。

現在、自動翻訳は、専門書のようなものだとプロの翻訳家と同等レベルになっているようです(専門書だと文章が比較的精密に記述されているからでしょう)。

コンピュータを作るのが重要だったころ、人々の興味はコンピュータそのものでした。しかし、今はもうそうなことはなくコンピュータは透明化しており、それを使った応用の面が大事です。

電気などもそうで、電気を作ったり送ったりする技術が貧弱だったころ、エジソンの頃などは、電気自体が興味対象でしたが(昭和の時代もまだそうした時代だったものですから、私なども電気工学科を目指しました)、今はもうではなく、その応用が重要です。照明デザイナーとか、電気を応用する方が大事です。

言葉(外国語)も将来的にはそうなっていくのかもしれません。いや、多分そうなっていくでしょう。もちろん一部の人は今でも電気自体を対象にしなければなりませ。外国語もそれと同様で一部の人は外国語自体を対象とする必要があるでしょうが、一般の人は外国語自体をあまり意識することはなくなっていきそうです。

送配電網が完成し安定して電力が共有されるようになると人々は電気そのものを意識しなくなりました。

言語によるツールが発達し安定していくと、人々は外国語というものを意識せず使っていくようになるのではないでしょうか。

例えば「外国語を使えるようになりたい」という願望は、電気が安定供給できなかった時代と同じ意識かもしれません。将来的には「外国を使えるようになりたいですか」という問いかけ自体があまり意味をなさなくなる可能性があります。

そんなことを考えていたら・・・、来年はタマにゃんを多言語にてみようかなと、マルチリンガルに挑戦してみようかと、そんなことをふと思いつきました。

数年後には恐らくパンデミックも終息し、観光需要は増えていくのに違いありません。そうしたらインバウンドの増大も見込める。

ある調査で、色々な国の人に対し、世界の中で旅行に行きたい国はという質問をしたところが「日本」が1位だったという話を聞いたことがあります。

真偽のほどは知りませんが、火のないところに煙は立たないでしょうから、少なくとも上位にあるのに違いありません。

外国のみなさんからみたら、とりあえず「Japan」というのは良い印象みたいです。もちろん、そのときにイメージしているのは東京や京都というところなのだと思います。僕らがUSAというときどこを思い浮かべるか想像してみればそれは明らかです。少なくとも「日本=熊本」ではないでしょう。

良い印象のはずの「Japan」を前面に出してタマにゃんを多言語で紹介していくも面白いのではなかろうか、と。

Youtuberタマにゃんとして撮影してきたこれまでのコンテンツを多言語化していくのは面白そうです。

これまで国内だけ意識していましたが、世界に向けてやったら何か違いそうです。コメントが来たら、その国の言葉で返信していくようにします。ひょっとするとどこかの国でブレークするかもしれません(場合によっては炎上するかもしれませんけど笑)。

日本の有名なキャラクター:タマにゃん

というのを自動翻訳でいくつかの外国語に翻訳してみると、

(英語)Famous Japanese Character: Tamanyan
(中国語)日本著名人物:Tamanyan
(仏語)Personnage japonais célèbre : Tamanyan
(独語)Berühmtes japanisches Schriftzeichen: Tamanyan
(スペイン語)Personaje japonés famoso: Tamanyan
(露語)Известный японский персонаж: Таманян
(ポルトガル語)Famoso personagem japonês: Tamanyan
(エストニア語)Kuulus jaapani tegelane: Tamanyan

となりました。英語以外は合っているどうかまるでわかりませんが、通じなかったら通じないで仕方ありません。元々我々の力ではコミュニケーションできなかったわけですから、通じなくても悲観することはありません。

さらにこうしたテキストは音声合成によって発音させることもできます。

色々な国向けに、玉名市をその国の言葉でバーチャルツアーできるようにしてやると楽しそうです。

昨年、オリンピックの合宿で玉名市に滞在したのはアンゴラ共和国の選手団でした。開会式でタマにゃんのマスクをつて行進したのは記憶にあるところです。アンゴラはポルトガル語が公用語のようです。ポルトガル語でアンゴラの方々向けに発信をやってみると良さそうです。

自動翻訳という新しいツールの応用を学習(研究)していく意味で、来年度は、4年生と一緒にこんな活動をやってみようかと思います。

面白くなかったら、即座にやめます。


2022年1月26日水曜日

書籍「きょうみしんしん」原稿完成

書籍「きょうみしんしん」がついに完成しました。
編集委員は終わって、ガリラボ内で倒れてました。疲労困憊とはこんな感じでしょう。
つい先日も、夜に連絡したら3年(19)川口から「川口、中西、元山の3名が屍になっております…」との返事がありました。目に浮かびます。笑
年が明けてから土日返上で作業してきて、ようやくゴールテープ(仮のですが)が切れました。

書籍のカバー


表紙と裏表紙

本文は次の文章からスタートします。210頁の書籍となりました。


よく頑張りました。
次はサンプルが届いてからの校正作業が待っています。
それもまたちょっと大変ですが、とりあえずしばし休憩・・・ではなく、試験やレポートが待っているはずです。
屍になることなく、しっかり乗り越えてほしいと思います。笑

<おまけ>
終わって、しばし動けず、屍の状態になっておりました。
突っ伏したまま2人して話をしております。笑



2022年1月25日火曜日

日本一のオンライン同窓会づくり~教員の立場から

今日も朝から19ゼミの書籍「きょうみしんしん」の編集チーム3年(19)川口、中西、そして元山が叫びながら作業をしておりました。
夕方までにはほぼ最後までたどり着いたようです。
編集後記を添削していたら、その中には「トラウマになりました。次に編集の機会があったら絶対にやらないと思います」といった感想が書いてありました。
思わず「にやり」としてしまいました。
たぶん、4年になったら、似たようなことをまた命令したいと思います。笑
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
その時はまた、今回の経験を生かし、さらにパワーアップした形でやってくれるでしょう。

さて、私の方は、添削作業(結局、200頁ほど全てを読みました)の合間はパワポづくりでした。
私の次のひとこと



で19ゼミ生の後期の修羅場は始まったわけですが、ようやくゴールを迎えようとしています。
書籍づくりも今日でゴールを迎えそうだし、社会人基礎力育成グランプリ九州・沖縄予選の2月12日です。
グランプリ予選は、WebExでのオンライン発表となりまs。
作業の合間、発表に参加する3年(19)村上とWebExの接続テストや使い方を勉強しておきました。ZOOMとはちょっと勝手が違いますが、なんとかなりそうです。
さらに、その合間、予選で、教員が4分間のプレゼンをしないといけないので、上で述べたように発表パワポづくりでした。


私の役割はプレイフルな場(空間)をどうにかして作ること。それができれば、後はガリラボの優秀なゼミ生たちがどんどんと成果をだしていってくれます。
そんな話を4分間で伝えられればと思っています。


発表チームとは2月4日と2月10日にリハーサルを行う予定です。

 

2022年1月24日月曜日

3年ラスト19幹部会議/シャネルの名言

学年末が近づき、色々と最後とかラストとか話す(書く)ことが増えていきます。
今日は3年(19)ゼミ生のラスト幹部会議(オンライン)でした。
今週末の最後のゼミの内容について打ち合わせでした。
最近、議事録をみていない気がしています。ただ、記録として後になって大事になるものなので最後の幹部会議の内容は書いてくれるといいかなと思います。笑
もっとも、オンラインの様子からもわかるでしょうが(オンラインになってない!)、幹部は書籍づくりの編集を兼ねているため、研究室でそれどころでもない状況なので、たぶん無理でしょうねぇ。^^;




私事ですが、家内が週末から不在にしており、そのため超不慣れな家事をせざるを得ず、朝から洗い物をしていたら、テレビでシャネルの名言が紹介されていました。
シャネルとは女性だったのですね。
紹介されていたのは次の名言。

30代、50代のことは、それはそうだなと思います。ただ、20歳とは、自分とは無関係であり、”自然が生み出したもの”という表現は新鮮でした。
それを聞いて、小林秀雄もどこかで似たことを書いていた記憶が蘇りました。「赤ちゃんを見てごらんなさい、自然そのものだ」と(芸術は人工物であるという話題の中での発言だったと思います)。
話を戻すと、20歳とは自分で努力したものではなく、自然が授けたものだから自分ではどうしようもないわけですが、それ以後は違います。
自分の生き方、どういった価値観を持って生きていくかで顔は変化していくわけで、20歳になると顔に個性が刻み込まれいくことになります。
ゼミ生などは、個性というものがこれから重要になっていくわけで、どういう生き方をしていくか重要になるわけですね。
自然の手に乗り運ばれてきた道のりから、自らの足で歩き方向を選んでいく人工的な道のりが始まります。

ところで、私の場合はもう60歳代なので、もうどうしようもありません。
なので、顔自体はもうどうでもよく、それよりも私にとっての一大事は、今日だったはずが明日帰るとの連絡が家内からあったことです。
シャネルの名言は私にとっては他人事で、自分事は、後1日をどうやって乗り切ろうかということで、今日はそればかりを考えておりました。


2022年1月23日日曜日

週末のガリラボ:有終之美を飾ろうとする努力

日曜日ですがあいにくの雨。
テニスも出来ないし、それ以上にやるべき作業があったので朝から今日は大学で仕事をしていました。
そうしたら私以外にも2人ほど出てきて、黙々と作業してました。
19ゼミ生が作っている書籍の編集作業です。
この2人、昨日土曜日も朝から作業してました。

作業スペース。ただいま2人とも休憩中のようです。

ランチタイムでした。^^;

編集作業というのはやったことがある人しか分からないと思いますが、超地道な作業で、非常に神経を使う大変な作業です。
ものすごく時間がかかります。
出来上がった本を見ているだけでは、それがどういった苦労して出来上がっているのかたぶん想像できないでしょう。
音声データの文字起こしも大変ですが、それ以上に編集作業は大変です。
内容を十分に理解してないといけないので、他の人に作業依頼もしにくいところがあり結局、よく分かっている人がやり続けないといけないという・・、編集とは過酷な作業です。
  
「大変だろ?」と話しかけると「大変です」との返事。
もう笑うしかない・・という感じでした。笑


この2人から書籍に入れる文章の添削依頼が頻繁に届くので、その都度添削して送り返しています。

ようやくそれも終わりに近づいたようで、昨日、「あとがき」が届きました。

有終之美

とのタイトルがつけてありました。内容を読み感動しました。川口が書いたのでしょうか。いい文章です。出版する前なのでフライングではありますが、紹介したいと思います。

有終之美

あとがき

  縦の糸はあなた 横の糸は私
  逢うべき糸に 出逢えることを
  人は 仕合わせと呼びます

有名な中島みゆきの「糸」という歌詞の一部である。
「津曲ゼミ」という縦糸は、これまで脈々と受け継がれてきた。
ゼミ生達は色も太さも種類も違うそれぞれの横糸を、迷いながらも確実にそこへ編みこんでいく。
この書籍を作るにあたり、縦糸を辿っていると過去の先輩方が織り成してきたたくさんの歴史を感じた。
その時代時代によって、作られた布の模様は様々だが、全てに想いが溢れており、どれも輝いて見えた。
津曲19ゼミ生は今、この強固なコミュニティーの中で和と個の力を育んでいる。
そうした揺るがない基盤の上に、今後、更なる展開が広がっていくだろう。
社会へと出会いの場が移り、縦糸が変化しても、培った個の力で豊かな横糸を織り成していけるはずだ。
数あるゼミの中から「津曲ゼミ」を選択し、私たち19ゼミ生は一つに集った。
そして今回、興津会や書籍づくりを通して卒業生や他学年のゼミ生と絆を深めた。
繋がりは、人同士の出会いだけでなく、未知なる自分とも出会わせてくれる。
津曲ゼミという場に出会えたからこそ紡がれた幸せがあったと、心から確信している。


有終の美とは、「物事をやり通し、最後を立派に仕上げること」という意味です。まさに、19ゼミ生がやってきた興津会プロジェクトの最後の仕上げ作業を3年(19)川口、中西の2人が担当してくれているのだと思います。
特にこの週末を時間の全てを捧げながら。
地道で緻密な大変な作業ながらも、合間に一緒にランチも食べつつ、こうした仲間との作業は(私には実に学生らしい活動に見えます)、コロナ禍という災禍を過ごさざるをえなかった大学時代の思い出のひとつとして(濃い色の横糸となって)2人の中に強く残っていくのに違いありません。


良い思い出は、仲間と共に苦労して問題を乗り越えていったときにつくられていくものです。