2015年4月12日日曜日

モモと演劇

久々に土日に予定が何も入っておらず、情報取集と溜めていたプライベートな
作業にこの2日間終始してました。
情報収集といっても一つは明日の大学院講義の予習なのですけど・・・
明日の講義は、ミヒャエル・エンデの「モモ」を用いて、情報と産業とが
結びついた現代社会で、私たち生活者に及ぼす影響について理解することを
目指すものです。

はっきり言いまして、非常に面白いものです。
私たちが、広告業界といった情報産業からどういう意味で操作されているか、
深いレベルで解明していくものです。
 
その予習をしながら、合間に、東北発☆未来塾で4月6日から始まった平田
オリザさんの番組を視聴しました。これも非常に面白かった。

 
津波で壊滅したある集落の住民は、全員、避難を余儀なくされていたのですが、
その集落は行政に頼ることなく、自分たちで手早く復興構想をまとめ、高台への
移転を開始できたのでした。
その出発点となったのはその集落に伝わっていた祭り(獅子舞)だったのです。
祭りを見学し、住民の話を聞いた後、学生たちに、祭りが住民をまとめ、それが
復興へとつながっていったことを平田さんは説明されていました。その最後に、
 日本はかつて、地縁血縁や企業などの利益共同体でつながっていました。
 しかし、そうした共同体が崩れた今、人々をつなぐのに必要なのは「関心共同体」。
 文化活動をはじめ、好みや関心に応じて出入り自由な共同体のことです。
 しかし今は、「利便性を追究するあまり、一見無駄に見えて実は社会にとって必要な
 機能(文化活動など)」が失われている(参照:東北発☆未来塾
と話されていました。

この話を聞きながら、ミヒャエル・エンデがモモを書いた時の問題意識と同じだなと
感じました。
労働が抽象化されて、誰でもできる形式となり、現代が人々を均質化させていったのと
同様(学校という社会装置はそれを促進させているわけですが・・・)、そうした労働が
生み出した商品で地域も均質化されていった。
現代とはこうした流れの中にあります。
司馬遼太郎が、文明と文化との違いを「アメリカ素描」か何かで書かれていました。
文明化とは均質化を促していくものですが、グローバル化でそれがさらに加速されて
いるのが現代です。
こうした状況を打開するために、関心の共同体を作り出すことが必要で、そのためには
演劇が培ってきた手法が役に立つのだと平田さんは番組の中でお話しされていました。
演劇とは、関心の共同体を作らないと成立しないため、演劇が持っているノウハウが
復興において活用できると説明されていました。
詳しいことは番組をご覧ください。
とりあえず明日の講義では輪読会の後、時間があれば番組を見てみたいと思います。
 
さらに、もやい塾のメンバーにも一度見せたい。
番組では、復興のために次のゴールデンルールが紹介されました。
多様な視点を持つ人たちをまとめていくには関心の共同体が不可欠だと平田さんは
言われます。
興味もあったりなかったり多様な学生たちが集まる大学の必修の授業は、多様な視点を
持つ人が集まる地域と基本的に同じです。
特にもやいすと(地域)ジュニアは250人の住民から成る集落と考えてよいでしょう。
となると、演劇には、もやいすとの講義をうまく行かせるヒントがありそうです。
熊本発☆もやい塾のメンバーは、平田さんの東北発☆未来塾をしっかりと学んでほしいと思います。
 
 


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