2019年5月18日土曜日

Society5.0を読み終えて

情報社会の次の社会「Society5.0」に向かうための課題を解決するのに、日立と東大とが組織間で連携して取り組んできた「ハビタットイノベーション」プロジェクトをまとめた書籍「Soceity5.0」を先日ようやく読了しました。
現在の多様な情報が飛び交う情報社会から、センシング技術などで(いわゆるIoTにて)現実空間を可視化するデータを中心にした社会「データ駆動型社会」あるいは「データ社会」への移行が模索されている様子が描かれていました。

これまでの社会は、(1.0)狩猟社会から始まってその時々の基幹技術によって次の変化を遂げていきました。
(2.0)農耕技術という基幹技術の発明
狩猟民は土地に定着し家畜を飼い、穀物を生産するようになった(農耕社会)。集落単位で共同体が形成され、土地に根差した経済社会システムが形成され、同時に人々の間に支配・従属関係としての階級制が導入された。
(3.0)蒸気機関を中心とする基幹技術の発明
工業化が進行し、人々は故郷の村を離れ、都市に大規模な労働力が提供されていく(工業社会)。階級制は徐々に薄れていった。
(4.0)コンピュータや通信技術という基幹技術の発明
メスメディアが広く普及し、地域間での情報格差が縮まり、ヒト・モノ・カネの流動性が高まる(情報社会)。

そして、情報社会から徐々に、明確な意図の下に、次の社会への移行が始まっています。
(5.0)IoTなどのデータ化とそれを活用する基幹技術
社会全体をリアルタイムに計測・分析し、最適化制御できる技術の発達により、サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合するCPS(Cyber Physical System)が可能になる(データ駆動型社会=Society5.0

ひとつの安定的な社会が形成されたとき、そこで生活する市民とは、その社会に応じたリテラシーが要求されていくはずです。
日立東大ラボで議論されているSoceity5.0に向けたハビタットイノベーションでは、市民の高度な情報リテラシーに期待した改革がイメージされているようです。
さて、ハビタットイノベーションですが、まずこれは社会課題を
  構造転換技術イノベーションQoL
に因数分解して考えます。
詳細は省きますが、構造転換や技術イノベーションは、これまで政府・行政・企業が主導してやってきたものです。しかし、ハビタットイノベーションでの考え方においては、データ駆動型社会では、
  住民がデータを活用して住民基点のイノベーションを起こすこと
が重要だと主張されます。そして、
  住民が主体的にデータを活用するで、社会課題解決と経済成長を両立させ、
  持続的に都市を刷新していく状態をつくること
がハビタットイノベーションを通じたSociety5.0の実現であるとのことでした。

住民(市民)によるイノベーションが進むには多様なデータがオープンデータとして提供されていることが前提となります。
現時点で、総務省が音頭を取り自治体のオープンデータ化の取組みが進められていますが(地方公共団体のオープンデータの推進)、それは今後のSociety5.0を目指した動きのひとつなんだということを理解しました。

ところで、社会の変革といっても、それに対応する市民が存在しなければ、そうした社会の実現は不可能です。
現在のような書き文字を前提とした社会を作るには、全ての市民が文字が読めるリテラシーを身につけてなければ不可能です。
文字を使った社会は効率が良いので、その方向に向かうため、学校の教育にそうしたリテラシー修得の役割が組み込まれました。
情報社会は、コンピュータ(今だとスマホが重要ですが)の利活用を市民ができるようになって初めて可能になるので、コンピュータの利活用が教育として実施されてきました。
大学教育の中で、「一般」情報処理教育が始まったのは1990年頃からです。
それから約30年が経ち、世の中は、データを基礎にする社会へと動き出しました。
今後のデータ駆動型社会では、データや情報を読み解く、高度な情報リテラシーを持つ住民(市民)の育成が要求されるようになっていくはずで、そうした育成は、教育機関に役割が期待されてくるでしょう(これまでの歴史を振り返れば)。
なので、先進的な大学ではデータサイエンスを一般教育として提供し始めているところも出てきているようです。
ただもちろん、それだけに偏るとまた拙いわけで、それに警鐘を今から鳴らしている方々もおられます。

「データを解せば世の中が変わる」は危険

ということで、上の参考資料にあるセンスメイキングも含め、理系の知と人文系の知、双方の知ともにしっかりと学んでいきたいものです。

ところで、今さらですが、先日、挑戦した「チャレンジ!オープンガバナンス2018」コンテストとは、自治体のオープンデータを活用した市民のイノベーションに期待するコンテストであったようです(当日の様子:ガリラボ通信2019/3/11)。
今頃!?と言われそうですが、Society5.0について少し理解してようやくきちんとコンテストの意味が理解できました。
そしてまたどうして東大の公共政策大学院が主催しているかも理解できました。
オープンデータを用いた市民による社会課題解決というハビタットイノベーションの考え方の中でのイベントであったのだと思います(推測ですけど)。
ただ、私たちがやったこともそうですが、他の取組みもこの理念を充実したレベルで実践していた取り組みは(今思えば)少なかったように感じます。
改めて、新しい社会に向けた市民育成が今後の教育機関の課題であろうと思います。
 

ところで(・・とまた話題は飛びますが)、現在、「地域と情報」という授業を急遽担当することになり、ただいま泣きたい思いで準備などしています。笑
大変ですが、担当することになって勉強せざる得なくなり、おかげで知識も増え、その結果、この科目は、ここまでで述べてきたが人材育成のための授業だと確信するようになりました。
当初は、地域情報化という、現在の情報社会での視点でカリキュラムとして配置した科目でしたが、どうもそういうことではなく、これからのSociety5.0に向けた人材育成にむけた(意図せざる結果でしたが)先進的な授業と捉えた方が良いことに気づきました(特別講義をしてくれている佐藤にとっては当然のことだったのでしょうけど。周囲がそうした頭がまるでなく、情報社会の頭でみているため、内容をかなり誤解している可能性があります)。
また、ローカル科目としての「地域と情報」のペア科目としてグローバル科目に「インターネット論」というのを配置しましたが(こちらは今年は休講)、これもSociety5.0の視点での人材育成に向けた授業として捉えた方が良そうです。
ネットを活用してグローバル事業を展開するGAFAのような企業についての話も重要なのかもしれませんが、本学のように地域を強く志向する学部の場合、ICTを用いた街づくりが世界中でどのように行われているのかを学んだ方が良いのかもしれません。
Society5.0の前身としてスマートシティの取組みが国の内外でグローバルな動きとして進行していています。それらの取組みはオープンデータを活用した市民主導の部分も多くあるようです。
インターネットをフル活用した街づくり(や都市づくり?)の話などは、熊本県にとっても無視できない話でしょうから、そうした視点を持つ人材を社会に送り出していった方がGAFAだけよりは良さそうです。
Socieyt5.0実現に向けたハビタットイノベーションという視点で、ミクロ情報社会学IとIIとしての「地域と情報」と「インターネット論」を構想するのも良いのかもしれません。
オープンガバナンスに挑戦する総合演習とかを組み込んでもいいかもしれません。

今日は読書感想文のようになってしまいました。
非常に固い話で、ゼミ生はここまでたどり着いてないかもしれませんが、たまに良いでしょう。^^;


Soceity5.0の次はセンスメイキングについて読もうと思いましたが、ドイツがアイデアの出発点になっているらしいIndustry4.0について次に勉強しようと思います。
ゼミ生も読書は怠らないように。
卒業生の場合は<新たな>勉強をする機会がなくなっているはずなのでさらに必要です。
 

 


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