2015年6月4日木曜日

身体性を活用する表現の道へ

演劇を研修に取り込む!
この場でよく紹介する中原さんのブログで演劇のことが取り上げてありました(こちら)。
 
非常に興味深いものです。

先日だったでしょうが、雑談している時、今、どこのゼミも映像をやり始めましたね、と
M2(14)吉村。
実際そうです。
多くのゼミで映像を表現の方法として導入しており、映像は完全にごく普通のメディアと
なりました。
20年ほど前、ワープロの黎明期、ワープロ文書はごく一握りの人が使っていたものが、
しばらくして誰でもが使えるツールとなってきたのと同様かと思います。
今はワープロ文書が当たり前となった結果、手書き文書が先端になっている気がします。

映像は強力な表現メディアですが、しかし表現のひとつの方法でしかない。
それを絶対視することは、あまり良くないのではないかと思い始めています。
映像がこれだけ日常化した今だと尚更そうで、映像は、表現の一部と割り切ってしまった
方が良いのかもしれません。
例えば、表現している身体の一部に映像を組み込んで、それ全体で何かを表現していく
ような、そんなことが必要なんだろうと思います。
ワープロが日常化し、そして電子メールが日常化した今、手書きの手紙は時代の先端です!

表現の先端を走っている人たちはそれをすでに実践しているはずです、きっと。
手書きの手紙に相当するものは何なのでしょう?

たくさんの正解があるのだと思いますが、私が気になっているのは「劇」。 
最近は、もやいすとシニアの講義でやろうとしている対話劇について考えていて、また
コミュニケーションの問題を扱ってきた昨年までのチームJob'sでは即興劇(インプロ)に
ついて考えてきました。
どちらも、表現の方法として共通の「劇」というものがあります。
運命なのでしょうか。
表現としての「劇」の重要性にガリラボは引き寄せられているようにも感じます。
そんなとき、中原さんが演劇と研修とがセットなったプログラムの案内をされていたわけです。
やはり運命でしょうね。
ガリラボの中で静かに育ってきている動きに、強い刺激を与えてもらうものでした。

どこも映像をやり始めている。
映像だけではちょっと物足りなくなってきました。
面白いこととやるのがガリラボの特徴でしょうから、映像オンリーから抜け出し、
それを越え、映像はひとつの要素として活用していくような、新しい表現に挑戦して
いきたい。
そのとき、身体性は手書き文書に相当するものと思われ、そうなると今後重要なポイントに
なるはずです。
身体をフルに活用する新たな表現の道へと入っていくかもしれません。
どういう道であるかは不明ですが、非常に興味深い。
そこは、プレイフルラーニングの世界のようにも思えます。
よくわかりませんが、勇気を出して最初の一歩を踏み出し、手さぐりで少しずつ進んで
いきたいと思います。
 

脈絡はないですが、今日知った奇抜な表現です(こちら)。
ごはんをラップで包んで絵を描いたもので、「ゴハンアザラシ」だそうです。
写真とそのコトバの組み合わせが絶妙。
こんな表現をどんどん生み出していくようになりたいですね、ガリラボのゼミ生は。
  
 
 
   
 

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