2021年4月21日水曜日

朝、カラフルなランドセルを見て

幼稚園の年中さんになったばかりの孫娘が、小学校になったら水色のランドセルがほしいと話しているということを聞きました。

水色・・、そんなのがあるのかと驚いたのですが、4月になり、小学校の授業が始まり、楽しそうに駆けているランドセルを見ていると、これがまたなんとカラフルなことか。
水色どころか、多様性そのもの。
今はたくさんの色がランドセルに使われているんですね。

きっと以前から見かけてはいたのでしょうが、「水色」という刺激が頭にインプットされるまでランドセルの色が知覚されることはなく、まったく気づきませんでした。

多様な色のランドセル!!! 少し昔だったらあり得ないことでした。

昔は、黒と赤しかなく、黒は男の子、赤は女の子が使ものというのが「常識」でした。
ランドセルの色という方法を使って、誰もが見える形で男女の間に線を入れ、区別することやっていたわけです。
そうして人(子どもたち)を2つに分けることが当たり前でした。
また同時に、分けられた子どもたちも色の差異によって自分たちの性別というものを(社会的に)自覚させられていったはずです。

そういった時期、黒と赤がほとんどの時代に、異なる色のランドセルが登場したら、いぶかしげな視線を送られたのに違いありません。

そうした視線に息苦しさを覚える子たちもいたのではないかと思います。

多様な色が登場したことで、ランドセルに関するラベル付けは緩やかになったので、この点については息苦しさを多少は解消できているのかなと、そんなことをカラフルのランドセルを見ながら思いました。

ただ、同時に別なことも・・・ラベル付けが緩くなった結果、全員が同じ土俵に上がらされあっとき、果たして男の子たちは大丈夫だろうか、と。笑
少し気になります。


男女の区別の件でもうひとつ。

大学のホームページに教員紹介用のサイトがあって、その情報は教員が各自書き込むのですが、その登録画面に次のように、性別を選ぶ項目があります。

これは必ず選択しないといけないことになっており、さらに選択肢には「男性」か「女性」かしかないのです。


性別についてはホームページ上では次のように表示されます。
性別とか、どうして表示する必要があるのでしょう? 謎です。
どういった方が、このシステムの設計に関わったのか知りませんが、現代の感覚とは随分とずれてますね。
ランドセルの多様化を進めていった人たちが持っている「人に対する感覚」とはかなり異なっているのではないかと思われます。