2019年4月17日水曜日

ミクロ/マクロ情報社会という区分が可能か?

今日はガリラボとはまるで関係ない内容です。
また、タイトルがタイトルなだけに、読んでくれる人は少なかろうなと思いつつ、あえて固い内容を書きました。m(_ _)m

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昨年秋出版され、ベストセラーになった「ホモ・デウス」をようやく読み始めました。
まだ上巻の途中ですが、ここに人類が起こした2つの革命(農業革命と科学革命)によって生じた精神的な革命に言及されています。
宗教革命と人間至上主義の2つ。
農耕の発達は、世界に人間を中心にした一定の秩序を生み出した。例えば、その革命において人間の下に配置されるものとして家畜というものを誕生させることになる。
狩猟時代には互いに対等な関係(食うか食われるか?)であった両者がそういった関係になっていったわけであるが、他の動植物もそうして人間の支配下におかれるようになり、それを正当化する根拠として宗教が誕生していったのだと、この書籍では論じられている。
非常に新鮮だった。
その後、科学革命によって人間至上主義とでもいうべき宗教観へと従来の神にもとづく宗教観はとってかえられていく。この辺りは、科学史家の村上陽一郎も議論して、聖俗革命と呼ぶ流れの中でよく理解できた。
科学の発達は、人間の理性を高度に働かせていけば自然界は支配下におけるという信仰をを生み出す、おそらく現代の文明社会の人間はほぼ素朴に、そして無意識にそう考え行動していると思う。
それは、ニュートン以降の近代科学の発達からもたらされてきたものだと、この書籍では論じていた。
まだ上巻だけだけど、非常に面白い展開で、興味深いものでした。

それを読みながら考えたのが以下です。
ただし、思いつきをそのまま書き進めるので、間違いも随分と含まれていると思います。
以下、雑なメモ書きが転がっているぐらいのつもりで、(もし読む場合は)読んでください。


私が担当する情報社会についての授業では、時代に沿って社会を、狩猟社会、農業社会、工業社会、そして情報社会に区分し、それぞれの時代変化(相転移)の契機をテクノロジーの発明によって説明しています。
そして、その変化の結果、その分野に従事する労働力の増減=人口移動によって説明することが多いのですが、ホモ・デウスでの時代変化についての視点を学び、人口移動という社会変化の上に人類の精神的変化が重なりながら歴史が作られてきたことを知りました。

非常にマクロな話です。だから何だとも思います。
しかし、人間の行動の原理的部分を支配している思想を、ホモ・デウスにあるようなマクロな視点で捉えておくことはきっと大切ではないかと思います。
(そういった授業だと寝てしまう学生が多発しそうですけど)

日本で情報産業という言葉を生み出した梅棹忠夫という学者がいます。
この方は、社会をマクロにとらえていた方で、そのマクロな議論の中で「情報産業」という概念も初めて作られました(コンピュータ産業でなく、情報産業です)。
梅棹や、ホモ・デウスのような視点で人間社会を捉え、現代の情報社会を読み解いて行くやり方を、マクロ経済学という言葉を比喩として使えば、そうした分野は「マクロ情報社会学」とでも呼べるかもしれません。
私が2年生で行っている授業は、こっちに近い(修正がする必要がありますけど)。

一方、今年、やる(やらされる?)ことになり、(ほんとに、絶望的に)四苦八苦している「地域と情報」という授業は、上での対比で言うと、非常に地域での具体的な人々の行動を議論するもので、先の経済学の言葉と対比させれば、「ミクロ情報社会学」といってもよいのかもしれません。
また、ミクロな行動には、インターネットを使って同様に具体的な行動をしている人たちがいます。たとえば、GAFAと呼称される企業の人たちはグローバル展開はしているものの、行動自体は具体的なものです。この意味で、これらも「ミクロ情報社会学」と呼んでよいのかもしれません。こうしたグローバルな具体的な動きを扱う(はずの)授業は、インターネット論というのがありますが、今年度はこれは誰の手にも負えず、休講(果たして、誰が担当することになるのでしょう)。
ローカルおよびグローバルな領域でミクロ情報社会学が対象とする”人々の具体的な情報行動”の集積が、私が2年生の授業で扱うマクロ情報社会を形作っていると考えるとなんだかすっきりします。
このように、マクロ情報社会学が人類史レベルで起きている現象まで取り込んで情報社会を考えていく立場だとすると、現在私が担当している授業内容はミクロとマクロの話が未分化のままで、両者が混同・混在しているところがあるので、将来的にはそのあたりを整理し修正していく必要があるのかもしれません。
ただし、私が大学に在任している間にまでやり遂げるのはちょっと難しそうです(勉強が追いつきそうにありません)。
「地域と情報」という授業を急遽担当することになり、絶望的な気持ちに陥り、その混乱によって私の中にもたらされた矛盾をどうにか解消しようとした結果が、上記のストーリーを生んだのかもしれません。
情報社会学だけを担当していた今まであれば、そうした区分をきちんと考えることありませんでした。
 
昨日から「ホモ・デウス」を読み始め、その刺激を受け、自分の中でぼんやりとしていた関係を(ちょっとだけですが)すっきりとさせることができました。
書籍で得た新しい知識を使って、自分の中での考えの対立やもやもやを解消していくことはなかなか面白いものです。

どういった書籍がどう自分に影響するのかわかりません。
ゼミ生、そして卒業生、本は色々と読みましょう。
自分を成長(=変化)させるために。 




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