(1/3)ガリラボ通信2017/3/31
(2/3)ガリラボ通信2017/4/1
に続く、最後のエントリーとなります。
学生生活最後の日を学生として終えようと、年度末3月31日午前中、ガリラボに
13ゼミ生幹部の塚田ゼミ長、松崎副ゼミ長、そして多賀が集まり、タイムカプセル
づくりを行っていました。
午前中、私もそれに立ち会いました。
別れる瞬間に立ち会うのは辛いため、昼休みが終わる頃、本部棟に行きました。
夕方17時過ぎ、本部棟から戻ったら、4年(13)塚田と松崎はガリラボを
後にしており、ガリラボには4年(13)多賀と中村、3年(14)児玉、2年(15)宿利と
鍬田だけが残っておりました。
この日、もうひとり、珍しくOG(10)吉村が来ており、しばし吉村と今後の話をして
おりました。
7年ほど一緒にいました。最後の1年はほとんど関わりがなくなり残念でしたが、
大学を去るとなると、やはり寂しいものです。今後の活躍を期待したいと思います。
さて、ガリラボに戻り、TOTOROのデスクトップが変わっているのに気づきました。
変なショートカットが乱雑においてあるなぁと思ったのですが(その時は規則性がある
ことに気づきませんでした)、その時は吉村と話していたので、それ以上深く考える
こともなく・・・
私があまりにも気づかないものですから、誰かが「何に見えますか?」と聞いて
きました。
じっとみるとようやくパターン認識ができました。
ショートカットのアイコンで「13」の形が描かれていました。
驚きましたが、やはりそれ以上深く考えることはなかったので、しびれを切らした
誰かが、「よく見てください、少し違うところがあるでしょう!」とのこと。
目を凝らすと・・・・
なんと、「先生見てね!」とのファイル名の映像がおいてあるではありませんか。
意味が分かったので、まだたくさんゼミ生がいる場で見るのはやめにしました。
ゼミ生がみんな帰ってから、3月31日の21時過ぎ、夜、ひとり静かに見ました。
「先生見てね!」は女帝と4年(13)多賀と中村からのビデオメッセージでした。
私が本部棟に行ってる間に撮影したようです。
一人静かに、爆笑しながら、同時に感動もしながら、メッセージをきちんと受け
取りました。
メッセージを受け取りました。ただ、この女帝を越える人材が果たしてこれから出て
くるものでしょうか。
バイタリティがあり、自分勝手でないので他者との関係づくりがうまく、アイデアも
豊富、さらに賢い。
欠点もあるのでしょうが、ちょっと思いつかない。
13ゼミの「旅芸人一座」化も女帝が先導していたのでした。
この女帝を擁した13ゼミ生は、ガリラボの伝説になっていくように思います。
3月31日、ビデオメッセージ以外に手紙を2つもらいました。
4年(13)飯沼(左)と塚田(右)からです。
飯沼の封筒は面白い!
郵便番号:つまがり研究室
あて名:3階の一番奥のにぎやかな部屋の大家さん
吹き出してしまいました。「ガリ之介」を残していった飯沼らしいセンスだと
思いました。
さらに封筒にある文言。
ゆーっくりでも すこしずつ すすんでいるんだね それでいいよね。
「これ、先生らしいよね」ということで選んだとのことでした。
封筒の裏にも何か書いてあります。
さすがは飯沼。「ガリラボ通信には書かないように」と注意書きがしてあります。笑
しっかりしているんです、飯沼は。
注意書きを読み、ほんの数日前まで、私に小言や文句を飯沼が言ってたことが懐か
しく、もうこれから飯沼の文句が聞けないのだなと思うと悲しくなりました。
飯沼は文句は言ってましたが、それはきちんとやろうという意思表示でした。
それが分かっていたので、文句は気持ちの良いものでした。
飯沼からの文句という指摘で、私自身のやり方を修正することも多々あり、実は、
それ以上に、みんなにも優しかったですが、私に対して非常に優しかった(ほんと
です)。強く信頼していたゼミ生のひとりでした。
封筒に収められたメッセージは、「先生見てね!」の映像を見た後、やはりひとり
静かに3月31日の夜に読みました。
ビデオメッセージで笑わせてもらい、飯沼の手紙でこれまでのことを思い出しながら、
塚田の手紙を読んで、涙が止まりませんでした。
ゼミ生からの手紙でこんなに泣かされた記憶がありません。
別れることが悲しすぎました。
塚田の手紙は次で終わっていました。
塚田をゼミ長に指名してほんとによかった。
私の何かやる能力はそれほどのものではないと自覚していますが、周囲の意見を
聞いてゼミ長を指名する能力はかなり高いのではないかと思っています。
2年ほど前、この塚田をゼミ長に選んでほんとに良かったと思います。
気が利いていて、あまり私から何か言わなくても良かった。
特に良かったのは素直であったことですね。
「素直」とはすごく大事な能力だと思います。成長にも欠かせない能力ですが、
それ以上に、他者の気持ちを安定させてくれるように思います。
「せんせい」と気軽に声をかけてきて、これまでのゼミ生の中でも最も一緒にいて
気持ちの良いゼミ生でした。
塚田とのツーショット。卒業式の時以来、2回目ではないかと思います。
上のツーショットを撮ったのは松崎副ゼミ長です。
松崎は、塚田から副ゼミ長に指名されました。
ガリラボを出て行ってから、写真を送ってくれてのですが、そのメールに、
学生最後の日に、ゼミ室に行けて本当に良かったです!
大学を見てもあまりどうもなかったのですが、やっぱりゼミ室を
見るとあぁなかなかここには来れないんだなぁってしみじみと思い
ました。
最後は、願い通り、薫と一緒にゼミ室を出て、下まで降りました。
副ゼミ長を任命された時を思い出し、あの頃に戻れたらなぁと思いますが、
そうもいきません(笑)
薫はあしたから、私は3日から精一杯頑張って来ます!
また会える日まで先生もどうぞお元気で♬
後輩たちの活躍を通信で見るのを楽しみに待ってます!!
13 萌々子
とありました。最後の日、2人して、ガリラボを後にしたようです。
薫、萌々子、やはりこの連中を見送ることをせず、正解でした。
こんな感じで出ていく2人を送り出すのは耐えられなかったように思います。
だいたい、夜、4年(13)中村が、ゼミ生の最後として出ていくときもつい涙が出そうに
なったぐらいですから。
中村はまだ近くにいることになるのにかかわらずそうだったので、塚田や松崎を見送
るのは、ちょっと無理だったかな思いました。
最後の最後になって、13ゼミ生から、感謝の言葉と同時に「13ゼミ生離れ」を
するようにとの忠告とアドバイスをたくさんもらいました。
確かにその通りで、頭では分かっているのですが、気持ちの方はなかなかすっぱりと
わかってくれません。
しかし、そうは言いつつも明日(4月3日)からは新年度が始まります。
気持ちを整理し、新しい年度に向き合っていこうかと思います。
年度末、ある方が別れ際に、1教員になるのではなく、今のような仕事(管理職)も
継続してやっていかないといけませんよと言われました。
今後どうなっていくかはわかりませんが、1教員として生きていくことはやはり楽しい。
業務が増加するため学部長はゼミ生を募集しなくてよい暗黙のルールがあります。
副学長については特にルールはありませんが、ゼミ生を募集しなくても誰も何も
言わないだろうと思います。
副学長になることが決まった時、そのことでかなり悩みました。
最終的に、多忙さはプライベートな時間を削ればなんとなるのではないかと判断し、
我儘ながら、副学長であると同時に1教員であることも選びました。
その最初のゼミ生が13ゼミ生でした。
やはり大学業務が増え、従来よりもゼミ生と一緒に活動する時間はかなり減りました。
だけど、それをカバーしてくれるゼミ長、副ゼミ長、そして13ゼミ生たちでした。
私は1教員であることを選んでほんとに良かったと思っています。
未来に歩んでいく学生たちと一緒に過ごせるという幸福は1教員でないともらえません。
残念ですが、今回を最後に、13ゼミについての話題をガリラボ通信に掲載する
ことはないでしょう。
13ゼミ生からラストメッセージをもらったわけですが、このエントリーが13ゼミ生
に向けての私からのラストメッセージとなります。
かおる、ももこ、れいか、ひとみ、ゆきな、ゆりこ、ゆうき、こうすけ、
ふじむら、でぐち、いわさか。
みんな、明日からそれぞれの道をしっかりと歩み、自分の未来を切り拓いて
いってほしい。応援している。
13ゼミ、最高でした。
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