今日は昼間に白亜祭の実行委員会が、興津会で使うコンテンツの試作品づくりをやっているようでした。
早いうちに見せてほしいものです。
広報紙に私のコラムのコーナーがあります。今年2月発行の広報紙に「ほうれんそう」のことを書きました。そこに、
学生(たぶん社会人も)が、「ほうれそう」をきちんとしないといけないもうひとつの重要な意味は、ほうれんそうを行った時に相手方からフィードバックをもらえるということです。このフィードバックが成長において極めて重要な意味を持つのです。報告、そして相談・連絡することは、同時に自分のやっていることに対する他者からの評価をもらえるということ。随時、「ほうれんそう」をやっていれば、その時々で自分のやっていることを評価されるわけで、こうした評価を学習論の分野では「形成的評価」と呼び、学習=成長していく上で極めて大事な評価となります。
ということを書いています。コロナ禍のせいでしょうか、卒論はもちろんそれ以外の色々な活動も、昨年に比べてホウレンソウの力が弱まっているような気がします。
最近だと、例外的に「地方創生政策アイデアコンテスト」のメンバーはよくホウレンソウをしてきました。
最近だと、例外的に「地方創生政策アイデアコンテスト」のメンバーはよくホウレンソウをしてきました。
さて、今日は風の強い1日でした。台風14号が接近している影響でしょう。
気温が高くないので、薄着で外にいるとかなり寒かったです。
そんなとき、寒さをさらに感じさせる記事が熊日というか全国のニュースで流れていました。
全日空が希望退職者を募っていることは先にでてましたが、今日は年収3割カットのニュースでした。
社員からすると衝撃的な数字でしょう。給与に応じてきっちりと計画を立てながら生活している方も少なからずおられるのだろうと想像すると、それが破綻して大変ことになってしまうのではないかと、他人事ではありますが、心配になりました。
さらに、今週の「週間エコノミスト」を見て衝撃的でした。
コロナ禍はオンラインを促し、グローバルとローカルの区別をなくしていきそうです。
それで、コロナ禍は、大学が持っている力を白日の下にしていき、淘汰圧をこれまで以上に強くしていってるように思います。
タイトルを見て、寒さを通り越し、凍り付いてしまいました。
地方の大学はどういう方向を目指すべきなのでしょう。
オンラインと少子化によるWの淘汰圧によって、現状の姿を改革できない大学は、どれぐらい先になるかは私にはわかりませんが、「消える」方向にいくことは間違いないでしょう。
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