2010年1月16日土曜日

ソーシャルアクセシビリティ

ソーシャルアクセシビリティ

先日の仕事の流儀に出演された浅川智恵子さんの研究テーマからこの言葉を知りました。

浅川さんについてはWikipediaに経歴が書いてあります。

さて、ひとつ前のブログで原監督のことを書きました。
原監督と私とは同じ年齢です。
なんとこの浅川さんも同じ年の生まれでした。
 
原監督は小さい時からエリートコースをひた走っていましたが、監督業についてから大きな挫折を味わった方ですが、浅川さんは逆に人生の始めの方が挫折の連続だったようです。
中学校で失明されたということです。
思春期の女の子ですからね。
ショックの大きさを想像できます。
そんなエリートでも何でもなかった人が、日本人で5人目というIBMのフェローになるのですから、驚きです。

とりあえず、浅川さんのことはおいておき、気になるのは「ソーシャルアクセシビリティ」という考え方。

これは、Web上でユーザーとボランティアが協力して一緒にデータを作っていくというもののようです。
ホームページに第三者が付加的にデータを付け加えていくという、そんな構想のようでした。

Googleマップをユーザーがデータを追加していくことで、カスタマイズしていくのと似ているのかなと思います。

ひとりが、ひとつの企業が頑張ってユーザーに良い環境を提供するということではなくて、みんなで協力することでユーザーに良い環境を提供していくというそんな考え方のようです。
要するに、ユーザーがボランティアと協力してホームページの内容を改善してアクセシビリティを高めていく、そんな思想だと思います。

ここで大事なのは情報技術そのものでありません。
そんな助け合いの仕組みを考案し、その仕組みを駆動するものとして情報技術を実現(実装)していくということです。
 
情報技術は、そういったソーシャルな仕組みを支援するために存在するべきだと思います。
天草Webの駅もそういったことを目指した情報技術のはずです。
ユーザー(天草Webの駅会員)がボランティア(うちわEBI's)と協力してよりより情報を作り出していく、そんなことがこれからは求められていくべきです。
 
高度成長期、トランジスタラジオやウォークマンといった個人の環境に着目し、それをパワーアップしてきたパラダイムを「SONYパラダイム」と呼ぶとすれば、コンピュータの歴史はまさにこのSONYパラダイムの中でひた走ってきました。
 
しかし、そろそろSONYパラダイムには勇退をしてもらうべき時かもしれない。
 
これからはソーシャルパラダイムにおけるツールとして情報技術は展開していった方がよいのではなかろうかと思うのです。

OA革命、IT革命、インターネット革命。
これらはすべてSONYパラダイムの中で起きたことでした。

ユビキタス革命は、それを支援していく情報技術は、SONYパラダイムとは離れたところで展開していくことになるでしょう。
 
ポストSONYパラダイムの時代、ソーシャル的な新しいパラダイムが動き出す中で、ガリラボがやれることは何か。
ちまちまと個人のパワーアップを目指す小さなガジェットを作っていくことでは決してありません。
それは不得意でした。
なので、SONYパラダイムの時代は、ガリラボには生き難い時代でした(たぶん)。
しかし、新しいパラダイムであるソーシャルな時代は、ガリラボが得意とするところです(たぶん)。
 
何をやっていくか、これからみんなで一緒に考えていきましょう。

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