2020年9月15日火曜日

マシュマロチャレンジが教えてくれること

 今朝の熊日「都市圏」面に熊本城の復旧の様子が掲載されていました。何十年もかける息の長い復旧作業の中での一コマですが、こうした区切りが、熊本地震があってそれからの復興・復旧が進んでいることを教えてもらえます。










さて、上の文章で「都市圏」を太字にしていることにお気づきでしょうか。今朝の新聞をめくりながら(電子版なのでクリックしながら)、「あれっ」と思いました。昨日は休刊日なので、一昨日ですが、一昨日まで地域面はすべて「ローカルワイド」として県北・都市圏・県南の区別がなかったのです。非日常のときにこの構成になりようで、熊本地震のときもそうでした。ローカルワイドとしてまとめられず「ローカルワイド県南」「ローカルワイド県北」「熊本都市圏」と紙面を変えて掲載される形になったときほっとした記憶があります。

あー、日常が戻ってきた、と。

今日の紙面をみてそう感じました。今回の非日常はもちろん「県南豪雨災害」によるものです。県南の復旧はまだまったく成し遂げられていないといえ、熊日新聞の変化により、豪雨から一定の区切りがつき、極端な非日常からは脱したということでしょう。

新聞を見て、ほっとすることなどあまりないことですが、当たり前の紙面構成に戻って安堵感を覚えた朝でした。(ついでに、県内のコロナウィルス感染者も57日ぶりにゼロだったとのこと。24面の記事です。この記事でも多少ですがほっとしました。)


先日、チームの生産性について話題にしました(ガリラボ通信2020/9/13)。それとも関係する話で、次のTEDのプレゼンをご覧下さい。「マシュマロチャレンジ」というある弱い部品で一定の強度の構造物を作るというゲームで、チームの生産性とは構成メンバー個々の頭の良さとは関係ないことをクリアに教えてくれます。ビジネススクールの学生チームは、挑戦において、幼稚園児チームに劣っているのです。



幼稚園児の方が優れているという事実の確証は、プレゼンの解説にある通りです。解説にあるような賢い人たちはチームの生産性を下げる行動をとってしまうという皮肉な結果になる傾向があります。
何をどうやってよいかわからないとき、ある意味では意図的に愚鈍に行動することが必要です(それがわかっていても、私自身、なかなか動き出せないこともあるのですけど)。
今、卒論の面談をやっています。話を聞いていると、みな一定の賢さを持っていることがわかります。だからでしょうが、なかなか愚鈍になり切れてないなとの印象も持ちます。
非常に高度な知性とは、ある時、愚鈍になり切れることではないかと思うことがあります。いや、たぶんそうでしょう。安定した一流企業からとびだし、どうなるかわらかないベンチャー企業を立ち上げようとしている人たちなど、その瞬間は愚鈍にならないとそうした行動はできないでしょうから。
随分前のガリラボ通信ですが、ゴールにたどり着ける人の特徴について書いたことがあります。
ゴールにたどり着くのは一歩を踏み出した人だけガリラボ通信2013/9/1)

卒論に向かっている人、課題に向かっている人には参考にしてもらえればと思います。
先日、M2(20)アクストのゼミで、論文を仕上げていくのはほんとに苦しいことだという話をしました。一歩踏み出す勇気がなかなかでない。でもそこであえて思考を停止し、行動していくことで発達の最近接領域のようなものが広がり、思考を可能にする空間が生まれてくるものです。
卒論に向かっている4年生、修論に向かっているM2のみなさん、試行錯誤することを恐れず、マシュマロチャレンジの精神で困難を乗り切っていきましょう。