2020年9月20日日曜日

なぜ大学だけ、日常が戻らないのか

コロナ禍は、私たちに多様な変化をもたらしました。昨日書いた、オンライン文化もそのひとつでしょう。

それ以外にも、人々の日常に様々な影響を与えています。大学生への影響も非常に大きいでしょう。ただ、その中でも特に大学1年生への影響はかなりものがあるはずです。

私が非常勤講師をしている福岡大はすでに後期授業が始まっていますが、後期も多くの授業が遠隔で行われているようです。対面で行う場合、その必要性を申請しないといけなかったように記憶しています。私は当然ながら遠隔で行っており、学生の顔は見ることないままのオンデマンドの授業となっています。ただし、講義動画を事前に視聴した学生たちには授業時間帯だけ質疑応答の許可しているので、いわゆる反転授業を遠隔で実施しています。なので授業時間帯はPCの前に張り付いて質問をいつでも受けれる状態にしています。

そうした遠隔授業が後期も続くわけで、大学生には過去にあった日常が戻ってくることはありません。小中高校生には学校生活という日常が戻ってきているのに大学生だけ戻らないわけで、文句を言いたくもなります。

が、「それは諦めろ」とおっしゃっている方がいます。


大学生にとって興味深い記事だと思いますので、ぜひ一読してみてください。
その中で、出口APU学長の言われる

人間の力ではどうしようもないことに文句を言うのではなく、現実をありのままに受け入れたうえで何ができるかを考える。そのほうが人生においては、はるかに有益なのではないかと思います。

ということは強く賛同します(一部だけ抜き取ると変な解釈をされる可能性もあるで、ぜひ上記記事を読んでみてください)。
20世紀、人類は自然をコントロールすることに盛んにやってきて、いつの間にかすべてを自分のコントロール下におけるような錯覚を持つようになったところがあります。
その影響で、自然への畏敬の念も薄れてしまった。
そうした人類の傲慢さに対し、自然は時々挑戦をしてきます。地震などもそうです。地面に怒ってもどうしようもありません。4年前、2016年に私たちの自然支配思想を破壊してくれる熊本地震を経験しました。

熊本地震を受けて、当時の五百旗頭理事長が大学案内2017のメッセージとして次のことを書かれていました(私自身はこのメッセージに勇気をもらって、当時のもやいすとプログラムの内容を大幅に転換したことを思い出します)。


熊本地震は、人がコントロールできない自然災害です。しかしそれを糧にして、何を大事に生きるかを考える良き機会を得ることができるはずだとのメッセージだったと思います。
出口APU学長の言葉も同様の意味でしょう。

私たちは、そして特にこれからの社会をつくっていく若い世代は、コロナ禍という体験を、貴重な経験へと転換していくよう、深く考えていくべきだと思います。
そのための支援を大学などはやっていかないといけないのだと思います。



0 件のコメント:

コメントを投稿