2011年7月18日月曜日

友だちとは

本日は私にも課されたガリボイスをぼんやりしながら仕上げておりました。
いつもダラダラと長い文章を書く癖のある私としては、450文字という短さで
話を完結させる訓練がまるで出来ておらず、かなり難しいものでした。

とりあえず平凡なものを書きあげました。 
明日が締め切りです。3年生(09)はみんな終わったでしょうか?

なお、難しいのは集中していなかったせいもあります。
途中さぼりながら(ピットインしながら)でした。
おかげ、こんな写真を見つけました。

鉛筆の芯を加工した彫刻です。
写真はオバマ大統領のようです。
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政治関係の雑誌のCMにつかっているらしいのですが、奇抜なことを
考える人もいるものですねぇ。

世の中、広い!
ほんと様々な人たちがいますねぇ。
そういった様々な人たちが存在することは、考えてみると実に不思議なことです。

しかしですね、さらに不思議なことが、そういった人たちとの出会いです。
人との出会いってほとんど奇跡に近いなとガリボイスを書きながらそんなことも
思っていました。

プライベートなことですが、7月15日に知人が引っ越していきました。
1年半前に、Webの駅の関係の会合で知り合った方です。
不思議な縁したが、それから1年半ずっとテニスで一緒に汗を流す関係になりました。
いずれそうなることはわかってはいたものの、「転勤が決まった」と短いメールが届いた
とき、強烈な喪失感を味わい、しばし呆然となりました。


友だちとは、特に「本当の友だち」とは藤原和博さんが言うには、一緒に何かやった
ことのある仲間のことを指します。
そういう意味で私にとって、上のテニス仲間は「本当の友だち」でした。
なので喪失感は半端なかった。

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友だちって、年齢は関係ありません。性別も関係ありません。
一緒に実践の共同体を作り、一緒に何かやっていく、そういった関係がなければ
いけない。

そういう関係にある人たちのことを友だちと呼びます。

逆にいえば同じ年齢だから、同じ男性だから、同じゼミだから、といって友だちに
なるわけではないということです。

何かを一緒にやり、何か一緒に成果を上げて行く。
実践の中でともに何に向けて過ごした仲間を友だちと言います。
そういう意味では別に学校に限らず、会社内でチームで年齢・性別を超えて何かやっ
ている人たちも友だちなのかもしれません(実際、そういう関係になる人も多いでしょう)。

ガリラボが、単なる友だちでなく、学年も性別も超越してゼミ生たちにとっての「本当の
友だち」が作れる土壌となるよう、日々、土壌改良に取り組んでいきたいと思います。


(はて、こんな文章を書くつもりはなかったのだけど・・・・。何故???)

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