今日、ネット上で、こんな言葉に出会いました。
夢あるところに行動がある。
行動は習慣を作り、習慣は人格を作り、人格は運命を作る。
ある会社の社長さんの言葉らしいです(参考)。
ストンと体の中に落ちました。
時間はないのですが、少し思い出したことを書き留めておきたいと思います。
--------------------------
上の言葉を読み、二つの話を思い出しました。
ひとつはピアノを自由自在に操る矢野顕子さんのこと。
彼女が、ある対談で、こんなことを言ってるようです。
自由自在にやっていたものだから、そのツケが来ていて、都合の良いように
ひいてしまう。
と、そんなことをピアノの天才である矢野さんが言っているのですが、それで、彼女は、
運指の改善しないといけなと考え、なんと、ツェルニーを練習 しているのだとか。
目の玉が飛び出るほど驚きました。
天才的な人とは、かくも基本中の基本を大事にしているのか、と。
いや逆に、このレベルで、そういうことができるから、天才なのだなと思いました。
もうひとりはイチロー選手。
彼は試合前には、何時に食事し、何時にストレッチをして、何時にバットを振るという
リズムを絶対に変えないそうです。
だから、イチロー選手の行動を見ていると、試合開始まであとどれくらいかが分かるほど、
極めて正確に自分の行動に枠をはめているとのこと。
すべてを規則正しくやることで準備の遅れなどあり得ないのだそうだ。
そうやっているから、たとえ三振してもネガティブになることもないようです。
だって、やることは全部やったから、ということでした。
わずか二つの例で、さらに例になる人物が極端すぎますが、それには目をつぶって
ここから結論を導き出すと、要するに、自由自在な行動、躍動感溢れる活動とは、
実はある規則的な、習慣的行動によって支えられているのだと、そういうことでは
ないでしょうか。
矢野さんでは指の動きの拘束(運指)、イチローでは身体全体のリズムの拘束する
という制約があって初めて自由自在な指の動きを、そして自在なバットコントロールを
生成しているのでしょう。
今、大学生は、自由に何でもできる夏休みの真っただ中です。
しかし、単なる自由であることは、矢野さんやイチロー選手とは逆に、今後の不自由に
つながってしまう可能性があります。
(継続的な)行動は習慣を作り、習慣は人格を作り、それが運命を作る。
運は偶然などではありません。
必然です。
0 件のコメント:
コメントを投稿