ベストセラーになっている「AI vs.教科書が読めない子どもたち」の著者の新井教授が
昨年のNHKの視点・論点(2017/11/13放送)で、「AI時代の教育課題」というテーマで
AI研究の過程でわかった、現代の子どもたち(若者)の読解力の問題についてお話を
されています。
著書の中でも紹介されているのでしょうが(残念ながら、本はそばに置いているものの、
まだ読んでません)、係り受け文とか、同義判定文とか、正しい解釈ができない子ども
たちが相当程度存在しているようです。
文章として書かれていることが、正しく理解できない!
この事実は、極論すればですが、そうした子どもたちは本から知識を得ることが困難で
あることを示唆しているわけで、このことを新井さんは次のように述べられています。
教科書が読めない、ということは、予習はもちろんできません。今回の調査から、貧困と読解力には
負の相関があることがわかりました。けれども、教科書が読めなければ、ひとりで復習したり、問題
集を解くことができませんから、経済的に苦しくてもずっと塾に通わざるを得ません。なんとか大学
に入り、就職しても、意味を理解せずに身に着けた知識や技能はAIに代替されてしまいます。
もっとも全く読めないという人はいないはず。読めないレベルにも濃淡があるでしょう
から、単純には言えませんが、読解力の小さなスペクトルに位置している人は、独学が
できず、いつも人に頼らないと知識を習得できないことになり、将来的にこれは致命的
な問題となっていくのに違いありません。
本とは、非常に安価で体系的な知識を入手できるツールです。他者を利用するよりも
はるかにコストパフォーマンスが高いものです。
だから大事なのですが、独学で自立的に知識を修得していく能力を身につけるには、
本に頼った方が良いでしょう。なお、ここで本と呼ぶのは、きちんと整理された文章
であれば特に紙媒体にこだわるものではありません。
本の重要性について、そのこと自体は多くの人がわかっているでしょうが、しかし
それは頭だけでの理解ではないでしょうか。ゼミ生を見ていても、実践を伴ってない
ことが少なからず見受けられますので。
頭のレベルでなく、身体のレベルでこのことに理解した方がいい。
私自身のことを少し。私は学生時代に電気工学と応用物理学の分野を専門とし、これら
の分野の仕事に携わりましたが、そうした分野は、基本的に学校で習ったことの延長で
した。それからしばらくして応用数学を専門とするようになり、しばし数学の仕事をし
ておりましたが、それから現在のように地域を対象にした仕事をするようになりました。
地域で仕事をしていくときの核となっているのは、教育学や社会学といった学問分野で
す。これらの分野は特に誰から習ったわけでもなく、すべて本からの知識によるもので
した。別にこのことは私だけのことではなく、私の身の回りの人たちはほぼそうやって
知識は手に入れていました。
振り返りると、電気工学や応用物理を習いながら、その過程でいつの間にか独学する
力を養えていたのかなと思います。独学して新しい分野を手に入れるというのは、前の
自分を捨てるという意味を持ちます。
教育学の分野では、前の知識を一旦捨て新しい知識を習得し、自分を変化させることを
unlearning
と呼びます。このunlearningの力は是非とも身についていた方がいい。
世の中は否が応でもどんどん変化をしていきます。今やっている分野(仕事)そのもの
がなくなってしまうこともあるわけで、その分野(仕事)の知識を一旦消去し、新しい
分野(仕事)に向かう必要があります。
しかし、人は保守的な生き物でもあります。前の知識を捨てるというのは、非常に勇気
のいることもであります。
なので、unlearningには単に本を読むというだけでなく、そうした勇気を持つことが不可
欠であろうと思います。
新井教授が言っておられる「本を読む」ということは、この意味で少し拡張して考える
べきかもしれません。正確には「unlearningしていく力を持つ」ことが大切であろうと
思います。
それには、変わることを恐れない勇気が必要条件となるでしょう。
そうした力を持てた時、人は前の自分から変われる。
新井教授は、話の最後をこう結ばれています。
一方、教科書が読めさえすれば、たとえ今は勉強が好きではなくても、一念発起すれば学び直しが
できます。資格をとってAIにはできない仕事に転職する可能性も広がるのです。
少なくともガリラボのゼミ生にはこうした能力を身につけて卒業していってほしい。
単に就職していくだけでなく、こうした力が流動化した現代社会では不可欠になる
はずです。
そうした力は、大学で過ごした大きな財産となるはずです。
身につけ方は個々人によって色々あるんでしょう。
私が最もこの力を身につけることができたと感じているのは、大学院修士課程での
研究を通してでした。
非常に大変でしたが、あの2年間が、私の基礎を作ってくれたとも思っています。
私のことの続きで申し訳ありませんが、つい数日前、大学の同級生から還暦同窓会を
やろうとの連絡が届きました。
母校で勤務している同級生からで、9月開催を目指しているとのこと。
愛知県豊橋市にある大学で、私の仕事人生の基礎を作ってくれた母校です。
また、卒業後しばらくして、長女が1歳の時、1年間を過ごしたところでもあります。
この機会に同級生と旧交を温めてきたいと思っています。
25年ぶりぐらいの訪問になります。
改めて、貴重な学生としての経験をさせてもらった大学というのはやはり特別な
ところだと思いました。
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