2012年1月14日土曜日

ゴミは集めると資源になる

ガベージコレクションと言っても、ガリラボのゼミ生にはピンとこないかと思います。
なんと、コンピュータ用語です。
私が、コンピュータ用語を使うと、驚く人がいるということに私自身が驚かされる昨今
ですけど(笑)、昔は下手すると24時間ずっとコンピュータをいじくっていたような時期
もあるんです。

昔、多量の数式計算をやっていた私は、人工知能言語と呼ばれたLISPという言語を
勉強していて、それでコンピュータ上で多量の数式処理(数値処理ではありません!)
のをやっていた関係で、ガベージコレクションと言う言葉にはかなり懐かしい思いがします。

さて、そんなことがあったことなど全く分からないほどにコンピュータに疎くなり、コンピュー
タをマクロに捉えることが多くなったガリラボですが、昔はですね、内部にかなり踏む込ん
でいたのです。
(逆に言うと、内部にしかいなくて外が見えず、井の中の蛙でしたけれど・・・)


普段コンピュータそのものことを話すことはないので、せっかくですからコンピュータの
ミクロ学(?)をやってみます。

ガベージコレクションのことです。
プログラムとそのデータは、コンピュータのメモリにすべて記憶され(この方式をノイマン
型コンピュータと呼ぶのでした)、メモリ内のプログラムに従って、同じくメモリ内のデータ
が演算装置で処理され、結果がまたメモリに書きこまれていきます。
そうやって計算が進められていきます。
役割を終えたプログラムは(ウィンドウの閉じた瞬間です)は、自分が確保していたメモリ
領域を手放し、その領域は次のプログラムが利用できるようになります。

(かなりのゼミ生がもうこの辺りで読むのをやめているのではないかと思いますが、さて、どうでしょう??)

コンピュータとはたくさんのプログラムが、メモリと言う共有資源(コモンリソース)をとり
合いながら計算を実現する機械です。
しかし、それぞれのプログラムやデータはそれぞれにサイズが異なります。
このため、前のプログラムが空けてくれた領域も次のプログラムにはサイズが合わず、
使えないということ起きます。
そうして、そこにあるのに、中途半端すぎて使えないメモリ領域ができしてまうのです。
それをゴミ(ガベージ)と呼び、これが増えていくと、トータルとしてはあるのに、メモリが
不足してコンピュータは使えなくなってしまいます。
経済学で習う共有地の悲劇とはちょっと意味は異なりますが、しかしそれと同じ名称で
呼べそうな悲劇が起きるわけです。

この悲劇を避けるには、ゴミ(ガベージ)をきちんと集めて、領域を整理していけばよい
ことはすぐにわかります。
ゴミをきちんと識別して、それを整理していって使えるリソース(資源)に変えていくこと、
それをガベージコレクションと言います。

要するにゴミは集めると資源(リソース)になるのです。
誰でも知っている当たり前の事実です。
ところがですね、ここが大切!!
誰もが知っているからこそ、本当に本当に大事な定理なんです。
一部の人しか知らない高度なものは、一見すると大事そうに思えますが、ほとんどが
どうでもいいことが多いものです。
(今日は先日のクイズ「横棒の長さ比較」についての解答をしませんが、あのポイントは、
この誰でも知っている普通のことにどう反応するかがいかに大切なことかということを
伝えるものです)

何も考えずただ行動しているとゴミがどんどん増えていきます。
このことを物理学では、「エントロピーが増大する」と専門用語で表現します。
エントロピー増大は、自然界でもっとも普遍的なもので、最も基本的な自然の摂理です。

この自然の摂理に逆らい、ゴミ化する状態に秩序を与えていくものとは何かというと、
実は、情報です。

情報とは、エントロピーを低下させるもので、このことを発見したというか、数学的に
きちんと整理したのがクロード・シャノンでした。
シャノンの言う情報は、「ビット」という単位で表現されていることは私の授業「情報社会と
コンピュータ」で単位を取得した人であればたぶん知っていると思います。
(ガリラボで、今度きっと聞いてみようと思います)。

情報を生み出し、自然の流れに逆らってきたのが人間という存在でした。
もちろん、全体としてはエントロピーを増大させているのですけど、局所的、自分たちの
身の回りについてはエントロピーを減らしていく、そんな存在が人間です。

ところで、この辺りでももう2000字ほどになっています。
詳しく書いていくとキリがないし、ひょとするともう誰もここまでたどり着いていないかもしれ
ませんので、エントロピー論についてはもうやめます。
(リクエストがもしあれば別の時にでも・・・、この忙しい時期に、無いとは思いますけれど。)


さて、ここから(短い)本論です(笑)。

エントロピーを増大させる(散らかす)行為は、生きていれば誰でもがそれから抜け出せない
自然の摂理です。
ところで、2足歩行し、手が自由になった人間は、手・指のコントロールをするために脳を
肥大化させ、その途中である時、思考というものを生み出してしまった。
そのこと自体は自然の摂理だったのでしょうが、この思考は、自然の摂理に逆らってエントロ
ピーを下げていく(ゴミを資源に変えていく)ようなことをするようになってしまった。

社会を見渡すと、人の思考によって秩序がもらされたものばかりです。
秩序をもらたす人間が生み出していったものを人工物と呼びます。
私たちは、思考という行為によってデザインされた人工物の中で身を置き、それで快適な
生活を過ごせています。


さて、今日のガリラボ通信を書くことになった「このブログ」に、ゴミ回収についての見事な
アイデアがありました。
ただし、物理的なゴミではなく、お金のゴミについての話です。

地下鉄カードの残った金額(お金のゴミですね)を集めて、それを寄付に使えばという、
見事すぎてしばし呆然となりそうな素晴らしいアイデアです。
ニューヨークの大学生が考えたとのこと。

MetroChange from Genevieve Hoffman on Vimeo.

ニューヨークの地下鉄のカードにわずかに残るゴミは、集めると5200万ドル、日本円に
すると50億円ほど。
このお金のゴミをコレクションして、寄付に回せばいいなど、素晴らしすぎて言葉がでません。

ほら、どうでしょうか。
ゴミは集めると極めて役立つ資源(リソース)になるんです。

先ほどの定理は間違っていない!

制度とは人間が生み出した人工物に他なりませんが、この学生さんたちは大変役立つ制度
作り=社会設計(ソーシャルデザイン)に挑戦していると言えるでしょう。
最初、どこに着目するかが重要です。
そして、その後にゴミを回収する(=エントロピーを下げる)方法について考えていくことに
なります。

ガリラボは、地域の中で色々と活動しています。
ここに述べたアイデアやその他の素晴らしい事例をヒントにして(バス停での例)、さらにガリ
ラボ内もたくさんのアイデアで楽しい場所になっていますが、それらをヒントにして地域におけ
るソーシャルデザインに挑戦していきたいと思います。

今日、院OB(08)の佐藤がこんなことをツイートしていました。

   味覚って本当に不思議で、私は食事制限が始まった時から、途端に嫌いな食べ物が
   好きになった。実は味覚に限ったことじゃなくて、人間の感覚の多くは環境依存的で、
   そしてだからこそデザインすること、コントロールすることが可能だと思う。
   というか、そう信じている。

ガリラボでは人気者だった佐藤で、詰めがちょっと甘く、土壇場にも弱い佐藤ですが、ヴァル
ネラビリティそのものであり、だからこそ人間味溢れていて、個人的には大変尊敬している
人物です(ガリラボ内のゼミ生にはたくさん尊敬できる人物がおり、常々、それらを真似させて
もらっています)。
 
ここまでで3000文字ほどありますが、私がこんなに長くかつまとまってないいない文章を書く
までもなく、佐藤のわずか124文字の簡潔な力強いツイートで言いたかったことをすべて表して
くれているように思います。

どういった視点を持つか、そしてそこからどういった表現やデザインにつなげていくか。
ガリラボは、常に、創造的な集団でありたい、と思っています。


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