2012年1月1日日曜日

ガリラボの初夢2012

謹賀新年

新しい年が始まりました。
今年も皆さまどうぞよろしくお願いします。
ガリラボ関係者の皆さんにとって今年1年が素晴らしい年になることを
祈っております。


さて、大みそかの夜は62回目を迎え、わが国の伝統行事となった紅白
歌合戦がありました。
今回は当然ですが、東日本大震災の影響を強く受けた演出になってい
たかと思います。
全部見たわけではありませんが、途中、TVの前にいたときちょうど「ゆず」
が歌っていました。
Hey和」という曲だったと思います。

ゆずが歌っているところを見て、昨年末の次の記事を思いだしました。

石巻赤十字病院は、津波被害後、想像を絶する医療崩壊に向き合って
きた病院です。(石巻赤十字病院の100日間、小学館)
NHKスペシャルでその様子が2011年7月2日に放送され、私もちょうどこの
番組を見ており、テレビに釘付けになったことをよく覚えています。
放送後、ネット上でもかなり話題になった強烈な番組でした。

この番組で、病院を成立させている枠組みが壊れてしまったとき、(理性的に
考えれば、当たり前のことなのですけど・・) お医者さんとは単なる治療だけ
していれば良い存在ではなく、医療を極度に広い視点から捉えることができる、
強力な社会性・政治力・行動力が必要であることを知りました。

極限の状態に石巻赤十字病院があったことをNHKスペシャルの映像で知って
いた背景の下で上の小野先生の記事を読んだのです。
この記事の中で、石巻赤十字病院救命救急センター長さんが講演で、
  寝る暇もなく懸命に治療に当たっていた時、何の連絡もなく歌手の
  「ゆず」がやってきて職員のためのコンサートをした。「ゆず」の歌を
  聴いて看護師さんたちスタッフはすごく癒やされ、元気をもらった。
と話され、そのセンター長さんは、
  歌がこんなにも大きな役割を果たすことに驚いた
と話されたことが書かれています。
音楽が秘めている力をまざまざと見せつけています。
(その時の映像がYoutubeにアップされていました→こちら
感動します。
寄せられているコメントにもまた感動します。
ゆずは(曲はあまり知りませんが、しかし)前から好きだったのですが、このことを
知り、完璧にファンになったことは言うまでもありません。


理系という立ち位置にいて、理性の領域で理詰めで病気を追い詰めていくという
行為に浸っていると、私自身、工学部でそういった作業に従事していると論理
絶対主義とでもいうような感覚に陥り、それですべて片付いてしまうように思って
しまう傾向があります。
それが進行すると、人の心のようなものについてもそうした主義で解釈を始め、
論理の世界で人の心も扱えるような、無自覚にですが、そういった感覚になって
しまう人が少なからず存在します。

もちろんそうした論理の世界観は、これまでもそしてこれからも大切であることは
言うまでもないことですが、しかしそれと同じぐらいに芸術領域も重要であることを
この記事は教えてくれています。

私自身が、コンサートなるものは、極端に言えば、時間の無駄ぐらいに思っていた
のですが、昨夏にあるコンサートに出かける機会があり、それが間違いであることを
自覚しました。
もっとも、感性に優れた文系の学生たちに多く接する中で、かなり論理至上主義は
薄れてはきていたのですが、この経験によって、その呪縛から完璧に抜けだせた
ように思います。


さて、どうして「ゆず」の話題を出したのかといいますと、実はガリラボの活動と関係
するからです。
もちろん、みんなで「ゆず」のコンサートに出かけようということでありません。

前に、ガリラボは何をやっているのかという質問をゼミ生から受けたことがあります。
具体的な活動としては、地域を様々なメディアを活用して表現していくことであり、
それを地域情報学と呼んでいます。
ただし、そこでは工学部の連中と同じ土俵で勝負挑むようなことはしません。
持っているスキルがまるで違いますから。
社会科学系の学部にいる私たちが、そんなことをやってもおもちゃをいじる程度に
終わるだけで、高いレベルにまでは到達することはできないだろうと思っている
からです。
豊かな感性と物おじしない行動力とが生きる土俵の上で活動していくべきだろうと
そう思うのです。

私自身が考えていたこと、ガリラボでやっていること(目指していること)は、恐れ多い
のですけど、ジョブズのやってきた次のことに近いと思います。

これは上の論壇と同じ日に掲載されていた2011年のノンフィクションについての
書評です。評者の永江さんが、こういったことを書かれています:
  ジョブズはものをつくる人ではなかった。・・・
  いいものさえつくれば売れるというのは幻想で、驚きや感動がなければ
  人は欲しいとは思わない。
  ジョブズは驚きや感動を演出する天才だった。
  日本ではものづくりの危機が叫ばれているが、心配すべきは産業の
  空洞化ではなく、驚きや感動の喪失ではないか。
恐れ多いのは重々承知の上であえて言いますが、ガリラボで指向していることは
これです。
もっとも、ものづくりが不得意だからそうせざるを得なかったというところがあったに
せよ、しかし、弱点があればそれを逆利用すればいいんです。
すべてポジティブに考えればいい。
成熟化した社会で求められるのは、感動を生み出すことであり、そこには芸術性が、
エンターティメント性が不可欠になります。
そういうこともあって、普段はケンタッキーのおじさんの如く置物のように何も言わない
のに、企画や報告を伝えようとする場では、やれパフォーマンスを入れとか、パワポ
には図を入れろ、入場の仕方を工夫しろ、BGMを使ってみろ等々、細かい注文を出
しているんです。
エンターティメント性なしには、人には伝えたいことは伝わらない!

(余談ですが・・・)
スペースシャトルのチャレンジャー号の爆発事故について面白い話を聞きました。
原本を知らないので、信ぴょう性については不明です。
事故を起こす原因になったOリングの問題はエンジニアはある程度は分かっていたと
いうのです。
しかし、国家プロジェクトとして進行しているスペースシャトル計画でもあり、そのプレッ
シャーの中でリスクよりも早期完成を優先させてしまったとのこと。
事故の遠因としては、今では、エンジニアが事の重大性を周囲にきちんと伝えられな
かったこと、プレゼン力(=コミュニケーション力)の不足が問題であったことが指摘さ
れているのだそうです。
これを聞いてありそうなことだと思いました。
論理の世界だけを生きてしまっているエンジニアは、ジョブズのような驚きや感動を
与えるようなプレゼン力を持ち合わせているものでありません。
「ゆず」のように人の感動を与える力を、その瞬間に表現する能力も不足しています。
(プロジェクトXなどでエンジニア携わった感動的なプロジェクトなどで、そのプロジェクトを
 表現しているのは、エンジニア自身でなく番組のディレクターであることをに注意!)


地域をメディアで表現していくという作業には、驚きや感動を埋め込むことをどうに
かしてやっていきたい。
新しいメディアを発明(既存のメディアの複合化)しながら、驚きや感動を創造していく
ことをガリラボでやっていってほしい。
驚きや感動を単にもらって喜ぶのではなく、人に驚きや感動を与えることに楽しさを
見出していく。
そういったことは、工学部の人たちと私たちを差別化することであり、自分たちの
特徴を表現していくことに他なりません。
その活動の中では、たくさんの人たちを動員して、それを上手にマネジメントしていく
能力も不可欠になるでしょう。
アドミニストレーションを実践しているといってもいいはずです。

これまでもそうしたことをやってきたガリラボですが、今年もこのことを基本的な行動
原理にして活動を展開していくつもりです。
さらに、赤の女王仮説もガリラボの行動原理のひとつです。

この二つの原理に基づき、2012年も立ち止まることなく、驚きや感動を生み出しながら、
走り続けていきたいと思います。
そのつもりで、皆さん、どうぞよろしくお願いします。 m(_ _)m


最後に、ジョブズの伝記を手掛けたウォルター・アイザックソンさんが、NHKスペシャル
「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ(2011/12/23放送)」の中で、こういう言葉を番組
のエンディングで話されていました:
    ジョブズは数多くのイノベーションを生み出し続けた男でした。
    まず、ホームコンピュータで革命を起こし、音楽業界にも革命をもたらしました。
    いくつもの産業のあり方そのものを変えてしまったのです。
    しかし彼が本当にすごかったのは、モノづくりと芸術的な創造性を結び付ける
    ことに成功したことです。
    彼自身、そのことを一番に誇りに思っていました。


さて、初夢はきい方がいいでしょう。
新しいメディアによって、地域のあり方そのものを変えていくようなそんなことを
ガリラボではやっていきましょう。^^;

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