2016年5月8日日曜日

日常について〜「ガリボイス2016~(13)飯沼の投稿4」と「益城からの(13)時松のメール」を読んで

朝刊に4年(13)飯沼のガリボイスが掲載されていました。「当たり前」の大事さは、
頭ではわかっていながらも、それを失って初めて真に気づくものです。
東日本大震災の時もそのことがよく言われていて、ガリラボではよく「普通であること」
「日常」は一見退屈であるけれど、私たちの活動の根本=基盤であって、その重要性に
ついてゼミ生には話していたことでした。
まさか私たちがそれを身を持って味わうことになるとは、ですね。
こんな経験はしなければしない方が良いのでしょうが。。


私は、特別なこと、新しいことも大事だとは思っていますが、それ以上に、そうした
ことの基盤となる「いつも通りのこと」はより大事に思っています。
このガリラボ通信のタイトルの下に、
  様々な人々が交差しコミュニケートする場としてのガリラボ。
  その日常を少しだけ描写していきます。
と書いていますが、これはガリラボ通信を開設した2009年9月に書いたものです。
日常の記録、その重要性はその時からずっと意識し過ごし、できるだけ、ゼミ生の
いつも通りのことがここに記録出来たらと思っています。
ガリラボの民族誌としてですね。^^
「日常」の問題についてどういったことを書いているか検索してみたら、次のエントリーが
通信内で見つかりました(簡単に見つかったものだけです)。
 ・「くまもとで、まっている。」について(ガリラボ通信2011/10/20
 ・地域のポートフォリオ化(ガリラボ通信2011/12/26
 ・もう1度だけ普通に授業を受けたい(ガリラボ通信2012/3/1
 ・きくりん人=デジタル時代の民俗学者たち(ガリラボ通信2012/8/4
 ・撮り続けた日常が優れた価値を生む(ガリラボ通信2013/5/3
 ・初心を思い起こしつつ、お願いを。(ガリラボ通信2013/8/9)
 ・黒澤監督による「生きがい」の解釈(ガリラボ通信2015/9/13
もし時間があればさっと目を通し、これらのエントリーやその他を参考に、普段見失いが
ちな「日常」の問題について、震災を体験した私だからこそ、改めて考えてみてはどうかと
思います。
  
ところで、私は今日は朝から1日かけて自宅の耐震対策を行っていました。
汗だくで、かなりの肉体労働でしたが、自分の身を守るためのことのなで、別に言うほどの
こともないやって当然の作業です。

おおよそこのあたりまで書いていましたら、4年(13)時松からメールをもらいました。
私が自分のことだけやっているときに、ゼミ生は他者のために活動したのです。
4年(13)多賀、岩坂、塚田、時松の4人で益城町のボランティア活動に参加してきた
というのです。
時松のメールによれば、
  私達が受付をした時点で、参加人数は300人以上だったそうです。
  その場にいた私達4人と一般の方6人で即席で班をつくり、なんと多賀ちゃんが
  リーダーとして引っ張ってくれました。
とのことで、一般の方と組んで活動をしてきたようです。
そして、その次の時松のメール内容を読んで、ちょうど上記のことを書いていた時でしたので、
私の書いた「日常」についての文章が、非常に空疎なものに思えました。
 
時松のメールにはこうありました:
  益城は古い家屋が潰れ、所によっては原型がわからないほどの酷いものでした。
  もう言葉で言い表せないくらいです。
  そんなボランティア活動で一番衝撃的な事がありました。
  今回の依頼先(傾いて全ての塀が剥がれ落ちた所謂半壊?の一歩手前の住宅)の
  駐車場に子供の字で「お母さん誕生日おめでとう」とチョークで書かれていました。
  多分、地震の前に書かれたものです。
  それをみてなんだか当たり前の日常がとても凄いことなのだと言葉にならない気持ちで
  いっぱいになりました。
その場にいない私には時松の衝撃の強さは想像するだけしかできないのが、非常に
残念です。
体験を通して発した具体的な言葉ですから、私のような講義で使うような抽象的な言葉とは
重みがまるで違います。
時松のメールを前に、私こそ言葉にならない状態です。

気を取り直し・・・・
ところで、今日は母の日ですね。
被災地域は、それどころではなく、日常が壊れた状態にあって、母の日どころではない
かもしれません。
が、あえて紹介しますが、次のコンクールのことをご存知でしょうか。
森永製菓が小学生が岡さんに向けた「ありがとう」を100文字で表現するコンクールを
やっているようです。
今年が5回目で5月末締切とのことですが、それまでの期間限定で過去の作品を閲覧
できます。
第1回目の最優秀賞は小学校2年生の女の子だったようです。
 
出典
お母さんがおしごとお休みだった日、お母さんとお姉ちゃんと三人で手をつないで
学校まで行ったよ。話したい事たくさんあったけど、お母さんと手をつないでいるのが
うれしくて、手ばかり見ちゃった。ありがとうね。


飯沼のガリボイスを読んだ後、時松からのメールを読み、さらにその上に小2の女の子の
100字作文を読んだら、思わず涙をこぼしてしまいました。

日常を、いつも通りのことができるという状況に、私たちはそのことに敏感になっていくべきだと
思います。
熊本地震という強烈な非日常を今現在体験している私たちは特に。
そのことを基盤にして、非日常の今に行動を持って立ち向かっていくべきなのかもしれません。
 
ガリラボのゼミ生たちはすでにそれを実践している。
素晴らしい。
 
  
 
 

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