誰に向けてというわけではなく、ネット上に色々な発言をしていく行為を指しています。
博報堂がそうした言葉を作ってから早や10年が過ぎ、今はSNS等を通して普通の人が、
普通に行う時代になりました。
ガリラボ通信を開設したが2009年、その前から別のツールで放電していたので、
博報堂の言葉誕生の頃から、ゼミ生を意識した放電コミュニケーションをネット上で
続けてきました。
相手としてゼミ生を意識はしているものの、不特定多数の方が閲覧できて、そしてどうも
アクセス数から判断するとゼミ生以外の方の閲覧の方が多いようで、この意味で、ガリラ
ボ通信は放電コミュニケーションとなっているかと思います。
多くの人がこうした放電コミュニケーションを積み重ねていった後にどうなるのでしょうか。
放電コミュニケーションによってネット上に発言の痕跡が無数に蓄積されていることを
前提にした時、今流行りのAIというものが裏方で仕事をし始めるとどんな未来があり
得るかというのが今日の話題です。
ネットでの発言の断片が、歴史性が整理され、総体としてデータのまとまりが収集され、
その分析から、その人は、世の中が必要とするときに、その性格を明らかに(暴露)され
ていく時代になるのでないか。
そういった時代をちょっとだけ予測できます。
AI。
よく考えると、これが何なのか、多くの人が正体がよくわからないまま、何かすごいことが
できそうなイメージを先行させ、言葉がメディアを一人歩きしているようです。
これは、AIに限らず、昔から頻繁にあったことでした。
それに直接タッチしていない人は、よく知らないものだから、新しい技術に対して大きな
希望(逆に大きな脅威も)を感じるからでしょう。
記憶に新しいところ特にひどかったのが「超電導」フィーバー。
あの時は本当に凄まじかった。今のAIとは比べ物にならないぐらいにすごかった。
それ以外だと、アシモが登場した時のロボット、特に人間型ロボットがそうでした。
また、「SNS」が登場した時もすごかった。
少しレベル(インパクト)は落ちますが、「CG」の時もそうでした。
「VR」もそうだったでしょうか(これはそこまでフィーバーしかなったかな?)。
新しい目立ちそうな技術が生まれると(生まれそうになると)、それぞれの思惑の下で、
広告の技術などを駆使して目立たせようと裏方で頑張る人たちが現れます。
その頑張りが、うまくいくとフィーバー(熱狂)が起きる。
しかし、そうした熱狂は、一定の時期を過ぎると、必ず冷めてフィーバーは終焉します。
すると、メディアでの露出は減り、一般の人々の興味は急速に失われていく。
あれは何だったんだという時期がやってきます(次の熱狂が始まっていて、それどころ
ではなく無視されるという状況も考えられます)。
以上、これまで見受けられた多くのパターンです。
熱狂が収まると人々の興味は失われるのでしょうが、世間に技術が本当の影響を与え
始めるのはこれからです。
熱狂が収まった後も開発が継続されるものの中には、地に足がついた技術となっていく
ものがあって、それは生き残り、社会のインフラ化していくものがあります。
そうなったときこそ初めてその技術は社会において真に重要なものになる。
AIも将来はそう行った技術の一つのなるでしょう、おそらく。
もっともその時にAIという言葉を使っているかどうかはよくわかりませんが、とりあ
えず、ここではAIで通したいと思います。
ソーシャルネイティブな人たちは物心ついた時から、ネット上に自分の発言をその年代に
応じた内容を刻んでいくでしょう。
場合によっては、賞賛や批判といった多様な発言をネット上の(独り言的に)発信して
いるのでしょう。
後日、それらは、あなたという存在とはどういった存在であるかを教えてくれる材料に
なっていく。
AI検索というものが高度化し、そして現実的なツールとなり、検索の中に組み込まれて
いったときに、過去のつぶやき全体を活用して、その人の人格なりを調べることも可能に
なるかもしれません。
その際、AI検索は賢く、匿名でのつぶやきでさえも、ちょっとしたつながりを活用して
あなたを特定し、そのつぶやきを拾い上げていくかもしれません。
現在もGoogleにはAI検索が使われているようですが(参照1、参照2)、ここで想定して
いるAI検索は以下のようにもっと賢いものです。
現在は、こちらがキーワードを示し、それと(あるいはその意味解釈したものと)マッチ
するサイトを教えてくれるだけです。
進化したAI検索は、意味にまで踏み込んで文章読解についての能力を持ち、さらに文章
作成能力も向上させているかもしれません。そのAI検索に向かって、例えば、誰かが
「津曲という人物の特徴は?」
と依頼をすると、ネットに転がり、誰でも検索できる状態になっている放電されたデータ
から、発言の歴史性も踏まえて、その人物を例えば1000字程度でレポートしてくれる
こともあり得ないことはないように思います。
文学部の学生たちがは、卒論である人物を研究対象にして、例えば「太宰治論」とか
書くわけですが、それと類似の作業をやってくれる(かなり人間らしい)AI検索を
想像してしまいます。
こんな(人間らしい、ただし人間よりは高速の調査)サービスがあると、企業で採用を
担当する人事の皆さんは、Web提出されたエントリーシートから基本データを抜き出し、
それをAI検索に手渡し、AI検索からでてくる応募者の特徴と提出されたエントリーシート
とを比較するようなことも始めるかもしれません。
あるいは恋人が、結婚を考え始めた時に、相手の素性を改めて調べたい時に利用する
ことなども有り得そうです。
探偵みたいです。笑
私などは、若い頃、奇妙な行動をしていた頃の発言とかはネットには存在しません(ネッ
トがありませんでしたから)。非常に幸運な時代に生まれ、ホッとしています。
誰でもそうですが、過去の都合の悪い記憶は消えて、過去はかなり美化されたものに
なりがちです。
ところが、ネットに痕跡を残しているソーシャルネイティブたちは、そうではありません。
将来にわたって、過去がありままに残っていて、それが検索の対象になる時代がAIなる
ものが進化していくことで実現していく可能性がある。
私の時代は、若気の至りは、適当に記憶が変容して美化されたものになっていたわけ
ですが、今は、学生時代に深く考えず、素の自分のままに行ってきた率直な発言が、
若気の至りで済まなくなる可能性があり得る。
AI検索の時代(そうなるかよくわかりませんが)を考えると、ネットに向き合う時、
特に未来のある若い時こそ、思慮深くないといけないのかもしれません。
ただし、それだからと言って怖がり、何もネットに痕跡がない人も、それそれは非常に
問題になる可能性もあります。
リアルの場で何も発言しない人が問題なのと同様でしょう。
未来のことを考えると、リアルの場で行なっているのと同様なぐらいに思慮深くネットの
場でも振舞っておくべきかと思います。
放送と通信との融合というのはしばらく前に言われはじめ、実際にもうそれが当たり前に
なってきています。
これまでの情報社会は、ネットとリアルの場は独立で、ネット上では違う人格で振舞うと
いうことも可能でしたが、今後の情報社会は、AI検索(?)等の冷静な技術によってネットと
リアルの場の融合が深まっていくのかもしれません。
研究のテーマになりそうです。
・・・・以上、妄想です。
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