2018年6月12日火曜日

授業料制度改革による大学意識のパラダイムシフト?

今日はシンガポールでの歴史的な会談があり、「世界が変わるだろう」と
トランプ大統領のコメントを出ていました。

世界レベルではありませんが、同じくパラダイムシフトが起きそうな話題が
先日の週刊東洋経済のコラムに掲載されていたので紹介します。

大学授業料の後払い制度。
大学を出るために必要な授業料を本人が払うという制度のことです。
奨学金と似ていますが、考え方は随分と違います。
一部ではなく、全員が対象となる制度ですから。
もしもこの制度によって、大学とは自分のお金で行くものだとと日本人全体が
考えるようになった時、そうした新しいパラダイムの中で大学とはどういう
存在になっていくのでしょう。
異なるパラダイムにおいて今のままの姿で大学が存在することはあり得ません。
随分と様子が変わるのではないかと思いますが、具体的なイメージまではまだ
掴みきれません。
ただ、少しだけシミュレーションはできそうです。
ゼミ生みんな、今いる大学が、今いるゼミ(ガリラボ)が自分のお金で存在し
ているとすると、こうした大学教育の場とは、どうあるべきだと思いますか。
ちょっとだけ冷静な大人の視点でもって考えてみましょう。

自分のお金なんだからという近視眼的な視点で、超短期的メリットだけに終始する
人が多くなった時の大学、あるいはその逆で長期的なメリットも考えながら大学を
見ているとき、そういったときにどんな大学がイメージされるでしょうか。
不透明な未来すぎて、考えていくとわけがわからなくなりますが、しかし、そんな
答えのない問題を考えていくことが、先日の話ではありませんが、AIのような人工
知能と自分を差別化する大事な分岐点となります。
AIではこんな問題に解答するのは無理です。ここは人の知性の独断場となるはず。
人としての知性を身につけるため、AIと自分を差別化するため、こんな頭の体操
(考えるという訓練)を時々行っていく必要があるでしょう。
大学って、色々な人がそうしたトレーニングをする場として存在すべきかなの
かもしれません。  




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