朝一番、東京に出かけた家内を空港に送っていった関係で車で
大学に来ました。
かなり久しぶりに環境共生学部棟の前を通りましたら、なんと桜が
咲いているではありませんか。
驚きました。
ひょっとしてと思い、車を駐車し、ガリラボ下にある(勝手に命名し
ている)ツマガリザクラを見ると桜はまだでした。
しかし、蕾は大きく膨らみ、開花寸前です。
朝から桜のこの状況を見て、ふと「希望」という言葉が浮かびました。
東北地方は未曽有の災害の状況下にあります。
まだ希望など微塵も感じられない、それこそ絶望しか見えない状況なの
かもしれません。
もどかしいのは、ここ九州にいるとその状況自体を皮膚感覚レベルで
イメージできないことです。
頭だけという、そんなもどかしさを感じつつも、桜の大きな蕾を見て、
その鈍感な頭は東北地方に桜前線が達するのはいつ頃だろうかと
そんなことを考えておりました。
道路が通り、仙台空港が開通し、復興には程遠いものの1週間で着実に
変化してきていることがニュースで伝わってきます。
この短期間で、と驚き、改めて現場の人間って大したものだと思いました。
東北に桜前線が届くころには、大きな希望も届くものと思います。
だって、大きな被害を受けた岩手県釜石市は日本の希望学を生み出す
もとになった現場なんですから。
徹底的に破壊された街ですが、希望学を生み出すほどの土地なのです。
希望がいっぱい作られていくのに違いありません。
たくさんの再生数を記録している短いニュース映像
東日本大震災70代のおじいちゃん「また再建しましょう」
https://youtu.be/OWdjcQiHwl0
において、壊れた家から助け出されたおじいさんが出てきた瞬間の明るい
笑顔と「再建しましょう」の一言は、希望そのものを表現しているように見え、
またその映像の直前に自衛隊員が助け出した犬の頭をポンポンと軽く叩い
てるシーンなども希望を感じさせてくれるものでした。
希望学を推進しているリーダであり「希望のつくり方」の著者である玄田有史
さんは本の中で最後にこう言ってます。
希望は与えられるものではなく、自分で(もしくは自分たちで)つくりだす
ものだということです。・・・
希望は自分で探し、自分でつくっていくものです。
様々な体験をされてきたからでしょうが、Youtubeの映像にあるおじいさんは
この意味をよく知っています。
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ガリラボとは全く無縁の内容で、ガリラボ通信には適していない投稿ですが、了承ください。
なお、大学内の桜だよりはしばらく続けたいと思います。
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