2013年8月11日日曜日

【参考】ガリラボゼミ生記録の方法(後編)

ゼミ生の記録の方法を前二つのエントリーで紹介してきました。
 【参考】ガリラボゼミ生記録の方法(前編) : 4年(10)石原、3年(11)藤本
 【参考】ガリラボゼミ生記録の方法(中編) :  M2(12)大塚、M1(13)坂口
最後に、ゼミ生ではありませんが、紹介すると宣言をしており、だからでしょうが
M1(12)大塚から期待していると言われ、書かざるを得なくなりましたので、私自身
の方法を紹介したいと思います。

※以下、私の自慢話をふんだんに盛り込んだ長~い回想録(書き終わり文字数を数えた
 ら、8,000文字もあります^^;)のようなものになっています。
 一般に人は記憶が変化し、過去を美化するクセがあります。この意味で、この回想
 録は私に都合の良いサクセスストーリー的なものになっているはずです。
 以下を簡単にまとめると、アナログの記録からデジタルの記録へと変わりました
 というものです。だけど、あまり客観的な内容でなく、私自身にとって都合の良い
 主観だらけの回想録ですから、そういうのが好きでない方は、ここで読むのを止める
 ことを強くお勧めします。



さて、気が重いですが、自分の方法を振り返ってみたいと思います。

私がゼミ生と同年代の時(大学生時代)に記録をどうしていたか記憶を辿ってみました。
当時、スケジュール帳は持っていません。
理由は簡単です。
それほどシンプルな生活しかしていなかったからです。
(だいたいが、当時は時代自体がシンプルでした)

朝食を学食で摂り(余裕があれば)、講義に出て、昼食を学食で食べ、昼からの講義に
出て、夕方になると夕食を学食で食べ、暗くなって学内にある寮に戻り勉強し、夜、
給湯室でラーメンを作って食べ、勉強して寝る。
分からなかった数人で集まって勉強会開く。
ちなみに理系ですから空き時間はありません。昼間はずっと授業です。
当時、バイトなど言う非正規雇用は日本社会には根付いていませんでしたから、バイト
シフトなどはありません。
毎日毎日、上に書いた単純なパターンの中で過ごしていました。
3年生後期、研究室に配属されてからは、朝研究室にでかけ荷物を置き授業へ、昼は
学食、授業を終えると研究室に戻り、夕方は学食へ、そのまま研究室に戻り、夜にな
ると寮に戻る。
大学院になると授業はほぼないので、ずっと研究室でした。
アパート(寮は学部生のみ入居可)に帰るのはだいたい1週間に一度、しかも夜だけ。
要するに、大学時代の大半を私はほとんど研究室におり、そこで勉強しかしていません
でした。
基本的に私は大学時代はガリ勉に徹していた。
技術の先端にたどり着きたいと高専時代からずっと考えていてそれが動機になって
いたのでしょうが、それ以上に、最初受けた大学を落ちたこともあり、それが刺激に
なって頑張ろうかとそう当時の私は思ったのではないかと推測しています。
(悲しいかな、記録を取っていないのでその辺りの事情が全くわかりません。涙)。
 
以上、文系からすると、「ちょっとそれで楽しいの?」と感じるような<灰色っぽい>
大学生活でしたから、スケジュール管理という概念は不要でした。
おかげで、問題について議論することは得意になりましたが、例えば初めての方との
会話とかは大の苦手で(やったことがない)、その理系遺伝子は今でも私の中に生き
続けています。
 
ということで、必要な記録といえば、授業や学習のノートぐらいでした。
なぜか大学時代のノートと思われるルーズリーフを研究室においてあるのを
見つけました。
かなり分厚いものです。
当時、その理論の美しさに魅了されていた電磁気学のノートでした。
(この厚さで一科目分です)

中を見てびっくりしましたが、信じがたいことに、書いていある文字が判読できるのです!
(今の私の手書きフォントを知っている人からすると信じられないでしょう。学生
 時代は少なくとも読める文字を書いていたのです。当たり前ですけど)。
 
ノートをぱっと開いたら、磁性体について理論解析しているところがありました。
磁性体は、ハードディスクで情報の記録に使われる材料のことで、みんなお世話に
なっているものです。

懐かしくなったのでもう一ページ。
電子の波動関数から電子幾何光学(Electron Optics)の基礎表現を導こうとしている
ページでした(ちなみに、電子幾何光学がその後、私がイオンビームを使った
研究をしていく際の基礎理論となりました)。


懐かしさのあまり、ページをぱらぱらめくっていきました。
やっぱり昔の記録って、当時はそうでもなくても懐かしい。
これで、私は当時の考えていたことを残していればと、その辺りは非常に残念です。
 
ページをめくっていって気づきましたが、全てのページ、鉛筆でなくペンで
書かれています。
ペンです!
理由はよくわかりません。
鉛筆で間違っても消せばいいという感覚でなく、間違えられない状況にあえて自分を
おき、注意力を高めるためだったのかもしれません。
図もペンです。
今だったら絶対に無理ですが、当時、この科目に限らず、数学などもすべてペンで
計算を進めていた記憶があります。
  
注意深くやっていたのでしょうが、それにしてもこのノートかなりきれいに書かれて
います。
暇な奴だと思われるかもしれませんが、記憶を辿ると、確かこのノートは、講義中に
取ったものではなく、テキストを再度自分でまとめ直したものだったのではないかと
思います。
講義自体を信用していなかったか、講義中、寝ていたかのどっちかでしょう。
重要な(と自分で判断した)科目のほとんどはこうした形でまとめ直し、その科目が
全体として何を主張しているのか把握するために、頭を整理するためにこうしたこと
をやっていたようです。
試験前にやったのではありません。
この分量を試験前にやるのは不可能でしょうから。
毎日寮や研究室で、ずいぶんとこの記録と向き合い、ノートとの対話を繰り返していた
ように思います。
電磁気学はマクスウェル方程式を基本法則にした美しい理論体系でになっていて、それ
に魅了されていたので、ファン心理のようなもので飽きずに何度もノートを読んでいた
ようにも思います(逆に、まとめたから、美しさに気づいたのかもしれません)。

以上が学生時代に私が残した唯一の記録です。
講義中のノートはもちろん持っていました。
しかし、さらにそれをまとめ直した上位のノートを持っていて、それは読み物で、
自分と理論とが対話するための道具でした。
そうしたことの繰り返し、そしてペンを使うという集中を要する状況にあえて自分を
おき、それらを毎日継続することで、徐々に論理や緻密さを訓練していったのかも
しれません。
 
さて社会人になってからしばらくは理系の研究を進めていましたが、そして県立大学に
来てからも、当初はそれを継続していました(ガリラボ通信「理系だったんですね」2013/3/14)。
だけど、しばらくして文系の学生(皆さんたちですね)と接していくうちに、ものすごい
カルチャーショックを受け(自分のやってきたことの視野の狭さにです)、方向転換を
決めました。
それから数年に亘って猛烈に(ほんとに朝から晩までずっと)色々な本を読みあさりました。
乱読。
いろいろな専門分野の本(理系では生物学、物理学(熱物理、複雑系)、設計学、
建築学、文系では哲学、言語学、心理学、人類学、社会学分野が多かったかな)を
読みあさりました。
しかし、最初はなかなか頭に入らないので、本を読み終わったら、私なりの観点で
本をノート上に構成し直すことをやっていたようです。
手元に残っていたノートに、「フィンチの嘴」という進化論を扱った書籍を読んだ後、
その内容がノートに手書きされ、ここで、この書籍と親密に対話していたようです。


次の写真は、研究など、とにかく色々なアイデアを整理していたノートで、理系から
文系への方向転換をしようとしているとき、話す相手もそういないので、悲しいかな、
ここでもノートを使った対話を行なっていたようです。



ノートとの対話。
本来他者との対話が良いのでしょうが、ノートでも突き詰めて真剣に継続していくと、
独学でそれなりに文系的思考を身についることができたようです(もっとも、そう
した勉強の方法は、上記のようなやり方で大学時代の身につけたわけですが)。
 
やっぱり、書くと言うのは大事です。
箇条書きでなく、できるだけ文章で。
頭の中で考えているだけでは絶対にダメですね。
書く。
そして書いた文章を読み、それと対話する。
読んで感じことを受けてまた書く。
その繰り返しが重要ではないかと思います。


こうしたことを続けて、理系の思考パターンから文系的な思考パターンに移行する
ことができました(と自分では思っています)。
今は少し文系的思考が強くなっていますが、まだ双方が共存しているように思いま
して、一種のバイリンガルになっていてちょっと便利な時があります。 
 
さて、そうしてノートとの対話を繰り返していましたが、時が過ぎ、立場も状況も
一変してしまいました。
立場はおいておき、世の中が情報社会に入ってしまった。
情報社会となり、私はノートを使わなくなってしまいました。
簡単なメモ帳すら持っていません。
文字を手で書く習慣さえも失ってしまいました。
(同時に、読める字を書くスキルも失ってしまいました。涙)

鉛筆+紙というアナログリテラシーを失い、現在持ち合わせているのはデジタル
リテラシーのみ。
デジタルネイティブには及びませんが、デジタルイミグラントとして、ネイティブと
変わらないほどにデジタルテクノロジーの世界をひた走っています。

スケジュール管理はGoogleカレンダーを利用しています。
下の画像は2013/8/10現在で入っている今月の予定表です。
2種類に予定を分けています。
オレンジはゼミ生に公開しているもので、一般の方に見られても問題ない文言を
使って公開しています。
一方ブルーは私専用の予定(非公開)で、仕事に関して細かな情報を追加した
ものと、プライベートなことを書き込んでいます。


大学ではデュアルディスプレイの片方にカレンダーの一週間分の予定(下図)を
表示し、その日の予定もですが、その週の自分の動きを「見える化」して頭に入れ
ています。 


カレンダーを見てわかると思いますが、私個人としての予定(ブルー)とゼミ生に
公開している予定(オレンジ)はほぼ一致しています。
これは、つまり、私の予定はすべて公開していることを意味しています。
実際、内容までは公開していないものの、何時から何時までの行動をすべて公開
しているのです。
公開するときどうするか迷ったのですが(さぼれなくなるな、とか思ってですね笑)、
しかし今は積極的に公開しています。
元々私は時間に正確でしたが、この予定表を公開するようになり、さらに、正確に
行動するようになりました。
なお、予定のあるところだけでなく、空き時間もコントロールされています。
スケジュールを見て予定がないところを狙って訪ねてくる方(事務局の方とか)が
おられるからです。
おかげで、昼間はずっと品行方正で、全うな生き方を強制されることになりました。
(居眠りも、ふらりと勝手に出て行くこともできません)
最初はゼミ生用にと思っていましたが、これを公開したことで、上でも書きましたが、
(元から行動はかなり正確でしたが)さらに正確に行動するようになりました。
そして、怠けることがなくなりました。
つまり、公開したスケジュール表によって不特定多数の方に監視されている状況が
生まれ、それが私に対して一種のアーキテクチャ(環境管理型権力)とし作動し、私は
これにコントロールされる形になっているわけです。
Googleカレンダーに意志を支配されるという悲しい状況にあるわけですが、しかしその
ために怠けを強制的に抑制してくれるので、自分で怠けないぞ(規律訓練型)と頑張る
無駄な努力をする必要もないので、その努力を仕事に向けられるし、慣れるとこっちが
非常に楽です。^^

 

次に仕事などの記録をどうしているかを紹介します。
これには主にメールを使っています。
メールでたくさんの情報を分散記録させているのです。
メールは大学のActive MailとGmailの二つを使っています。
前者は大学内専用、後者はゼミ生や外部とのやりとりに使っています。
Active Mailは利用歴4.5年で、これまでに送信した数は4,000通、受信は16,000通ほどで、
土日を除き1日換算するとそれぞれ、3.4通/日、13.6通/日となります。
一方のGmailは利用歴6.5年で、送信が16,000通(9.4通/日)、受信は29,000通(17通/日)
となっていて、両者合わせると、土日を除いて一日当たり平均で、
 送信:12通/日  受信:30通/日
となります。
合計で(土日を除いて)平均で一日当たり42回ほど誰かと(多くは仕事相手と)メールの
やりとりをしている計算になります。
これが多いか少ないかは比較するものがないのでよくわかりませんが、それなりに頻繁に
やりとりをしていることはわかるかと思います。
大学に12時間いるとして、約20分に一度は仕事関連そしてゼミ生との連絡関連のメール
のやりとりをしていることになります。
 
ところで、こうして電子化された情報は検索機能が紙とは比べ物になりません。
Active Mailはそうでもないですが、Gmailの検索機能はほんとに素晴らしい。
全文検索があっという間ですから、送信したメールに詳しい情報を書き込んでいれば、
それが自動的に私の記録となっているのです。
またメールは時系列に並んでいます。
これは、仕事してきた記録が時系列に並んでいることを意味し、メール全体で私の仕事
日記になっていると捉えることもできます。

ただしかなり過去のものを読み返すことは今のところあまりありませんけど。
せいぜいが昨年ぐらいまでです(昨年のメールはたまに見ます。色々と参考になります)

Gmailの場合、未読(これから処理しないといけないこと)が一番上に、その次に
マークしたメール(自分の処理は終わったけれど、まだ作業過程にある仕事をマーキン
グしています)が中央、それについてやるべきことは終了し、とりあえず忘れていい
メールは一番下の欄(ここの欄はだから普通見ることはありません)に整理できます。
この機能を利用して、まだやっていないこと、やっている途中にあるタスクなどを、
Gmail上で可視化させ、自分の机の上のPCでいつも見える状態にしています。


メールを多用しているのは、記憶を無数のメール本文に分散記憶させておきたいから
ということもありますが、それ以上に、他者に記憶を任せる意味の方が大きいと今は
考えています。
仕事の要求(自分自身から、ゼミ生から、職場から、外部から)がくると、即座に出
来るだけ早く要求を処理します(出来るだけ速くです。原則、後回しはしません。
だって、後になるとさらに忙しくなっているかもしれませんから)。
回答が出来上がったら、回答を必要とする人たち(自分も含め)にすぐにメールで
送信します。
とにかくすぐにやる。
記憶が新しいときにやっておいた方が仕事の効率もいいですから。
こうして私の仕事が別の人に手渡され、私が記憶していたことが、他者にコピーされる
ことになる(それゆえ、内容を私自身がそれほど覚えていなくていい。他者が記憶を
肩代わりしてくれる)。
例えば、ゼミのことなどでやるべきことを思いついたら、すぐにゼミ生にメールを
送っています。
送った瞬間に、そのことを私は忘れて良い。笑
あとはそのゼミ生が行動を起こしてくれ、必要ならばまた私に何らかのアクションを
起こしてくるでしょうから。
 
こういう感じやっていると、私は自分の記憶が他者に分散されているのをよく感じます。
分散された記憶に依存して、他者は何らの行為を行ないます。
他者のそれらの多くの行為の集積が、私がやるべき活動として成立していく。
レオンチェフが例に出している「集団による狩り」という活動が、個々人の多様な行為
の集積で成立するように、メールという道具を媒介して私が志向している活動は、
多くの人の協働によって成立しているといってよいかと思います。
メールを媒介の道具として、他者に記憶を分散させながら目的に向かって動く活動
システムがここに成立しているわけです。
こうして、当たり前ですが、私ひとりで何かやっているわけでなく、メールでつながっ
た人たちと協力してガリラボの活動は支えられていると言ってよいでしょう。
メールという道具無しに今のガリラボの多様でアクティブな活動は存在しえません。
 
えらく長くなってしまいました。
こんな回想録、ここまで読み進めてきた人はそういないでしょう。とりえず、自身の
振り返りの意味でTODOリストについて書いて終わろうと思います。
TODOリストもメールを用いています。
で、私はよく自分宛にメールを書きます。
USBメモリを持ち歩かずファイルなども自分宛に出しています。
この意味で、先ほどの42通の相手には「未来の自分」がたくさん含まれています。
メールは出張していても、必ず読みますので、メールを出していれば、やるべき
ことを忘れることはほとんどありません。
Gmailを見るたびに、未読のやっていないリストが可視化されているわけです。
それがリストが長くなっていくと処理しろとのプレシャーが強くなっていき、
リストを短くしようと必死で頑張ります。
 
なお、自分宛のメールの多くは、大学から自宅に帰宅途中の約20分ほどの徒歩の
時間に思いつことの多い、やるべきこと、思いついたアイデアなどで、あるいは
大学外にいるときに見かけた面白い情報などをメールで送り、そこに情報はストッ
クしています。
やるべき仕事は、大学に出てきたときにさっとやりますが、アイデアなどは改めて
読み直し、再吟味して良ければ何らかのアクションを起こしていきます。
面白い情報などは、ガリラボ通信のコラムを書く情報源や講義コンテンツへと化けて
いきます。
このように、Gmailの未読メールは、明日以降の自分の行動を制御する情報(2重刺激)
として利用しており、カレンダーではカバーできない仕事の抜けを防ぐのに利用したり、
次のアクションを開始するのに使っています。



こんな感じで、私はGoogleによって体と思考とをコントロールしてもらっています。
自律的で全くありません。
自律的であるには強い意志が必要です。
私の場合は、たぶんそれだと長続きしません。
なので、自律はあきらめ、外からの刺激(2重刺激)によって上手にコントロール
されるように環境をデザインしているのが私の特徴であるかと思います。
ほとんど全てを公開しているので、表と裏のない生活となり、そのため色々とごまか
さないといけない事態が生じることもなく、そうした努力が不要になるため気楽です。
 

長々と自分の振り返りをしてきて、2000年代、ネットがブロードバンド化したことで、
私の記録のやり方はデジタル革命を起こしていることを確認できました。
手書きをしなくなったのはここわずか10年ぐらいのようです。
2000年頃に、米国に行ったとき、唯一誉められたのが手書き文字の上手さだった
ことを今思い出しました。
10年もやらないといくら上手であっても衰退するものです。
手書きはダメになりましたが、しかしデジタル技術のおかげで、それ以上の処理が
出来るようになっていることは感じています。
電子メールもないような超アナログ時代では絶対にできなかったと思われる情報
処理を武器に、今の多様な活動を実践するガリラボを運営できているように思います。
その意味で、ガリラボという活動システムは、現在、デジタル技術とネット技術に
支援されて初めて成立していると言ってよいでしょう。

以上、過去を振り返り現在の姿を見てきました。
過去から現在へはアナログ技術からデジタル技術へとこの10年で私の記録のやり
方が革新を遂げてきた歴史であり、それがガリラボの活動にも影響を与えてきたもの
と考えられます。
別の言い方をすれば、デジタルネイティブ世代に追いつこうとアナログネイティブな
私がデジタルイミグラントへと脱皮していく過程であったと言えるかと思います。
さて、今後は新たにソーシャルネイティブが台頭していくでしょう。
となると、おそらく、私はソーシャルイミグラントへの進化を希求していくことに
なるでしょう。
未来への目標ができました。
次は、デジタル技術を空気のように操りソーシャルイミグラントへと脱皮して、
さらに高度なコントロールを可能として、これまで以上に高度な活動をガリラボに
もたらしていければいいかなと思います。

追記(2013/8/11 18:29)
書き忘れていました。私とそしてガリラボのゼミ生にとって極めて大事な記録が
ありました。このガリラボ通信です。
私自身が、以前のガリラボ通信を読み返し、昔の私と会話しながら、次のことを
考えていたりします。ガリラボ通信は私にとって貴重な記録となっています。
それを推進しているエネルギーはもちろん読んでくれているはずのゼミ生です。
自律的にこうした記録を継続する力は私にはありません。
人が何か継続していくエネルギーは、自分の外部との関係の中にあることが
多いのではないでしょうか。


 

0 件のコメント:

コメントを投稿