2011年10月15日土曜日

小さな異文化体験

上勝町の葉っぱビジネスの出発点となった発想の転換は、お寿司屋さんでの
ある出来事だったそうです。
葉っぱビジネスを創始することになる横石さんが、大阪の寿司屋さんで、お寿司
の下にあった葉っぱを丁寧にハンカチに包んで帰ろうとしている若い女性を見た
時だったのです。
踏んづける自分と大切に持ち帰る他者との間の異文化体験がそこにありました。

これと似た経験を今日体験することができました。

中間報告会終了後、研究室で院OB(08)佐藤とだべっていたところ、これからエア
タグについては「県北」の方もやっていくのだと伝えたのです。

私は「県北」を普通に「けんぽく=kenpoku」と発音しました。

佐藤が怪訝な顔をする。

「県北」は「けんほく=kenhoku」であって「kenpoku」ではない、と。

五十数年生きてきて初めて、「けんぽく」という発音が方言であることを知ることに
なり、強い衝撃を受けました。

佐藤という他者を介して、異文化体験をしたわけです。

普段、「県北」といった言葉を使うことがないので、それでこれまで修正されず、
淘汰されないまま私の脳内で生き残っていたんですねぇ。
方言とも標準語とも無関係な、無意識に使用する言葉の次元の中で生き残っていた。

しかしもうこの「県北」という言葉は、私の中では方言と標準語という二つの世界の
界面におかれ、無意識に使用する言葉ではなくなりました。


横石さんが無自覚に使っていた葉っぱという言葉が、若い女性の行動で
ビジネスの界面に浮上させられたのと同様な状況ではないかと思います。

もちろん「県北」の方はそれでビジネスなど大それたことが起こせるわけではなく、
単に私の脳内のコトバの位置づけに一種のミクロな手術が施されただけですけど。



・・・ということでほら、やっぱりそうなんですよねぇ。

言葉を発するとは「行動」に他なりません。
行動は他者との相互作用を否が応でも生み出します。

その相互作用によって様々なことが起き、それが新しい次元へと飛躍する機会を
もたらすのです。

かなり小さな出来事でありますが、「輝く知性は行動なしには生まれない」のひとつの
ちょっとした実例と言えるでしょう

4年(08)戸高が今日の発表で情報格差の問題として、情報を発信する人(=行動
する人)が情報を受信する確率が高いということを話しました。
これは要するここで述べたことに強く関係しているはずです。


知性を磨いていくためにも、行動し(走り)続けないといけないようです。


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