現在、私はきくりん人とその活動を事例に、あるアイデアを論文の形にまとめる
作業を夏から続けています。
ただし、平日は時間が取れないため土日だけの作業となります。
しかし、その土日も色々な行事が入ります。
土曜日は先週がガリラボの中間報告会、昨日は外部であったインターンシップの
報告会のコメンテーター、さらに来週は大学院の中間報告会と行事が目白押し。
さらに日曜日になると午後はテニス(体力維持のためです笑)
こうした障害に抗しながら文章を書き進めているわけですが、今現在予定している
内容の半分ほどまで辿りました。
12月下旬が締め切りなのでですが、11月中旬を目途に、内容はおいておき、とり
あえずさっさと終わらせようと自分に発破をかけながらやっています。
私のアイデア自体は大したものではないのですが、こうしたアイデアが出てくる源泉
とは何なのかを考えてみることは大変興味深い。
発想は、偶然に生まれるものでしょうが、その偶然を自分のところに持ってくるのは
基本的な方法があるように思います。
その方法を身に着けておくと、新しい発想に至る確率を大幅に増やせる。
そう思います。
方法がひとつではないと思いますが、私自身が感じることは、アイデアは他者との
関係の中で生まれてきているのだということです。
冒頭で、きくりん人の活動を事例に、と書きました。
このアイデアはきくりん人という、4年(09)中島を中心に非常に頑張ってきた集団に
私自身が強く共感してきたことがベースになっています。
余談ですが、2年生に授業の課題の一環でインタビューされた中で、どんな人が好きか(ちょっと表現が違ってたような気が
しますが・・)と聞かれ、「頑張っている人が大好きだ」と回答しました。
何でいいけれど、頑張っている人って「いい顔」をされていることが多い。
たとえば一流のスポーツ選手がスポーツしているときには例外なく「いい顔」になっている。
スポーツ以外でも同じかと思います。
「○○らしく」という個性とは、それを徹底した時に生まれるのだと、林真理子さんがどこかのエッセイで書いていました。
学生だったら、適度にバイト、適度に授業でなく、徹底的に学生であることを追及していく。
そうした時に学生としての強烈な個性が生まれていくはずです。
その時の顔は間違いなく「いい顔」になっているはず。
そうした「いい顔」には美しさを感じます。
年齢や性別に関係なくそうした「いい顔」をしている人には憧れます。
様々な面接で、合否はほぼ60秒±30秒で決まると言われていますが、きっとその短い時間の中でいい顔かどうかを見ている
のでしょう、きっと。
だってそこにそれまでの行動すべてが集積されているでしょうから。
話題を戻します。
発想や企画の源泉とは、実はあまり自分の中にはない。
自分だけは高が知れています。
他者の中に自分を重ねることが新しいものが生まれていく。
明日のコミュニケーションの著者である佐藤さんがブログの中でこのことを
次のように表現されていました。
「自分の人生と他人の人生をかけ算して考えていく」と、自分の枠を出た
発想が無限に湧いてくる。
公式として書いておきます。
自分の人生×他人の人生=新しい発想
他人を取り換えることで(笑)、発想は無限です!
クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんもずいぶん前の放送ですがNHKの
「仕事の流儀」の中でそういったことを話されていました。
だからアイデアが枯渇することなんてないのだと、そこまで言い切っておられたと
思います。
佐藤さんの上記の公式を得るに至ったのは、企画を次々の生み出す先輩に
その極意を聞いたとのこと。そうしたら、
自分が生きてきた数十年の経験から生まれてくる企画・発想なんて高が知れてるよ。
みんな自分は特別な発想ができると思いすぎているからいい企画ができないんだよ。
自分の中から出てくる発想なんてたいしたことはない。それをちゃんと自覚すること。
そのうえでたとえば自分ではない人になりきってみる。
そうすると "自分" と "他人" が化学反応していい企画ができたりする。
と話されたそうです。
ものすごくこれには共感します。
私の場合は、今はゼミ生の行動と私とが化学反応を行しながら次のアイデアが出て
それを新しい行動として具体化していく。
その行動がまた次のアイデアにつながっていく。
そうした好循環が今のガリラボにはあるように思います。
長くなりましたが、皆さんも試してみましょう。
さて、すごく話が長くなりなりましたが、今日のガリラボ通信は、実は「ほら吹きサークル」
へのメッセージとして書いています。
プレゼンも同じなのです(だと思います)。
これはと思う他者のプレゼンを徹敵的に真似て、そうした他人のペルソナに自分を重ね
ることで、自分独自の個性的なプレゼンへと昇華させていく。
それを繰り返していくことで、自分流のプレゼンが生まれていくはずです。
極めて正確なコピーもできないバンドが、独自の個性的な演奏を生み出すことなど
ありえません。
ピカソだって、信じられないでしょうが、徹底的な写実派でした。
他者の人生との化学反応で、それまで見えなかった新しいステージに立つ。
こうしたステージ(正確には可能性のステージですが)のことをロシアの心理学者
ヴィコツキーは最近接発達領域と呼びました。
現在書き進めている論文は、この最近接発達領域の応用である活動理論を理論的フレー
ムワークとしています。
0 件のコメント:
コメントを投稿