2012年10月28日日曜日

本気で考えるということ~個人的リフレクション~

2年(11)藤本が2年ゼミの課題で作っているポスターで使うので
20~30才台の写真をいただけませんかお願いをしてきていました。
口頭で聞いてもすぐに(都合の悪いことは)忘れる私なので(実際
藤本の依頼もそうでしたm(_ _)m)、忘れることができないようにと
メールでお願いが届いていました。
写真は撮る方なので、私自身の写真はほとんどなく、探すのが
大変でしたが、目に留まったのが次のものでした。
大学院の2年(24歳)の年末の頃、実験に夢中で取り組んでいた
時のものです。
後ろの実験装置(極微細収束イオンビーム発生装置)のかなりの部分
は、工作機械(旋盤、溶接、半田ごてなどなど)を駆使し、部品を取り
寄せ構造物を作り、駆動用の電気回路、また制御用の電子回路の
設計と製作も含め独力で作り上げました。
高電圧(10万ボルト)を扱っていたので、かなり慎重に組み立てて
います。
この時期、論文や専門書を読みつつ、一方では工作機械で油まみれに
なりながら毎日が夢中で、寝食を忘れて、問題点を考えたり、実行したりと
そんな日々を送っておりました。
研究室の後輩が、そういう生活パターンを「つまがる」といった動詞で
表現していたようです。


藤本のおかげでタイムカプセルを開けた気分になり、非常に懐かしい思いを
させてもらいました。
この頃はほんとに夢中でした。夢中でいつも実験のことを考えていました。
退屈とはほど遠い、遊ぶ時間などほぼ捨てていましたが、振り返ってみると
色々なことのつまった楽しい時期でした。
藤本には、感謝です。 

さて、話題は変わりますが、次の写真は著名な国語教師「大村はま」という
方です。
大学に来てから、大村さんの著書を読むことも多くありました。
授業に向かう態度であるとか、そういったことをここから学んだように思います。

この本には、
  子どもに考えさせるということをした人が、いちばん教師としてすぐれている。
  できるようになったか、ならなかったかは、どっちでもよろしい。
  けれども、考えるということをさせた事実  - "考えなさいといった人"では
  なくて、"考えるということを本気でさせた人"が一番えらい。
という言葉があります。
夢中で考えていたという私の大学院時代の思い出話を書いたのは、実は、この大村
はまさんの言葉を知ったからです。
自分熱心な学生であったような書き方をしましたが、でも結局は、私をそうした行動へと
向かわせた私の恩師(野田先生という方です)が非常に優れた方だったというわけです。
野田先生なしにあんな風には夢中で考える方向にいかなかったかもしれません。
(実は、今の私の立場は野田先生の存在なしにはあり得ないほど強い影響を受けました)
当時もすごく尊敬していて、いつもお会いすると深々とお辞儀をしていた記憶があります。
卒業後も継続して年賀状にて近況報告をさせてもらいつつ、節目にはお会いしてきまし
たが、今この大村さんの言葉を知るとさらに尊敬の念が増しました。

ところが、今のわが身を振り返ると、どの程度ゼミ生に本気で考えさせることに向かわ
せているのものかと考えると少し自信がない。
反省すべき点です。
何かを変えていかないといけないかもしれません。 

以上、自分自身のリフレクションに、ガリラボ通信を使わせてもらいました。
ちょっとした勇気が必要でしたが、初めて私自身のプライベートなことに触れました。
極めて個人的なリフレクションで恥ずかしい限りですが、ゼミ生への何かの参考になればと
思います。

 

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